第45話 おにぎり、おにぎり

 浜辺で走る彼女たちを眺めていた。色とりどりのスカートが風に巻かれて揺れる。熱帯魚の尾ひれのようだ。砂に足を取られて“まこちゃん”がこけた。乾いた砂が宙を舞う。心配した葉月が彼女に駆け寄ると、彼女はそれを抱き留めた。葉月が弾けたように笑い出す。つられて周りも笑う。ぼくだけが黙ってそれを眺めている。

 このままふらっと帰ってしまおうか。でも、やっぱり。吉澤がこっちを見て手を振った。ぼくも小さく振りかえす。京子が砂だらけになった愛娘の衣服をぱんぱんとはたいた。遠くにあった影がだんだんこちらへ近づいてくる。風になびく髪。はためくスカート。裸足の指が砂をつかむ。陽の光に温められた砂は触れるとほんのり温かい。

「お腹すいたー」

 葉月が飛び込んできた。シートの上に砂が飛び散る。

「そろそろお昼にしようか」

 砂を掃き出しながら京子が言った。ぼくはさっきからコメカミのところが痒くてたまらない。巨大な保冷バッグの中から、大きなタッパがいくつかでてきた。フタを開けると、みっちり詰まったおにぎり、おにぎり。長蛇の列をなす黄色い卵焼き。隙間に敷き詰められたスパゲティ・サラダ。その上に押し込められたプチトマト、ブロッコリー、唐揚げ。京子の強暴性を体現したかのような中身に戦慄する。

「あ、味はいい。保証する」

 ぼくを睨むようにしながら京子が言った。

 京子にチョコを貰ったことは、何度かある。市販のチョコを溶かしてカップに詰めただけの簡単な工程でさえ、失敗するのだ。彼女からもらったものを美味しいと感じた経験がそもそも数えるほどしかなく、そのうちの一度は田渕の代作だった。固まっているぼくの脇から子供の細い手が伸びる。小さな手は鮭フレークでピンクに染まったおにぎりをわしづかんだ。

「うまっ」

 葉月が言うのでぼくも黄色いおにぎりを持つ。黄色い膜は玉子焼きだった。かじったそばからオレンジのチキンライスが顔を出す。

「あ、うまい」

 思わず呟いたら、京子がつまらなそうに、

「それ作ったの、沙穂だから」

 と言った。ぼくは黙って紙コップをとった。

「うまいよ、ほんとに」

 あらためて吉澤の方を見るとはにかんだように笑っている。吉澤は手際よく紙皿を広げ、いくつかの色とりどりのおにぎりと、おかずをバランス良くのせると、ぼくや他のメンバーの目の前に置いてまわった。添えられた割り箸も、無言で注がれる温かいお茶も、押し付けがましさを一片も感じられず心地よかった。こういう人はきっといい奥さんになるんだろう。他人事みたいに、そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る