17 思惑のもとに

「寧、ストーブ占領しないでよ」

「あ、ごめん。今日、寒いね」

「寒いのは寒いけど、いつもこんなもんでしょ」


 環は鈍いんだな、きっと。

 結が、私の顔を覗き込む。


「ん? 何?」

「……何ともない?」

「え? ないよ? どして?」

「うん、なら、いいんだけど……」


 私は首を傾げた。

 教室には、数日前よりも子どもが戻ってきている。

 相変わらずストーブにかじりつく私の耳に、全神経を傾けてしまうような話が聞こえてきた。


「お前ん家はあの先生か。俺ん家には、校長先生が来た。何か、バッキバキに決まっててさあ。いつもと全然、違うんだよ! マジかっこよかったぞー!」

「俺んとこも校長だった。マジで決まってたな。スーツもパリッパリで。うちの親さあ、説明会から何かいろいろ迷ってたけど、校長が来て、やっと学校に行かせてくれたよ」

「うちもだよ! ってか、いつもあんな格好しとけばいいのにな」


 銀ちゃんが、バッキバキのパリッパリ?

 何だ、それ。想像できない。


「何かさ、校長先生が行ったとこは全部、成功してるらしいよ」


 側にいる女の子が私に言った。今の話を聞いていたらしい。


「うちも校長先生だったんだよ。やっぱり校長直々にっていうのもあるけど、説得力があったって、親が言ってた。説明会ですごく考えさせられて、その上でこの校長先生なら大丈夫って思ったんだって。やっと、学校に行っていいって……。休んでてごめんね、三雲さん」

「いや、いいよ! そんな、謝んないで」


 この子は、昨日から来ている。

 ちょっとバツが悪そうに笑う女の子に、私は首を振った。

 にしても、銀ちゃんは、そっちに動いていたのか。

 今週の全校朝礼も放送だけで、しばらく顔を見ていなかった。

 昨日、居間に下りたら会えたのに――


「落としやすいところから行ってるのよ。校長、やるじゃない」


 環が、ませて言った。

 落としやすいって、あなた、その言い方……

 でも、ああ、そうか。銀ちゃんは、外堀から埋めている。学校に戻って来やすそうな子どもの親から、口説きに行っている。

 そうか、そういうつもりか。

 なら私は、何が何でも本丸から炙り出す。必ず――――


 ブルっ、と体が震えた。

 これが武者震いというものか。

 それにしても、今日は寒い。寒気がする。




「それで、図工の時間は……」


 二階の窓に向かって、今日あったことを話していた。

 聞こえているかどうかは分からない。

 でも、聞いていると思った。ほんの少しだけ、窓が開いていたから。


 昼間あんなに寒かったのに、今は大丈夫だった。

 ただ、どうも体が重くて、上を向いて話すのはつらい。頭がぼうっとする。


「今日は、そんな感じ、かな」


 ネタが尽きると、辺りは耳障りなほど静かになった。

 竹やぶの笹が、ほんの少し揺れているのが見えるのに、音は届いて来ない。

 何だか、ひどくだるい。

 私は黙ったまま、また九時までそこに立っていた。


 帰り道は、真っすぐ歩くのに苦労した。

 ふわふわ、ふらふらして、何か考えようとしてもまとまらない。

 家について十岐に熱が出ていると言われ、そうだったのかと思った途端に、立っていられなくなった。


 風邪、か。

 昨日ベランダで隠れたことが、また裏目に?

 いや、そんなことはないはずだ。風邪くらい誰だってひく。偶然だ。

 別に無茶なんてしていないし、倒れた訳じゃないんだから、裏目になんて……


 ぐるぐると思いは巡り、やがて眠りについた。

 その夜、熱に浮かされながら見た夢は二つ。

 ひとつは、お母さん。

 もうひとつは、何だっただろう。

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