第5話 少し特別な日常

連日みちるは目にした魔物を片っ端から千切っては投げ千切っては投げ…

いつしか魔物たちから恐れられる存在になっていた。


「ゲェーッ!魔物魔女だっ!逃げろっ!」


「逃がさないわよーっ!みちるビームスペシャルエディションッ!」


みちるの指先から放たれる複数の光が魔物の身体を貫いていく。

魔物は一瞬の内に消滅していく。

このみちるの能力の前にはどんな魔物も雑魚同然だった。

そして何故かみちるの事を魔物魔女と呼ぶのが魔物の間でも定着してしまっていた。


「何で魔物魔女って呼び方が定着してしまったんだろ?」


「その力は魔物の力だしね…」


レイチェルは半ば呆れ顔でそう答えた。


「本当の魔法の力じゃないんだよ」


「えっ?」


みちるはレイチェルの言葉にドキッとした。


「私の力はパチもんなの?」


「魔法の力じゃなくて魔物の力って事、種類が違うんだよ」


みちるは思わす自分の手をじっと見つめた。

この体に流れる魔物の力…まだ全然実感出来ていなかった。

魔物を倒すのに有効なこの力も物理的には殆ど何の力を持っていなかったからだ。


「じゃあ魔法の力って何?」


「ほら、天界の牢獄から逃げ出した魔物を別の生き物に変えた術式、あれが魔法」


「ああ…それね…ブリになっちゃったってやつ…、魔法ってすごいね」


みちるは自分がこんな体質なった原因を思い出していた。

あの事件さえなければこんな事には…。

みちるは思い切ってレイチェルに聞いてみた。


「ねぇ、その魔法って私にも使えるかな?」


「適性さえあればね…でも生まれつきの才能がないと習得は厳しいんじゃないかな?」


レイチェルのその言葉にみちるはちょっとがっかりしていた。

もしかしたらその魔法だって何とかなるんじゃないかと期待を抱いてしまったから。

けれど現実はそこまで甘くないようだった。


「そうなんだ…まぁこの力があれば魔法とかいらないか」


出来ない事は出来ない、みちるはすぐに考えを切り替えて空を見上げるのだった。

見上げた空はどこまでも青く澄み切っていた。



さて、魔物がボコスカ倒されて機嫌のよろしくないのは魔物達のボスである。

魔物達の世界、魔界でもとっくにみちるの事は話題になっていた。


「魔物魔女、ちょっと見過ごせない存在ですね…」


今回の魔界会議の議題はみちるの事についてだった。

魔物界の重鎮たちの会議に取り上げられるほど存在になっていたのだみちるは。

これは本当にとんでもない事だった。


「そろそろこの異物を排除せねばなりませんな…」


余りにその存在が大きくなってしまったみちるは当然のように魔物たちの排除対象になっていた。

しかし漏れ伝わってくる彼女の実力に誰も自ら進んで手を上げる者は出なかった。

議会が沈黙して二時間も過ぎた頃…その様子をじっと静観していた魔物の大物がついに声を上げた。


「それでは私が行こう!皆の者、私の留守は任せたぞ!」


声を上げたの魔界四天王の一人、獄炎のギリュウだった。

この魔界の大物の宣言に集まっていた他の幹部達もざわつき始めた。


「そ、そんな!貴方様が!」


「私以外に誰があの化け物を倒せるのだ!私に任せておけ!」


ギリュウはその威厳のある姿で議会を説き伏せた。

全長15mはあろうかと言うその巨体全体に地獄の炎を纏わせ、触れる者を全て焼きつくすギリュウは魔界四天王の中でも一番の武闘派だった。

戦闘力だけで言えば魔物の頂点、大魔界王に匹敵するほどの実力を持っている。

その彼の宣言は魔物魔女を倒せるのは自分以外にいないと言う彼の自信の表れでもあった。


魔物の超大物が動いた!

魔界でもこれは大騒ぎになった。

それほどみちるの存在は脅威になっていたのだ。

みちるに魔物の殲滅の意志がなくても魔界側はそこまでの危険を想定していた。

なにせみちるの側には天使がついている。

これを天界の陰謀と捉える者が出ても何の不自然さもなかった。


みちるの前に最悪の危機が訪れていた。

しかし当のみちるもレイチェルもその事に全く気づいてはいなかった。


「パンケーキ出来たよー!」


みちるはいつもの様に朝食を作っていた。

もうレイチェルと一緒に食べる朝食の風景にも慣れていた。

気がつけばみちるの体の魔物化が始まって2ヶ月が過ぎようとしていた。

最早魔物を倒すのは朝の散歩くらいの普通の出来事で居候のレイチェルとの暮らしもまんざら悪くもないとすら感じていた。


「今日の朝食の出来はどう?」


「ん、悪くないよ…」


それまで一人で暮らしていたみちるはこの奇妙な同居人にすっかり気を許していた。

レイチェルもそんなみちるにいつの間にか気を許すようになっていた。

今日もまた魔物退治以外は何も代わり映えのない一日が過ごせるものと、その時まではそう思っていた。


そう、その時までは…。

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