23 裏切り

 襲い掛かってくる敵を蹴散らしながら、なんとか玉座の間に辿り着く。

 重厚な扉が鈍い音を立てて開かれる。目に入ってきたのは足を組み、玉座に腰を掛けているヒカリだった。

 ヒカリは以前と同じ様に、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら俺達を見る。

「……来たか」

「ヒカリ!」

 今にも飛び掛かりそうな勢いで叫ぶアデリアを、アーネストが制止する。

「よぉお前ら、久しぶりだな。でも今はお呼びじゃないんだ」

 そんな二人を全く相手にせず、ヒカリは俺とリゼリィを指で差し示す。

「ようこそ俺の城へ。リゼリィと……ユウセイだったっけ?」

「おい、なんで俺の方だけうろ覚えなんだよ」

「問題はそこじゃないでしょう。どうしてヒカリが私達の名前を知っているの?」

 俺がヒカリに対し本名を名乗った事はない。リゼリィに至っては初対面だ。

「そんな事も分からないの? アンタ達って本当マヌケね」

 ヒカリの傍らに立つ少女を見る。猫のような耳を持つその少女は、ヒカリと同じく心底馬鹿にしたような表情で俺達を見下していた。

「ミルシャ……私達を裏切ったの?」

「アンタ達みたいなカスとヒカリ様、比べるまでもない。アタシが忠誠を誓ったのはヒカリ様だけ」

 リゼリィが射貫くような鋭い眼光で問い詰めるが、ミルシャはふんと鼻を鳴らし、全く動じない。

「こいつが俺を裏切る訳ねぇんだよ。そう教育したからな」

 ミルシャの言葉に、ヒカリは満足そうに頷く。

 ふと、ミルシャの首元に目を向ける。見るからに真新しいその首輪は、以前彼女が身に着けていた首輪とは別物だ。

「お前、その首輪は……」

「自分から新しい首輪に代えてくれ、と懇願してきたんだよ。お前に触れられたのが汚らわしくて仕方がないんだと」

 あの野郎、もうちょい言い方ってものがあるだろ。泣くぞ。

「これはヒカリ様への忠誠の証。アンタの小賢しい小細工なんて無駄」

 ミルシャは俺達に敵意を示すかのごとく、腰から短剣を抜いて戦闘態勢をとる。

「そう毛嫌いしなくてもいいだろ。俺達は戦いを望んでるわけじゃない」

「ほぉ? なら何しに来たんだ?」

「ヒカリ、元の世界に戻る気はないか?」

「……はぁ?」

 俺の提案にポカンとしているヒカリの代わりに、声を荒げたのはアーネストだ。

「お、おい! 一体どういうつもりだ!」

「言いたいことは分かる。けど、どうしてもヒカリを殺さないと気が済まないか?」

「それは……!」

「もう嫌なんだ。誰かを殺すのも、死んでいく姿を見るのも……」

 嫌味な言い方なのは承知の上だ。だが、戦えば少なからず犠牲が出る。もしヒカリがこの提案を受け入れてくれるなら俺達は無駄に戦わずに済み、ヒカリもこの世界からいなくなる。結果だけ見るならこれが最善だろう。

「アーネスト。ここはユウセイに任せましょう」

「アデリア様……宜しいのですか?」

 アデリアが頷くと、アーネストもそれ以上は何も言わずに口を閉ざした。

 アーネストやアデリア達の心情が理解できない訳ではない。俺が彼等の立場なら、納得なんて到底出来ないだろう。だからこそ今、この場でこんな提案が出来るのは俺しかいない。

 まあそんな事を心配しなくても、そういった展開にはまずならないだろうけどな。

「ハハハッ、マジで言ってんのかよ! 面白すぎるだろ!」

 緊張感が漂う中でただ一人、ヒカリだけが大笑いしていた。ヒカリはひとしきり笑った後、大きくため息を吐く。

「こう見えてお前の事、結構見直してたんだぜ? あんな馬鹿みたいな演技、まともな神経してたらまず出来ないからなぁ。結局はただの腰抜けだったか」

「そりゃどうも。で、帰るのか? 帰らないのか?」

 俺の態度が気に入らないのか、ヒカリが顔をしかめる。

「はいわかりました、なんて言うと思ってんのか? こんな面白い世界から帰る訳ねーだろバーカ」

「面白い、か。俺にはとてもそうは思えないんだけどな」

「……何が言いたい?」

「スマホもなければ遊ぶ所もない。話の合う友人や気の許せる家族もいなけりゃ、お前の大好きなカレーやラーメンだって食えないんだぞ? 俺は今すぐにでも帰りたいね」

 召喚された大半の人間は、突然未知の世界に飛ばされるという環境の変化に耐えられない。それは現代生活に慣れた人間ほど辛いだろう。無論自分もその内の一人のはずなのだが……慣れというものは恐ろしい。

