第12話 レイチェルの奔走

「どうか彼女を助けてください!」


みちるが暇を持て余しているのとは対照的にレイチェルは彼女を助ける為に各方面を奔走していた。

しかし返ってくるのは厳しい意見ばかりだった。

あれほどの力を見せつけたみちるを危険だと思わない天使はいなかった。

ずっと天界監獄に留めて置くと言う意見はまだ優しい方で、中には今すぐ術式で無害な存在に変えるべきだと言う意見も多かった。


みちるは拘束期間中でまだ術式は掛けられてはいない。

もし何か事を起こすなら今の内しかない。

しかしそんな事をすれば自分も凶悪犯として狙われる運命になる。


どうにか身の潔白を証明しつつうまい具合にみちるを助けられないものかレイチェルはない頭を絞ってずっと真剣に考え続けていた。

自身のつてはあらかた頼ってみたもののどれも全く頼りにならず…気がつけばみちるの拘束から4日が過ぎていた。


(後3日の内に答えを出さねば…いざとなれば…!)


レイチェルが最後の覚悟を決めているとある天使が彼に声をかけてきた。

その天使はとても静かで紳士的な佇まいで、けれど内に秘めた実力はとんでもない…そんな雰囲気を醸し出していた。


「私は天使長の使いの者です…天使長があなたに話を聞きたいと…」


レイチェルはこれが最後のチャンスだと思い彼の指示に従った。

レイチェルは家柄的には警備畑であり勿論天使長などの貴族クラスとはまるで縁がない。

彼自身天使長などと言う上位の存在に会うのはこれが初めての事だった。

大きな緊張感に包まれてはいたものの、みちるを助けるためにここが正念場だと強く意気込んでいた。


天使長は大神殿の謁見の間でレイチェルを待っていた。

その姿はさすが天使の長らしく凄く高貴で威厳に満ち、全てを包み込み優しさに満たされていた。


「こここ、このたびはお招き預かり光栄です」


緊張してうまく口が回らないレイチェル。

その姿を見て優しく緊張をほぐすように話し始める天使長。


「まずは落ち着いて、緊張を解しなさい」


「あ、ああ…は、はい…」


そうは言っても天使長、レイチェルの上司の上司の上司の上司の…

とにかく偉い存在に簡単にレイチェルの緊張が解けるものではなかった。


「君は彼女を助けたい、そうだね」


「は…、え…?は…?」


天使長は全てお見通しだった。

レイチェルが天界に戻ってきて何をして来たのか…。何の為に各方面を走り回って来たのか…。

彼の頑張りを天使長はずっと見て来ていたのだ。

彼のここ数日の努力は決して無駄ではなかった。


「私も彼女の行動はずっと見ていたんだよ、君の頑張りもね」


「え…?…あの、きょ、恐縮です」


天使長の暖かい言葉にうまく返せないレイチェル。

天使長が自分の仕事を見てくれていた!ただそれだけで嬉しくて涙が出そうだった。


「それで私から提案があるんだが、聞いてくれるかい?」


「え…あ…はい…」


天使長からの突然の提案にレイチェルはまたしてもうまく反応出来なかった。

これから何を言われるのか彼は全然想像出来なかった。


「まず君の覚悟を聞いておこう…君は一生彼女を守れるかい?」


優しく語りかける天使長の言葉にレイチェルは真剣な顔をして答えた。


「も、勿論です!」


天使長はレイチェルのその言葉を聞き届けるとニッコリ笑いながら


「それならば君は君の思うように動けばいい…責任は私が持とう」


と、レイチェルの後ろ盾になってくれることを約束してくれた。

それを聞いたレイチェルは感動して感謝の言葉を述べた。


「あ、有り難うございます!」


天使長はレイチェルに具体的な事は何も言わなかった。

ただ、自分の覚悟を問われただけ。

その言葉の重みを深く深く噛みしめるレイチェルだった。


しかし天使長の了解を得た所でどう行動するかはレイチェル自身が考えなければならなかった。

暗闇に一条の光は射したものの現状はまだあまり変わっていなかった。

しかしその光は自分を強く後押ししてくれているように感じていた。


丸一日考えて悩み抜いたレイチェルはやがてあるひとつのアイディアを思いつく。


「これだ!これしかない!」


もう残り時間も少ない…レイチェルは早速行動を開始した。

素早くみちるの収監されている場所へと移動する。

特殊アイテムを使って素早くレイチェルは監獄の中へと侵入した。

元々警備畑のレイチェルはこのくらいは朝飯前だった。


「ふぁ~あ~」


その頃のみちるは暇を持て余してあくびばかりしていた。

力も封じられて魔物の姿のままではやる気のひとつも出るはずがなかった。


「…る!」


「みちる!」


と、そこに突然大きな声が響いたのだ!

これはみちるじゃなくてもびっくりするよね!


「…っひゃあ!」


「大きな声出さないでみちる!」


勿論その声はレイチェルだった。

ずっと待ち焦がれていたこの世界での唯一の知り合いの声にみちるは安堵と怒りの混じったよく分からない感情の渦に巻き込まれた。


「な、何で今頃何しに来たのよ!」


「とりあえずここを出るよ!」


「え、ちょ、どうやって!」


急にレイチェルが現れた事にも驚いていたがその彼に突然急かされてみちるはもう何がなんだか分からないほど混乱してしまった。

そんなみちるの混乱などお構いなしに彼女を急かすレイチェル。


「早く!急いで!」


「わわっ!」


レイチェルはまずみちるの腕の拘束を解くと彼女の腕を掴んで監獄の壁を破壊した。

彼の何処にそんな力があったのかと疑問に思う間もなくレイチェルはみちるを連れて天界を脱出した。

術式はまだ掛けられていないのでみちるの姿は魔物のまま。


「こ、これからどうするの?!」


「一つだけあてがあるんだ!」


こうして天使と魔物になった人間の二人の逃避行が始まった。

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