第2話 突然の天使

どう見ても天使な彼は凄くびっくりした顔をしていた。

顔面蒼白でしばらくまともに喋れないほど…。


「き、君…もしかしてアレ…食べちゃったの…?」


天使は振り絞るような声で言った。

さすが天使だけあって澄み切ったとてもいい声だった。


「あ、あの…ブリ…大変おいしゅうございました…」


みちるは少し申し訳なさそうに、でも精一杯の作り笑いをしながらそう答えた。

落ちてきたブリには何の疑問を抱かなかった彼女もこの展開には流石に理解が追いつかなかった。


えっ?ちょっ、何故天使?

って言うか目の前の彼は本当に本物の天使?

と言う事はあのブリはもしかして…?


みちるの頭がぐるぐる回っていた。

勿論どれだけ考えた所で答えなんて出る訳がなかった。

でも現実は認めるしかなかった。


「アレ…ブリだと思ったの?」


天使は少し呆れた顔をしてそうつぶやいた。

純粋無垢の象徴である天使にちょっとこれマジでありえないっしょってリアクションをされてしまった。

それはみちるにとって結構な精神的ダメージになっていた。


「え?でも美味しかったし…ブリの味がしたよ?」


みちるはどう返していいか分からず取り敢えず結果だけを語った。

確かに見た目はブリだったしブリの味がしたし…しかもかなり美味しかったのだ。

ブリの味がした以上アレはブリに間違いないと言うのがみちるの結論だった。


「アレ…魔物…」


天使は衝撃的な一言をみちるに告げた。

彼曰く空から落ちてきたブリはブリではなかったらしい。

ブリどころか自然界の生き物ですらなかった。

そりゃ普通に考えても突然ブリが空から落ちてくる訳はないわな。


「は?」


そんな訳はないと言ってもその真実は受け入れ難いもの。

取り敢えず聞き間違いではないかとみちるは思ったのだった。

出来ればそうであって欲しかった。


「まも…の?」


思わず聞き返すみちる。

しかし天使は冷静に冷酷に言い切るのだった。


「そう」


「でもブリの味がした…よ?」


まだしつこく食い下がるみちる。

彼女は自分が魔物を食べた現実をまだ受け入れられないでいた。

まぁ普通に考えても有り得ない事だから仕方がない。

しっかし見た目ブリでブリの味がする魔物って何やねん。


唐突だがここでこの世界での天使と魔物の事を説明しておこう。


魔物とはこの世ならざるもの。

目に見えない存在であり数々の人の不幸はこの魔物が関与していると言われている。

かつて天使と天の覇権を争い敗れた者の末裔とその眷属と言われている。

この世界でも魔物の存在は昔話や伝承に残るばかりで今では信じない人の方が多い。

そして天使はその魔物を人から守る存在として語り継がれている。

勿論同じように目に見えない天使の実在も今では信じない人の方が多くなっている。


目に見えない存在のはずの魔物がブリだったり

突然目の前に見えないはずのお伽話の中だけだった存在の天使が現れたり

どうやらただ事ではない何かにみちるは巻き込まれてしまったらしい。


それでは話を戻そう。


「あ、やばい!早くこれを!」


天使は何かに気付いて突然そう叫んだかと思うと自分の頭の輪っかを取って

みちるに向かって勢い良く投げつけた。


「きゃっ!」


反射的に顔をかばうみちる。

その瞬間、天使の輪っかはみちるの腕にまるで腕時計のように絡みついた。


「これは…何?」


みちるの腕にくっついた天使の輪。

天使の輪はくっついた瞬間に何かゲージのようなものが浮き出ていた。


「それで暴走を制御するんだよ」


みちるは天使の話を聞く事にした。

理解が追いつかなくても聞かなければ何も分からない。

輪っかが腕にくっついた時点で彼女は今までの常識を捨てる事にした。

とにかく目の前の現実を受け入れなければ…。


と、そこからはしばらくは天使のターン!

分からないなりにみちるは何とか状況を把握しようと頑張った。


天使の話によると


空から落ちてきたのは天界で捉えていた魔物

天界でちょっとした騒ぎがあって魔物が脱走

天界で捕らえられた魔物には全て脱走すれば別の生き物になる術式がかけられている

そしてブリの姿になった魔物がみちるの家の庭に偶然落ちて来た

天使は脱走したその魔物を回収する為に地上に降りて来た



「と、言う訳なんだ」


天使はちょっと得意そうにドヤ顔で今までの天界での経緯を説明した。

ただ、まさか人間がその魔物を食べてしまうなんて流石に想定外だったようだ。


「で、これは何?」


みちるは腕にくっついた輪について素朴な疑問をぶつけてみた。

天使はやれやれといった顔でしぶしぶ説明してくれた。

こっちはあんたら天界の住人の不手際のせいでこんな目に遭ってるのになんだその態度は…と、思わないでもなかったが背に腹は代えられないこの状況。

みちるは喉まで出かかったこの不満の言葉を何とか飲み込んでいた。


「だから力を抑えるためにつけたんだ」


「力?」


「そう、力」


力って何?と思っても天使はすぐに答えてはくれなかった。

まるでそのくらい察してくれと言わんばかりだった。

普通天使って言うのはもっと親切なものじゃないだろうか?

しかし目の前の本物は決してそんなわかりやすい存在ではなかった。

自分の都合だけで話を進めて相手の都合を考えていない。

このままでは一向に話が進みそうになかった。

みちるは元々そんなに頭が賢い方ではないのだ。


「…えっと、意味分かんないんですけど」


天使は彼女の理解の遅さをようやく理解したのか仕方ないなって顔をしながら少し分り易く説明してくれた。


「君は魔物を食べたよね」


「……」


そこは素直に頷くみちる。

まぁ事実だから仕方ない。

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