 元の世界に全く未練がない者達も勿論存在はするだろうが、ヒカリは違う。それはあいつの言動や行動を観察していればすぐに気付いた。

「それとも帰りたくない訳でもあるのか? 例えば……人間関係が上手くいってない、とか」

 根拠もなく言っている訳ではない。ヒカリの自慢話は散々聞かされた。それはどれもこちらの世界に来てからの話ばかりだったし、元の世界の話は明らかに避けていた。友人、家族と聞いた時にわずかに眉をひそめたのも見逃していない。

 恐らくこれは、ヒカリが最も触れてほしくない部分なのだろう。揺さぶりをかけるには効果的だ。

「……黙れ」

「お、図星か? さっきまでの余裕はどうしたんだよ」

「黙れっつってんだよ!」

 わなわなと肩を震わせたヒカリが、鬼のような形相で俺を睨みつける。

「ちょっと甘くしてりゃつけあがりやがって! おい、こいつらをぶっ殺せ!」

 ヒカリの命令を受けた騎士達が俺達を取り囲む。

「みんな、お願い! ヒカリの言う事を聞かないで!」

「どうした⁉ 早く殺せ!」

 ヒカリとアデリア、二人の呼びかけを聞いた騎士達の武器の矛先はヒカリへと向いた。

 思ってた以上に人望ないなこいつ。完全に自業自得なので、もはや同情する気も失せているが。

「この雑魚共が……!」

 ヒカリの注意がアデリア達に向いているのを確認し、リゼリィにこっそり合図を送る。

 ヒカリの位置からでは目視出来ない場所であるリゼリィの背面には、既に無数の赤い弾丸が生成されている。リゼリィは俺の合図に瞬時に応じ、それらを一気に放つ。

「クソ! ふざけやがって!」

 ヒカリは一瞬驚きはしたが、自分を目がけて高速で飛ぶ弾丸に瞬時に反応し、玉座から立ち上がり自らの身体を光の結界で包む。虚は突けたはずなのだが、さすがと言うべきか。

「無傷か。やっぱりそんな上手くはいかないな」

「ヒカリが能力を発動する前に倒しちゃおう作戦は失敗ね……」

 そのまんまな作戦名は置いておくとして、奇襲や暗殺は真っ先に思いついた手である。どんなにすごい力があろうとも、それを使われる前に倒してしまえばいいわけだ。

 しかし警戒されてる上に戦力的にも心もとない以上、それを実現するのは難しかっただろう。奇襲は失敗に終わったが、牽制としては十分だ。

「な、なんて卑怯な奴等だ……」

「見ろ、ヒカリもびびってるぞ!」

「単に引いているだけなんじゃないかしら……」

 心なしか皆の見る目が冷たい気がするんだけど、気のせいですよね?

「どいつもこいつもなめやがって! 全員ぶっ殺してやる!」

「……来るぞ!」

 ヒカリの戦力は側近であるミルシャと大男、ヒカリの私兵が数人。人数だけ見れば既にこちらの方が優勢だが、ヒカリに焦りは見られない。

「あのむさいのはアーネストに任せようかな。相手をするならやっぱり可愛い女の子だよねぇ」

「理由はともかく、了解しました。ユウセイ、本当にヒカリは任せていいんだな?」

「ああ。あの二人を絶対にヒカリに近づけさせないでくれ」

 まずはヒカリを孤立させる。アーネストが大男の動きを抑え、ウェインがミルシャと戦う。残りは騎士達に任せておけば問題ない。むしろ問題は俺がヒカリを抑えられるかどうかだ。

