第23話 宴の席
昔話に花が咲くのは年を食った証拠かもしれない。だけど、実際楽しかった。思う存分食べて、飲んで、泣いて、笑って。思い出の中のぼくたちは相変わらずお気楽で、担任との相性とか、宿題の寡多、そんなくだらないことで悩んでいて。無責任に縦横無尽走り回っては、ただただ笑っていた。
料理の味も悪くなかった。出来合いの居酒屋メニューが並ぶのかと思いきや、鮮度のいい魚や地物野菜を使った本格的な食事が楽しめる。さすがあの田渕がオーナーを務めていることはあるな、と思った。その代わり内装にはあまりお金がかかっていない。この値段でこの量、この味なら、それも仕方ないだろう。見た目よりも味を取る、いかにも田渕らしい選択だ。
「覚えてる?私の家で、バレンタインにお菓子パーティしたの」
京子がウーロン茶のお代わりをオーダーしながら、ぼくと吉澤を見た。
「そんなのあったっけ」
登が顎を掻く。
「あんた呼んでない。だってすぐ人呼んでくるもん。足りなくなっちゃう。
その代わりお菓子玄関においてあったでしょ」
「ああ、あー、なんか食った気がする」
「あの時田渕くんをさぁー、呼んだんだけど。すごいの、手際が。
いやいや、私と沙穂ちゃんの段取りの悪さを見かねて、ほとんど。
田渕くんがパティシエさながらの手つきでさー、
お菓子作ってくれて」
「え?あのチョコお前らが作ったわけじゃないの?」
「あ、」
しまった、とでもいう風に京子と吉澤が顔を見合わせて、笑う。京子は図々しくも田渕くんはきっとパティシエになるんだろーなーってあのとき確信してたのにー、とのさばっている。けれどその声はもうぼくの心には響かなかった。今ぼくの頭の中を占めている事実は一つ。ぼくが生まれて初めて貰った、手作りのバレンタインプレゼント、それがまさか。田渕の作だったなんて。人生で一番女子と喋れていた小学生の頃。あの日の甘い焼き菓子は、ぼくのその後の人生のちょっとした支えだったのに、それが、あの、デブの田渕が作っていたなんて。
酔いが回っていたせいもあってか、ぼくは自分の腕に顔を伏せて目を閉じた。目尻から液体が零れ落ちてくる。
「泣くなよっ、俺なんか呼ばれてすらないんだから」
登が乱暴にぼくの体を揺すぶったせいで、ぼくはその場に倒れこんだ。寝不足にアルコールを食らったせいか頭がクラクラする。あ、すまん、とかなんとか登が言った。ああ、なんだこれ、頭がガンガンする、クラクラして、立てない。遠くなる意識の向こうで、京子の笑い転げる声が聞こえた。
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