第9話 ぼくの初恋


ある日、ぼくに手紙が届いた

白い封筒の中には 地図と招待状が1枚

便箋には「粉雪*舞う」と書かれていた


バレエの公演 演目は「くるみわり人形」

チャイコフスキーの小さな魔法のような音楽だ


  呪われた王子は くるみわり人形

  イブの夜に クララのもとへ

  おもちゃの兵隊 ラッタッタ

  カッコー時計が ボーンボーン

  クララを お菓子の国にご招待

  雪たちのワルツ 銀世界

  コール・ド・バレエ 雪の精


甘いお菓子がたっぷり詰め込まれたような舞台


粉雪さんは こんぺい糖 になって踊っていた

真っ白い トゥシューズのリボンが

片方ほどけそうで はらはらした


彼女が舞うと ぼくの手に結晶が届いた

魔法にかけられたら、きっとこんな感じ



終わったあと、ぼくらは紅茶をのみに行った

はじめて二人きりになった


少し寒いけど 広場に置かれた 白い円いテーブルを選んで

優雅に腰掛ける彼女に あまりに小さな花束を渡す


長い睫毛が まばたきするたびにきらきらして

ぼくはチカラなく 一人きりの透明なドームに

閉じ込められたかのように佇んだ



雪が降る前には予感がある

世界から 一瞬 音が消えるんだ

目の前の事象は 水に潜った時に似て

無音のまま スローモーションで動いている


この感じに心を奪われているうちに

さらっと 空から一片の花びらのように

そっと舞い降りてくる雪


  ね、ほんとうに空から粉雪が舞ってきたよ

  手紙の予告通りだね 君にはわかっていたの?


たずねたぼくにほほえみが 届く


目を瞑って 顔にあたるやさしいつめたさを受け止める

体の中に吹き抜けていく風を確かめる


天に向かって ひらひら落ちてくる雪ひらを仰ぎ見ると

自分の体が 風船に括られたように しずかに空へ

浮き上がってゆくような錯覚が起きる



  いつか、どこかへ行く時は

  わたしを連れていって


粉雪さんは ぼくをみつめて ささやいた

聴こえないくらい 小さく 唇の動きだけで


ぼくは何も言えずに 心の中でつぶやく


  君じゃないんだ

  ぼくの 初恋の人は




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