「安心しろ。お前は俺が殺してやるよ」

 散々挑発した甲斐もあって、こちらの思惑通りヒカリは俺を最初の標的としたようだ。

 ヒカリを迎え撃つ為、マナを左手に集中させて魔力を練る。

 正面からぶつかるのは圧倒的に不利だ。なにしろこちらの攻撃は通じないのだから、まず勝ち目はない。

 一度だけでいい。あの光の結界を突破し、一撃を当てる事さえ出来れば勝機はある。

「その魔力……なるほどな。ハッタリばかりの雑魚って訳でもなさそうだが、その程度で俺に勝つつもりか?」

 相変わらずの上から目線だが、不用意に近づいてくるような真似はしてこない。それは俺達にとって好都合であり、予定通りでもある。

「勝算もなく挑む程馬鹿じゃない。自分が無敵だとでも思ってるなら……それは大間違いだ」

 ヒカリは俺とリゼリィの事をほとんど知らない。俺が今まで見せていた姿は偽りで、こちらの情報といえばミルシャから得られるものしか持っていないのだ。

 そんな奴らが堂々と城まで乗り込んできたのだから、何をしてくるか予想できない俺とリゼリィは、ヒカリにとって不気味で仕方がない存在だろう。

 お互い牽制しながら、ヒカリはじりじりと俺との距離を詰めて間合いをはかる。こちらはその詰められた分だけ、距離を取る。

 恐らくヒカリも一撃で勝負を決めるつもりなのだろう。何を企んでいようと、さっさと殺してしまえば問題ないという事か。

「ちょっとは楽しませてくれよ? 簡単に死なれちゃつまんねぇからなぁ!」

 ヒカリの動きはさすがに鋭い。自分の身体、そして剣に光を纏わせながら猛スピードで一気に間合いを詰めてくる。

 あの光の厄介な所は防御だけでなく、攻撃にも使える点にある。武器に纏わせれば、触れたもの全てを消し去る必殺の一撃と化す。

 近距離は剣や盾で攻撃を受け止める事など出来ない。かといって遠距離では必ず撃ち負ける。

 確かに強力な能力だ。こちらは防戦を強いられるのに対し、ヒカリは防御を考えず全力で攻撃できる。とはいえ、穴が無いわけではない。

「そう簡単にやられるかよ!」

 懐から取り出した短剣をヒカリの顔面に投げつけ、風の魔法で加速させる。そのスピードは普通に投げた時とは比較にならない。

「ハッ、そんなもんが効くとでも思ってんのか?」

 短剣が光の結界に触れ、瞬く間に消滅した。当然ヒカリにダメージはなく、そのまま斬りかかってくる。

 その剣を避けてひとまず距離を取ろうとすると、今度はすかさず雷の魔法が襲い掛かってきた。この動きは以前に見たから、十分対処できる。

 ヒカリの攻撃をうまく避けながら、何度も短剣を投げ続けた。

 こんなものでダメージを与えられないのは分かっている。だが相手も人間だ。いくら無効化できると分かっていても、顔に攻撃されれば身体は否応なく反応して、怯む。異世界に召喚されるまでロクに戦闘経験もなかったヒカリならなおさらだ。

