24 決着の時

「悠誠!」

 リゼリィが急いで俺の元へ駆けつけ、手にしている剣でウェインに斬りかかる。

「おっと危ない」

 ウェインはそれを盾で軽々と受け止めてから、大きく後ろに飛んで距離を取る。

「勇者様、これで僕が嘘をついてないって証明されましたよねぇ?」

「ああ、約束通りお前を側近にしてやるよ」

 おびただしい血で染まった床に倒れている俺を見て、ヒカリが満足そうに頷いている。

「悠誠、しっかりして!」

 俺はリゼリィに抱き起されるようにしてゆっくりと立ち上がり、ウェインを睨みつける。

「背後の警戒は怠っちゃだめだよ? いつどこに敵がいるか分からないからね」

「あんた……俺達を売ったのか……」

「強い方に付くなんて当たり前じゃないか。他人を簡単に信用しちゃいけないなぁ」

 全く悪びれずに答えるウェインに同調し、ヒカリが憎らしげに笑う。

「そうそう、そういう顔が見たかったんだよ! 遊んでやってる事にも気づかず、その気になってるお前らを見てて笑いをこらえるのが大変だったぜ」

「だから言ったじゃない。アンタ達程度がヒカリ様に勝てる訳ないって」

 ウェインと戦っていたはずのミルシャも、ヒカリの背後で笑いながら俺を見つめていた。

「私達の作戦は全部筒抜けだったって事……?」

「ああ、これの事か?」

 ヒカリが足元の赤い絨毯を乱暴にめくると、床に描かれた魔法陣が現れる。俺が城に潜入している間に仕掛けておいた、送還魔法の魔法陣だ。

「こんなもんまで用意してやがったとはな。俺を誘導しているつもりだったんだろうが……甘いんだよ。誰も殺したくない? 笑わせてくれるぜ」

 ヒカリは魔法陣を消しながら、あざける様に笑う。

「さてと。コケにされた仕返しも済んでスッキリした事だし、そろそろ死ぬか?」

「悠誠、下がって!」

 庇うように俺の前に立つリゼリィに、ヒカリは舐め回すような視線を向ける。

「やめとけ、最初からお前らに勝ち目なんかなかったんだよ。その雑魚を殺して俺に忠誠を誓うんなら、お前は殺さないでおいてやるぜ?」

「……今のは冗談でも許さない」

 あ、やばい。リゼリィがキレた。

「リゼリィ、大丈夫だ。……あいつは俺がやる」

 精神を集中させて魔力を練り、手にしている短剣に注ぎ込む。

「ハッ! お得意のハッタリか? その傷でまともに魔法なんか使える訳がねぇ」

 ヒカリの言う通り、集中が乱れれば魔法も乱れる。大怪我を負った状態で魔法を使うのは並大抵の精神力では出来ない事だ。

「本当にそう思うか?」

「……まあ何をしようが関係ねぇ。こいつで終わらせてやる」

 ヒカリの剣に眩い光が集まっていく。あの技を食らう訳にはいかない。

「暇つぶしくらいにはなったぜ。礼として楽に殺してやるよ!」

 ヒカリの放った閃光が触れたもの全てを飲み込みながら、恐ろしい程の速さで飛んでくる。この距離ではとても避けきれない。

 その瞬間、突然足元が光りだす。頭を揺さぶられたかのように視界が歪む。閃光が俺とリゼリィの下へ届く直前で、ウェインの短距離転移魔法が発動したのだ。

 この時を待っていた。ヒカリを守る光が身体から離れるこの一瞬を。

「短距離転移だと⁉」

 ヒカリに気付かれた。魔力の流れで移動先が簡単に読まれるのが短距離転移の欠点だ。

 ヒカリはすぐさま追撃しようと体勢を立て直す。

 だがもう遅い。ミルシャの腕前なら、狙いを外すようなヘマはしない。

 ミルシャは既に俺が手にしている短剣をすぐさま奪い取り、ヒカリの顔面へと投げつけている。

「うわ!」

 済んでのところで後方から飛んでくる短剣に気付いたヒカリは体を反らし、なんとか直撃を避ける。短剣はヒカリを頬をかすめただけで、致命傷を与える事は出来なかった。

「は、ハハ! そんな攻撃が当たるかよ! ミルシャ、奴隷の分際で俺の逆らったらどうなるか……教え込んだはずなんだがなぁ?」

「ア、アタシは……アタシはあんたの奴隷なんかじゃない!」

 ミルシャはサッと俺の後ろに隠れて声を張りあげる。盾にすんな。

「安心しろミルシャ。俺達の勝ちだ」

「おいおい、こんなカスリ傷程度で勝ったつもりかよ? ミルシャを殺したら次はお前の番……っ⁉」

 言い終わる前に、ヒカリは突然その場にへたり込む。

「な、なんだ⁉ 体が重てぇ……。一体何をしやがった!」

「さあ、何だと思う?」

 実際には体が重たくなった訳ではない。そう感じるのは、ただヒカリが身に着けている武器や防具が重いだけである。ヒカリの重厚な装備は、普段から身体を鍛えていない一般人には少々重すぎる。


