2 満を持さず -居候×5

「はあ~。やっぱり、この家で食べるご飯が一番美味しいわあ」

「然り。素材の味が際立っておる」

「旨い」

「これだから、ここから離れられませんよねぇ」

「頭の痛さも忘れるぞ。痛かったけどな」


 食卓に出された山のような料理が、瞬く間に減っていく。

 和気あいあいと繰り広げられる異様な光景を、頭と心が共に理解できない。無意識にご飯を口に運ぶものの、何の味もしない。


「もう少しこの生活に慣れてから会わせるはずだったんだが、こうなったら仕方がないね。何せ人の常識が通用しないのさ。寧、さっきの会話で分かったろ、こやつらは妖怪だよ」


 粗方食べ終わった頃、十岐は見計らったように切り出した。

「妖怪だよ」って言われて、「はい、そうですか」なんてことになる訳がない。

 しかし黙っている私の気持ちをよそに、十岐は話を続ける。


「わしの隣のこやつは、猫又の十兵衛じゅうべえ。一番騒がしいやつさ」

「ひどいねえ、お十岐。騒がしいんじゃないよ。あたいは、おきゃんなのさ」


 明るい日差しの中で、私の焦点がようやくその妖怪の姿形に合った。

 襟足を抜いた着物姿。緩く結んだきれいな黒髪を肩に垂らして、切れ長の目が艶っぽい。

 今までどうして気づかなかったのか。十兵衛は、びっくりするほどの美女だった。


「あたいのことは、十兵衛ちゃんって呼んでねえ、寧ちゃん。会いたかったよ。かわいい妹ができたみたいで、嬉しいねえ」


 笑った顔が、呑まれそうなほどの色気をはらんでいる。


「じゅ、十兵衛……ちゃん。猫……又?」

「おや、知らないかい? あたいはねえ、尾っぽが二つに分かれた猫の妖怪だよ。ずっと人の中に紛れて生きてきたのさ。それから、みんな勘違いするんだけど、あたいは普通の猫の時から美人だったんだ。この器量は作り物じゃないんだよ」


 その流し目で、男じゃない私がクラっときそうになったのは、妖力か、ただ強烈な色気のなせる業なのか。


「十兵衛さん、長いですよぉ。お十岐さん、早くあたしも紹介してくださいな」

「まったく、せっかちでいけないね」


 十岐がため息をついた。


「こやつは、はらだし。賑やかしだよ」

「人を笑わせるのが生きがいの、数少ない楽しい妖怪ですよ。怖くないですよぉ?」


 怖くないって、自分でそんなこと言う妖怪って、どうなんだ。

 それにしても……


「あ、あの……男? 女?」


 髪は長く下ろしたままで、顔は……何だろう、蛙っぽいおたふく?

 着流しを緩く着ているから、前が深く開いている。胸が膨らんでいるように見えるけど、お腹がタプタプだから太っているだけかもしれない。

 声も、男でも女でも通りそうだ。


「あら、嬉しい! 寧さんは、あたしに一番興味をお持ちだ。こんなもの、いつでもお見せしますよぉ」


 いきなり身を乗り出して、着物の前を大きくはだけようとした。


「わあーっ! いやっ、いいです! 遠慮します! ぎゃ――――――っ!!」


 止めるのも間に合わず、がばっと開いたお腹いっぱい、顔があった。描いたものなんかじゃない、本物の、顔。

 それがこっちを見て――ニタリと笑った。


「ヒっ!」

「あんた! あたいの話の途中に割り込んどいて、踊りまで披露するなんて、許せないよっ!」


 ボムっ。

 そのまま踊りだそうとしていた、はらだしの頭に、十兵衛が拳を食らわせて出た音は何かが妙だった。


「あいたぁ、ひどいですよぉ」

「やれやれ。早速、騒々しいね。ああ、言い忘れていたが、見ての通り、はらだしの特技は腹踊りだ」


 だから、遅いんだって……

 先に言ってくれないと、もう少しで心臓が止まるところだった。


「もういいだろ、次行くよ」


 結局、はらだしが男か女か分からなかった。妖怪だから、性別はないんだろうか。


「こやつは山男やまおとこ。名前は赤鬼あかおにだよ」


 次に紹介されたのは、ありえないほどの大男。

 山男で、赤鬼? 何それ? ネーミングセンスがなさ過ぎる。十岐は絶対、昔話が好きなんだ。朧だって、まかり間違えば白桃になっていた。桃太郎ならぬ、白桃太郎。


「言っておくが、わしが名前をつけたんじゃないよ。昔、近くの村人が、山でこやつを見てそう叫んだのさ。それを、何が良かったんだか気に入っちまったらしいね」


 ……十岐じゃなかったか。


 それにしても、赤鬼に憧れでもあるんだろうか。例えば強さの象徴だ、とか……?

 妖怪の感覚は分からないが、叫んだ人の気持ちはよく分かった。

 真っ赤な髪と、身に付けているのは腰に巻いた毛皮のみ。灰色の肌が、異様にごつごつして見える。

 山で会ったら、私なら一目散に逃げだすだろう。


「し、身長は、どれくらい?」


 自分から喋りそうにない赤鬼に、私は質問をした。


「八尺」

「八…………尺?」


 問うように十岐を見る。

 今時、日常ではあまり使わない。長さの単位であることは何となく知っているけど、それがどれくらいなのかは分からなかった。


「一尺は、おおよそ三十センチだね」

「つまり……二メートル四十センチ!?」


 デカ過ぎる。座っていても、威圧感がスゴい訳だ。


「図体はデカいが、優しいやつだよ。そして、無類の酒好きさ」

「酒、旨い」


 やっと自分から喋ったと思ったら、酒のことだとは。

 よっぽど好きなんだということだけは、よく分かった。


「で、その隣が青行燈あおあんどんさ。こやつが本物の鬼だ。百物語の最後に怪異を起こすのが、こやつだよ」

「ええっ! 怪談の!?」


 百物語で、鬼……これこそ、妖怪の中の妖怪じゃないか。

 白装束。額には二本の角。思いのほか整った顔が、なぜか青っぽく見える。

 怖い、怖すぎる。関わりたくない。

 ていうか、怪談してないのに何でいるんだ。


「何故、我が後回しなのだ。真っ先に我を紹介すべきであろう」

「座っている順にしただけだろ。嫌なら席を替わるんだったね」


 鬼が十岐にやり込められている、奇妙な光景。


「ふん。まあ、よかろう。小娘よ、我が青行燈だ。覚えておくがよい」

「は、はい」


 何か、えらそうだ。武士みたいだ。

 でも、怖いから突っ込まない。人を食べている鬼の絵を、見たことがある。


「やっと最後だね。あんたの隣で、さっきからずっと口を押さえたままでいるのが、昨日話したサトリだよ」

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