2 雪の森 -意表

 網の上で、肉がジュージュー言っている。

 囲炉裏って何て便利だろう、焼肉までできる。炭火で焼いたお肉は旨味が増すし、落ちた油の匂いのついた煙をまとって、また肉が美味しくなる。

 そして、食い意地の張った我が家では「肉、争奪戦」になる。


「どんどん焼け! 遅いぞ、寧!」

「そんなこと言うなら、サトリがやってよ! 食べるばっかでさ!」

「オレより赤鬼が食べてるんだぞ! 見ろよ!」

「おれ、焼いてる」


 赤鬼はお気に入りの豚トロを並べているが、それを焼いている間、他の肉を一度に五枚ほどはさらっていく。


「たまりませんねぇ、この塩タン」

「鶏も皮がパリっパリで、中が柔らかいよお」

「遠赤外線の成せる業よ」


 はらだしと十兵衛じゅうべえちゃんは、完全に食べる専門。

 青行燈あおあんどんは、自分の肉は全て囲って確保していた。

 肉スペースは高速回転だ。

 対して野菜スペースでは、危うく炭化しそうになっているものがある。


「わしが育てた野菜を炭にしたら、明日は飯抜きだ」


 十岐ときのひと言で、みんな慌てて野菜を引き上げにかかった。


「ジャガイモ、ほくほくですよぉ」

「にんじんが甘いぞ」

「やっぱり、焼肉にはキャベツだねえ」


 三バカトリオが、ちらちらと十岐を窺う。

 しかし十岐は素知らぬ振りで、食べ頃になった一番大きなハラミを、網から取って食べた。


「あっ」


 ズルい。恐らく、全員が思った。


 野菜にも目を光らせなければならないため、その後、さらに争奪戦は白熱した。

 獲得したカルビに甘辛のタレを絡め、ご飯に乗せて食べる。

 ああ……何て白飯に合うんだろう。

 夢中になって、学校のことなんて忘れてしまいそうだった。二月に入って、収まるどころか余計に溝は深まっていたけれど。


「お前、忘れてるんじゃないだろうね」

「えっ!」


 突然、十岐が私に言った。


宗矩むねのりだよ。お前を待ち構えているぞ」

「あ……ああ」


 そっちか。

 しっかり忘れていた。


「ああ見えて歳を取ってるんだよ。風邪でも引いたら厄介だ。明日、行ってきな」

「……はい」


 仕方ない。お年寄りには気を使わなきゃ。

 十岐以外は。


 翌日の日曜日、朝から私は森へ向かった。

 一月末の大雪で、平地も白く染まっている。

 出発する前、ビーに偵察を頼んだ。むねじいの企みを先に知っておけば、気持ちに余裕が持てるだろうと。

 しかし帰ってきたビーは、丸いものと三角のもの、としか伝えてこなかった。

 ズルをしようとしても、なかなか上手くいかないものだ。


 やがて花野はなのの墓で見たのは、二つの突起物。かまくらと、すべり台。確かに、丸いものと三角のものだった。

 かまくらは人が四、五人は入れそうな大きさで、ものすごくきれいな半球。

 すべり台は高さおよそ二メートルで、とりあえず頑丈そうなことだけは分るが、適当に作った感がにじみ出ている。ひょっとしてまだ製作途中……

 いや、飽きたな、これは。


「来おったか。また、じらしおって。ゲホゲホゲホっ」


 かまくらの中の宗じいは、今度はパンチパーマの代わりに、もうもうと上がる七輪の煙を花びらにして、激しく咲いていた。


「すごい煙だけど」

「寒ブリじゃ。旨いぞう」


 確かに、匂いだけで美味しそうだ。

 しかし。


「あのさ……。こんなものを作ってお墓の上でくつろぐって、どうなの? かまくらはまだしも、すべり台って」

「いいんじゃ。なるべく賑やかにというのも、遺言のひとつじゃからな。早く入って来んか、もう焼けるぞ」

「……いいんだ」


 入ってみると、かまくらというのはなかなか居心地がよかった。

 そして、塩を振っただけの寒ブリがまた、油が乗って香ばしくて美味しくて、朝ごはんをいっぱい食べてきていたのに別腹だった。


 食べ終わると、宗じいが膝を叩いた。


「よし! やるぞ!」

「やるって、何を?」

「遊ぶに決まっておろうが、友を集めて来い」

「友……」


 宗じいに、友達…………会わせたくない。


「何じゃ、おらんのか。しょうがないのう。おお、そうじゃ! 銀治ぎんじでも呼ぶか」

「えっ! 宗じい、銀ちゃん知ってるの!?」

「知っとるも何も、わしゃ里の大先輩じゃぞ。ついでに、十岐殿から話に聞く、お前の家の妙ちくりんな居候どもも、連れてこさせるとするか」

「ええっ! 妖怪たちのことも聞いてるの!? ってか、携帯持ってる!」


 懐から取り出したものを、私は驚きの目で見つめていた。

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