 そもそもあの光の結界で自分の身を守る事が出来るヒカリにとって、身に着けている防具はほとんど意味をなさない。それどころか、かえって機動力を奪ってしまっている。にも拘わらず装着しているのは、能力が使用できない時に狙われる事を恐れているからだ。

 それに気づいてしまえば攻略法は見えてくる。ヒカリの最大の失敗は、自分の能力を隠そうとせず誇示していた事にある。

 リスクがないなら遠距離から攻撃する時に魔法なんか使う必要がない。あの光を放つほうがはるかに強力な上に無駄なマナを消費しないのだから、それだけ使っていればいい。

 それをしなかったのには理由がある。あいつが攻撃する為に光を放出する際、一瞬だけ身に纏っている光が消えてしまうからだ。だから自分の味方が近くでフォロー出来る位置にいる時、そして敵が自分の周囲にいない時以外はあの能力を攻撃に使わない。

 そしてその際の護衛役にもっとも適任な人物を育てていた。自分に逆らえない環境を作り、首輪で行動を制限できる者。それがミルシャだ。

「おいミルシャ!」

 ヒカリに呼ばれたミルシャの肩がビクッと跳ね上がる。

「今ならオレに逆らった事を許してやる、そいつを殺せ!」

「う、うぅ……」

 威圧的な態度で脅すヒカリに対し、ミルシャの身体はぶるぶると震えていた。

「安心しろって。こんな首輪に、もうお前を縛る力なんてないんだ。ほら、大丈夫だろ?」

 俺は以前自分に着けられたうっとうしい首輪を、力任せに破壊する。それを見たミルシャは、安堵した表情で首輪を外した。

「なっ……⁉ どうして作動しない⁉ 自力じゃ外せないって話だったはずだ!」

「俺のは既に解除済みだったし、ミルシャのはお前が俺達に集中してる間に解除して貰ったんだよ。隙ならいくらでもあったからな」

 俺にまでこの首輪を装着したのは完全にヒカリのミスである。おかげでいくらでもこの首輪について調べる事が出来たのだから、後は専門家に解除を頼むだけだ。

 ヒカリは恨みがましい眼でこちらを睨みながら、立ち上がろうともがいている。

「クソ、どうして力が抜けていくんだ!」

 ミルシャが投げた短剣。あれには毒魔法を仕込んでおいた。

 通称『魔女殺しの劇毒』。体内に入り込んだ途端に全てのマナを奪い去り、死に至らしめる。効果は強力だが、切り札と呼ぶにはあまりにも危険で不安定な魔法だ。

 以前俺が召喚された世界の中に、男性が圧倒的な魔力を持つ一方で、女性が微弱な魔力しか持たない男尊女卑の世界があった。

 だが、稀に男性よりも強い魔力を持って生まれてくる女性もいた。男性達はその強い力を持つ女性達を魔女と呼び、徹底的に駆逐していたのだ。

 魔女殺しの劇毒は、その魔女達を狩るために使われていた魔法である。そうした経緯があるので、心情的には絶対に使いたくなかった。

 それに莫大なマナを消費する上、この魔法を付与していられる時間は極めて短いという欠点もある。

 だがその効力は絶大であり、一瞬の内に体内のマナを奪い去ることが出来る。その為、扱いを間違えれば自分や味方まで殺しかねない。

 仮にヒカリが毒に気付き解毒しようとしても、それに対応した薬やら魔法を作り出すのには相応の時間が必要だ。例え解毒出来たとしても、そう簡単にマナを回復する手段はない。

 本来マナが無くても生きていける俺やヒカリのような異世界人にとっては、この毒によって死ぬ事はない。だがマナがなければ、ろくに鍛えていないヒカリの身体能力は一般人程度である。