 ヒカリの身体が硬直し、隙が生まれる。その隙を利用してなんとか攻撃を避け続けた。

 徐々に俺の動きがヒカリに捉えられ始める。ヒカリの剣が目の前をかすめ、肝を冷やす。短剣による威嚇も見切られてきたようだ。

「後方部隊、攻撃準備!」

 アデリアの号令で、待機していた部隊が一斉に魔法で攻撃する。

「無駄なんだよ!」

 ヒカリはその魔法を意にも介さず、熾烈な攻撃を止めようとはしない。

 攻撃を一度でも受けてしまえば全てが終わる。そんな状況なのに、不思議と恐怖心は湧いてこない。

 幾多の苦難を共に乗り越えてきた相棒と一緒なら、どんな敵にも立ち向かっていけると信じているから。

 リゼリィが味方の魔法に合わせ、ヒカリの進路上である俺の目の前の床に魔法を放つ。

 魔法が床に着弾した瞬間、真紅の槍が勢いよく飛び出した。

「チッ……あの女、見たこともねぇ妙な魔法を使いやがる」

 ヒカリは横っ飛びにそれを避け、勢いを保ったままリゼリィのいる方向へ駆けていく。

「させるか!」

 俺は練った魔力をヒカリに向けて撃つ。魔力は地を走る雷撃へと変化し、ヒカリの足元へ襲い掛かる。

 ヒカリはその雷撃に向け、軽く剣を振るだけで打ち消す。ダメージは与える事は出来なかったが、リゼリィが退避するには十分な隙ができた。

「あの速さだと命中させるのは難しいわね……」

「狙いもタイミングも悪くなかっんだけどな。まあ十分だ」

 重要なのはヒカリが攻撃を避けたという事だ。あの光の結界は無敵の能力なんかじゃない。

 そもそもいちいち結界を消したりせず、常時張り巡らせておけば先程のように不意打ちを受ける事もない。それをしないのは、何かしらの制限があるという事だ。

 あの光は触れた物を全て消滅させてしまう。逆に言えばそれだけの能力でしかない。

 ヒカリがウェインと戦った時、あれだけ激しい戦闘だったにも関わらず、ヒカリには傷どころか汚れ一つついてなかった。……ある一部分を除いては。

 その唯一の箇所である足元。そこだけは光の能力で守ることが出来ない。もし使用すれば、触れている地面さえ消滅してしまうのだから。

 普段は能力を使用していないのもその特性故だ。出来るのは自身の装備の上から光を纏わせたり、斬撃に乗せて飛ばしたりするくらいで、自由自在に力の強弱を操作出来るという訳でもないのだろう。

 いずれにせよ足元への攻撃は有効だ。これでヒカリもこちらの攻撃を警戒せざるを得ない。

「おいおい、まさかこれがお前の言う勝算ってやつか? 雑魚はどいつもこいつも考える事が同じだな!」

 ヒカリが詠唱を始めると、足元に魔力が集まっていくのが分かる。どうやら防御魔法のようだ。

 能力が及ばない箇所は魔法でカバーする。一見有効に思えるが、悪手だな。

「あいつも結構多才だなぁ。防御魔法はなかなかのもんだぞ」

「感心してる場合じゃないでしょう。来るわよ!」

 死角がなくなったヒカリが再度突進してくる。だが、そのスピードは先程より若干落ちていた。

 理由は簡単。防御魔法を使用している分、身体の方に割り振っているマナが少なくなったからだ。

 マナを多く持っているだけでは一流の魔術師になれない。どれだけマナが多くても、それを魔力へと変換する技術が未熟なら無意味である。

 そもそも魔法を知らない世界から来た俺達にとって、魔法を習得する事は困難を極める。その上、術者の熟練度によって魔法の威力やマナの消費効率など様々な影響がある為、真の意味で魔法を使いこなすには相当の時間と努力が必要だ。

 以前にほぼ無防備状態のウェインを魔法で仕留め損なったのも、訓練を怠っていたせいで魔力が出力不足だったのだろう。ただ雷の性質を持たせただけの魔法でそれなりの威力が出ていたのが恐ろしい所だが、それも膨大なマナで未熟な技術を無理矢理カバーしているにすぎない。

 ヒカリの強さは膨大なマナによる身体強化と攻防を兼ね備えた光の能力が脅威であり、その他の戦闘技術は並より上かといった程度だ。能力に頼ったその単調な動きはとても読みやすい。

 こちらから攻撃をする事は考えず、ヒカリの攻撃を上手くあしらいながら逃げ続ける。とにかくまともに相手してはいけない。

 とはいえ、事前に掛けてもらっていた強化魔法の効果が徐々に弱まってきている為、こちらもそこまで余裕がある訳ではなかった。

「おい、いつまで逃げ回るつもりだ」 

 ヒカリが吐き捨てるように言った。激しく動いたにも関わらず、ヒカリに消耗した様子は全く見られない。全く嫌になる。

「さあ、いつまでだろうな」

「……鬼ごっこはもう終わりだ。いつまでもお前等のお遊びに付きあってやる程暇じゃねぇんだよ」

 ヒカリは急に攻撃をやめ、ピタリと動きを止める。

「おい、どういうつもりだ?」

「なあに、雑魚共に格の違いってやつを教えてやろうと思ってな」

 ヒカリは剣を鞘に収めると、まるで歓迎するかのように両手を広げた。

「剣でも魔法でもいいからかかってこいよ。まあこの程度じゃ俺に傷一つつけられねぇがな」

 ヒカリがその場から動く気配はない。完全にナメられている。

 だがその余裕が命取りだ。ヒカリは既にこちらの罠にかかっているのだから。

 ヒカリに対する警戒は解かず、魔法の詠唱を開始する。

 それを見て、ヒカリが笑みを浮かべた。

 その瞬間。

「いやー、ようやく隙を見せてくれたねぇ」

 背後から男の声が聞こえたと同時に、俺の背中から赤い液体が噴き出す。

 背中を斬られたのだとすぐに分かった。前のめりに倒れながら振り向くと、そこには見知った顔が映る。

 ウェインは相変わらずの笑顔で、地に伏せる俺を楽しそうに眺めている。

 ヒカリの高笑いが部屋中に響き渡った。

 

 

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