第64話 おいかけて

 その日から眠れない夜が増えた。また彼女がどこかへ行ってしまうのではないか。そんな風に考えると夜も眠れない。明け方になってなにもなかったことを確認してから眠るようになった。彼女が出かけない夜はホッとする。同時に寝不足でいつもイライラするようになった。昼間も彼女に優しくできない。どうして自分がこんな風になってしまったのか考えたけど、よくわからなかった。なにが不満で何に怒っているんだろう。別に彼女はぼくの所有物ではないし、どこで何をしていようが構わないじゃないか。

 彼女もぼくが怒りっぽくなったのを感じているのか、寂しげな顔を見せることが多くなった。ぼくは自分が彼女にそんな表情をさせていることが惨めでならなかった。


 そんなある日のことだった。その日もぼくは深夜に布団から抜け出して、ぼんやりと窓の外を眺めていた。夜は深く、月もない。暗い夜だった。ふと、階下で物音がした。緊張で体がこわばった。がちゃり、重い音を立てて、玄関ドアが開いた。

 とうとう、来た。ぼくは拳をぎゅっと握りしめた。数日前から決めていたのだ。今度彼女が外出したら、後をつけて、どこへ行くのか確かめよう。と。

 窓から彼女が表の通りの方へ消えて行くのを見届けて、ぼくも家を出た。


 夜の風はひんやりと重たかった。じっとりとまとわりつくような闇。歩くとじりっという、砂利を踏みしめる音が静かな通りに響いた。ぼくはためらいながら、庭から出た。門は彼女の仕業だろう、開けっ放しになっていた。ぼくは錠はせずに、門だけ閉めて彼女の消えた方向へ走った。


 しばらく走ると、道の向こうのほうに、街灯に照らされた彼女の姿が見えた。ぼくは息を潜めて彼女の行く先を見守る。彼女がぼくに気づいた気配はなかった。一定の距離を保ちながら、そっと後をつける。どことなく悪いことをしているような、居心地の悪さを感じる。

 ぼくの鼻先を、じっとり湿った海の風がかすめた。

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