20 知らなかったこと
次の日の高熱は風邪のせいだけではなく、どうも知恵熱も加わっているような、そんな気がした。
それでも学校に行こうとした私を、十岐が止めた。白石さんが動くには、まだ時間が必要だろうから大丈夫だと。
安心した私は丸一日、一度も起きずに眠り続けた。
登校したのは、二日後だった。
まだ体は重いが、根回しだけはしておかないといけない。ひとまずアシュリーと結には、先に打ち明けた。通いつめた私に、白石さんが仄めかしてくれたことにして。
「弱いからそうなる。自業自得だ。って言いたいけど、フォローしろってことだな」
「うん、よろしく」
さすが、話が早い。
「でも、どうして追い詰められてるって分かったの?」
「それは…………結が、いっぱいヒントをくれたからだよ」
「私?」
「うん。ほら、本気で怒ってないって、言ってたよね」
それと、説明会の話。結の言葉がなければ、私はまだ手をこまねいていたに違いない。
「あ……そっか。へへ」
これから、白石さんを悪者にしないように、クラスに働きかけて下地を作っておく。それと……
もう、校長である銀ちゃんには、打ち明けた方がいい。何もかも、全部。
私は校長室に潜り込み、メモを残しておいた。
言葉を失った。
その夜、久し振りに見た銀ちゃんは、確かにバッキバキのパリッパリだった。
無精ひげを剃り、シワひとつなく仕立てのいいスーツを見にまとい、髪をきれいにセットして、まるで別人のような男っぷり。
こうしてみると、元がいいのがよく分かる。
「寧ちゃんが見とれてるよお。分かるよ、垢抜けたもんねえ」
茶々を入れる十兵衛ちゃん。を、無視して、ネクタイを外してシャツのボタンを緩め、髪も崩す。そして、囲炉裏の前にドカっと座った。
「話って何だ」
機嫌が悪い。
「あーあ、もったいない。ま、これもいいけどねえ」
「寧、早く話せ。手短にな」
十兵衛ちゃんはお構いなしだが、それもまた流して、チラっと私が着ているもこもこのどてらに目を向けた。
気にしている。
「銀ちゃんには、知っておいて欲しいことがあって」
確かに治りきってはいないけど、もう微熱だけだ。話すくらい問題ない。
私はまず、白石さんが、なぜあんなことを言い出したのかを話した。
「そんなことは分かってんだよ」
「えっ! そうなの!?」
「お前は俺を舐めすぎだ。それくらい、見てりゃ分かるだろ」
「え……そうかな」
分からなかった。
じゃあ、言わなくてよかったのか。これがいらなかったのなら、隠してきたことを暴露する必要も起きなかったんじゃ……
何とか、今から言わずに済ませられるだろうか。
いや、ダメだ。それ無しで、白石さんが気持ちを変えて学校に来るであろうことを、どうやって説明するんだ。
また、裏目。
「…………。で? 気づいて、それからどうしたんだ」
「そ……それから……」
ゴクっと、つばを飲み込んだ。
「白石さん自身に本当のことを言ってもらうために、毎日家に行ってました。これは私が招いたことだし、自分で動きたかった。それに、白石さんが罪悪感を抱くなら、一番は私に対してだから、恨んでないことを分かってもらわなきゃ、彼女はどんどん殻に閉じこもると思った。私が姿を見せて、ちゃんと時間を使って、それで直接話すことでしか拭えなかったから」
一気に言い切った。
沈黙が、のしかかる。
「三回目のペナルティだ……と言いたいところだが、自分で言ったから、今回は許す。次やるときは、はらだしにはもっと完璧に仕込むんだな」
「え……」
「あらぁ? バレてましたかぁ、あたし」
「あんなもんでごまかされるか。それから、もっと加減を知れ、寧。どこまでが限界なのか、自分の体を把握しろ。バカみたいに寒空の中に立つな。熱は下げてからやれ。雪が降ったら、帰れバカ者」
嘘…………全部、知ってる。
「おばば……」
思わず十岐を見た。
「わしは言ってないよ。お前が銀治を侮っただけだ」
「そんな……。だって……」
だって、知ってたら止めない訳が……
「銀治は止めたがったがな。わしが、好きにさせてやれと言ったんだ。自分の始末をつけるのも、大事だからとな」
おばばが……そう、だったのか。
「まあ、結果的にお前は白石の気持ちを動かした。それは、俺も認めるよ。今日、連絡が来て親御さんと話した。明日、学校に来るぞ」
「えっ! 明日!?」
「ああ。明日、全てが明らかになる。俺が思っていたより、ずっと早かった。……よくやったな、寧」
明日、来るんだ――
「うん……」
あ、ちょっと泣きそう。
「それにしても、見ていて分からなかったなら、お前はこのことに何で気づいたんだ」
「ああそれは、説明会のおばばの言葉を結に聞いて、証言を翻してから様子がおかしくなったって、それでピンときたんだ。それから……」
「それから?」
これも、言っておこうと思っていたことだ。
「見えた」
「見えた? 何が」
「現場が」
「は? 現場?」
「うん。白石さん、泣いてた。話してる内容も、ちゃんと分かったよ。あの嘘の証言のことだった」
沈黙した。
「どうやら、あまねの『目』に近づいたようだね」
十岐が、サラリと言った。
銀ちゃんは、目を点にしている。
「ば、ばあ様、そんなことってあるのか? 目継ぎのうちからそんな…………。俺は、聞いたことがないぞ」
「本来は、ない。だが、寧は本来の道を辿ってはおらん。普通ではないことばかりだ」
私、あまねの子としても普通じゃないのか。
「今回は、寧の気持ちがあの子に向かい、あの子の心が寧に助けを求めて起こったことだろう。いつでもできる訳ではないさ」
「それにしたって……。俺は、寧に驚かされてばかりだ」
銀ちゃんは、まだ信じられない様子だった。
そんなにおかしいのか、私は。
「まだまだ、お前も青いということだな」
「…………」
十岐の言葉に銀ちゃんが黙りこみ、代わって妖怪たちが騒ぎ出す。
「話が済んだなら、お祝いしましょうよぉ」
「そうだ! 寧が成長したお祝いするぞ!」
「いやーん、何か寧ちゃんが、あたいたちに近づいた気がするわあ」
「寧、おめでとう」
「お十岐、あの幻の酒はどこにあるのだ。今日は飲んでよかろうな」
私はちっとも嬉しくないし、さっきからちょっと熱が上がってきたような気がする。
早く寝た方がよさそうだ。明日のために。
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