 あの対処法が分からない光の能力は確かに厄介だが、それなら対処法がいくらでもあるマナの方を無力化してしまえばいい。

 強者に相対する時はまずその力を活かさせないようにするのが鉄則だ。どんなに強力な能力を持っていようと、それを扱う者は万能じゃない。

 本当に強い者というのは絶対に自分の能力をさらけ出したりしないものだ。それが命取りになる事を良く知っているから。

 

 俺にとって一番嫌だったのは、光の能力でゴリ押しされる事だった。そうなれば作戦も何もあったものではない。

 だからまずは、ヒカリに考えなしに突っ込むのは危険だと思わせるのが第一だった。

 こちらの手の内は隠しつつ、奇襲や挑発で牽制する。これだけでも攻撃を躊躇させるには十分効果的だ。更に第一の弱点である足元を攻撃すれば、能力に頼りきった戦い方をするヒカリの動きは鈍くなる。

 そうなるとウェインとミルシャに裏切るフリをさせたのが活きてくる。簡単に始末出来る方法をこちらから用意する事で、自ら選択肢を狭めてくれるのだ。

 ミルシャにはわざと首輪の細工をヒカリにばらして交換させるよう促した。その後、知られても支障のない俺達の情報を流させて信用を得る。これでミルシャについては疑う余地がほとんど無くなり、ヒカリを裏切っているという可能性を排除させた。

 ウェインも同様に事前にヒカリと接触させ、俺が城にいる間に仕掛けておいた罠の情報を流してもらい、戦闘中に背後から俺に斬りかかるという契約をさせておいた。

 その時点のヒカリにとっては、ウェインの裏切りが真実だろうと嘘だろうとどっちでもよかったはずだ。楽に俺を殺せるなら良し、嘘なら一緒に始末すればいいといった程度だろう。

 そして近距離戦で俺を仕留めきれなかった事で、ヒカリの思考は楽に勝つ方に傾いた。そうなればもうこちらの思うつぼである。

 ……まあ近距離戦を仕掛けられたのは想定してた中で最悪のパターンだったので、正直死ぬほどきつかった。最初の勢いのままヒカリが攻撃を続けていれば、俺の勝ち目は大分薄くなっただろう。

 しかしヒカリは避けに徹していた俺達を警戒し、無理に攻め切ろうとはしなかった。それが勝負の明暗を分けたのだ。

 後は準備が整い次第、自然なタイミングを伺いつつウェインに背中を斬らせる。フリーになったミルシャはヒカリの護衛に回り、光の能力を使って遠距離攻撃をしてくるように誘導する。これでミルシャに対して無防備な状況を作り出すことが出来た。

 ここでもう一度近距離戦を仕掛けてくるという可能性も勿論あったが、もしヒカリがそちらを選んでいればもう少し苦戦しただろう。あらゆる状況を想定しておいたものの、上手くいって良かった。


「いやー、無様だねぇ。気分はどうだい? 勇者君」

 身動きの取れないヒカリに対し、ウェインがすかさずマウントを取っている。

「最初から騙してやがったのか! ……つーかあの野郎、思いっきり斬られたのになんでピンピンしてやがる!」

 いきなり矛先がこちらに向く。仕方ないので説明してあげる事にした。勿論、全てはヒカリの油断を誘う為にこちらから仕掛けた罠である。

「あれはリゼリィが操作してた血だよ。俺の背中に魔力で作った血の盾を仕込んでおいて、斬撃を防いだ後にすぐ血に戻したんだ」

 その後、マナがたっぷり込められた血だまりを利用して短距離転移魔法陣をこっそり仕掛けておいた。

 短距離転移魔法陣はマナの消費が激しく、入り口と出口の両方を事前に仕掛けておかなければならないのがネックとなる。出口はウェインに仕掛けてもらったが、入り口は転移対象、つまり俺の下に描く必要があったのだ。

