第9話 ぼくの初恋
ある日、ぼくに手紙が届いた
白い封筒の中には 地図と招待状が1枚
便箋には「粉雪*舞う」と書かれていた
バレエの公演 演目は「くるみわり人形」
チャイコフスキーの小さな魔法のような音楽だ
呪われた王子は くるみわり人形
イブの夜に クララのもとへ
おもちゃの兵隊 ラッタッタ
カッコー時計が ボーンボーン
クララを お菓子の国にご招待
雪たちのワルツ 銀世界
コール・ド・バレエ 雪の精
甘いお菓子がたっぷり詰め込まれたような舞台
粉雪さんは こんぺい糖 になって踊っていた
真っ白い トゥシューズのリボンが
片方ほどけそうで はらはらした
彼女が舞うと ぼくの手に結晶が届いた
魔法にかけられたら、きっとこんな感じ
*
終わったあと、ぼくらは紅茶をのみに行った
はじめて二人きりになった
少し寒いけど 広場に置かれた 白い円いテーブルを選んで
優雅に腰掛ける彼女に あまりに小さな花束を渡す
長い睫毛が まばたきするたびにきらきらして
ぼくはチカラなく 一人きりの透明なドームに
閉じ込められたかのように佇んだ
*
雪が降る前には予感がある
世界から 一瞬 音が消えるんだ
目の前の事象は 水に潜った時に似て
無音のまま スローモーションで動いている
この感じに心を奪われているうちに
さらっと 空から一片の花びらのように
そっと舞い降りてくる雪
ね、ほんとうに空から粉雪が舞ってきたよ
手紙の予告通りだね 君にはわかっていたの?
たずねたぼくにほほえみが 届く
目を瞑って 顔にあたるやさしいつめたさを受け止める
体の中に吹き抜けていく風を確かめる
天に向かって ひらひら落ちてくる雪ひらを仰ぎ見ると
自分の体が 風船に括られたように しずかに空へ
浮き上がってゆくような錯覚が起きる
*
いつか、どこかへ行く時は
わたしを連れていって
粉雪さんは ぼくをみつめて ささやいた
聴こえないくらい 小さく 唇の動きだけで
ぼくは何も言えずに 心の中でつぶやく
君じゃないんだ
ぼくの 初恋の人は
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