「もういいかい? それじゃあ約束通り、この勇者君は僕が殺させてもらうよ」

「ああ。まだ反撃してくるだろうから気を付けてな」

 あくまでマナを枯渇させただけで、ヒカリの能力を封じたわけではない。まあウェインならそれくらい分かっているだろうが。

「ふざけんな! 小細工なしで正々堂々勝負しやがれ!」

「やだね。俺は腰抜けで嘘つきなんだよ」

 様々な世界に召喚された時に培った経験や知識、対応力が俺の武器である。姑息だ卑怯だと罵られようが、それを最大限に活かすのが俺の戦い方だ。

 苦虫を噛みつぶしたような顔をしているヒカリをよそに、ウェインは鼻歌を歌いながら魔法陣を書き上げていた。

「よし、これで完成っと。動けないならやりたい放題だね」

「お、おい! 誰か助けろ!」

 ヒカリは必死に叫び始めたが、その呼びかけに応じる者はいない。側近だった大男もアーネストと兵士達によって抑えられ、その他の従っていた者達も既に倒れている。

「クソッ、役立たず共が!」

 助けが来ない事を悟ったヒカリは、今度は俺の方へ顔を向ける。

「……分かった、俺の負けだ。大人しく日本に帰ればいいんだろ」

「……は?」

 想定外の言葉に、つい間抜けな声を出してしまった。

「だってお前、人を殺したくないとか言ってたじゃねぇか。俺が帰ればそれで満足なんだろ?」

 ……これは本気で言っているのだろうか? それともただの時間稼ぎか?

「悪いけど俺はお前が殺されようが正直どうでもいいし、この国の人達が許す訳ないだろ」

 そもそも最初から帰還させる気なんてなかった。あれはヒカリを油断させ、罠にはめるためについた嘘にすぎない。

 百歩譲って水に流すとしても、それなら戦闘の前に話に乗るべきだった。今の段階にまで進んでしまったら、交渉にすらなっていない。

 皆が静観しているのを見て、ヒカリの顔が少しずつ青ざめていく。

「なあ、まさか本当に殺すつもりじゃないよな? だって俺も被害者なんだ。いきなり召喚されて、戦わされて……お前なら分かるよな⁉」

「いや、その事とお前が好き勝手するのは何の関係もない。一緒にすんな」

 少なくとも俺は自分の意思でどうするか決めているし、それに伴う責任くらい自分で負う。同類にされるのは御免こうむりたい。

「ま、待て。俺が悪かった。だから——」

 ヒカリの言葉は途中で途切れ、断末魔に変わった。

 魔法陣から立ち上った炎柱はヒカリを一気に燃やし尽くす。地に伏せているヒカリには、能力を使ってその炎を完全に防ぐことは出来ない。

「ごめんごめん、話が長いから発動させちゃったよ」

「……ひでぇ」

 まあ追い詰められてから出る謝罪の言葉なんて、何の意味もないのだが。

 最後まで真剣味が感じられなかったのは、まさか本当に殺されないとでも思っていたのだろうか。もっと生きるという事に執着しているなら、命乞いをするよりなんとか逃げる方法を考えた方がまだ可能性はあっただろうに。

 結局の所、ずっと夢見心地のままだったのかもしれない。真相を知るすべはもうないが、まあこれで良かったのだろう。

 燃え盛る炎に抵抗していたヒカリの呻き声が段々と小さくなり、消えた。

「もっと抵抗すると思ってたのに、意外とあっさり終わっちゃったね。せっかくヒントをあげたのになぁ。残念残念」

「……本当に裏切ったかと思ってマジでぶん殴るつもりだったけど、まあ勝てたからいいか。それより今は休みてぇ……」

 安堵した瞬間、今まで溜まっていた疲れが一気に噴き出した。限界まで身体強化魔法を掛けた上、無茶をしたせいで身体中が悲鳴を上げている。

「本当にこれで終わったのか……?」

 疲れてその場に倒れこんだ俺に手を差し伸べながら、アーネストが言った。復活フラグ建てんのは止めろ、マジで。

「安心して、確認してきたわ。あ、悠誠は私が運ぶから気にしないでいいわよ」

「あ、いいです遠慮しておきます。お姫様抱っこは止めてくださいホントに!」

 抵抗しようにも身体が動かん。誰か助けて!

「全く、相変わらずだな。……君達のおかげでヒカリを討伐することが出来た、本当にありがとう」

 このザマでお礼を言われても全く恰好がつかないんだが……。

「ユウセイ、平気⁉」

 アデリアが今にも泣きだしそうな顔でこちらへ駆け寄ってきた。

「ああ、もう大丈夫だ。女王様がそんな顔してたら皆が不安がるぞ?」

「だって皆が戦って傷ついてるのに、私は見てるだけしか出来なくて……ごめんなさい」

「お前の戦いはこれからだろ。この国がこの先どうなっていくかは、女王であるアデリア次第だ」

「……うん、私頑張るよ。ありがとう……」

 アデリアの頭を軽く撫でると、わんわんと泣き出してしまった。

「あーあ、泣ーかした。というか君、抱きかかえられたままでよくカッコつけれるなぁ」

 うっせぇウェイン。

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