22 死亡フラグ

 王都へ向けて草原を進む自軍を見渡し、ウェインが相変わらずの笑顔で言う。

「いやー、最初はどうなる事かと思ったけど、なんとか形になって良かったねぇ」

「寄せ集めだけどな」

 わずか数十名だが、腕に覚えのある人達を集めた。そう簡単にやられはしない。

「……後はあいつ次第、か」

 いくら何でもこの人数でまともにやり合えば、ヒカリの元へ辿り着くことすら困難だろう。ならば、もっと味方を増やすしかない。

 それが出来る可能性があるのは、たった一人だけだ。その少女は今、この小規模の軍を率いて先頭に立っている。

「あ……ユウセイ」

 アーネストが操る馬の後ろに乗っていたアデリアが、俺に気付く。

「どうしよう、震えが止まらないの」

「それが普通だ。無理に抑えようとしたって出来るもんじゃない」

 俺達と彼女の違いは、恐怖に慣れているかどうか。ただそれだけだ。

「もしかしてヒカリも怖かったのかな? 召喚されたばかりの頃は、いつもおどおどしてた」

「そうかもな」

 現在の傲慢なヒカリからは想像もつかないが、俺も経験者だ。気持ちは分かる。

「兵士の皆がどんな気持ちで戦ってるかなんて、考えた事もなかった。私に皆の説得なんて出来るのかな……」

 ヒカリに従う多くの兵士は、元々アデリアの臣下だ。もし彼らの説得に失敗すれば、戦闘は避けられないだろう。

 国の為に命を懸けてきた兵士達と戦う事になるかもしれないと考えると、不安になるのも無理はないだろう。だが戦場では、殺せないなどと悠長な事は言ってはいられない。

「もし戦闘になれば、命を奪い合う事になる。無駄な犠牲を減らせるかどうかは、お前次第だ」

 アデリアは不安を押し隠すように、アーネストに強くしがみつく。

「おい、あんまり脅かすんじゃない!」

 アーネストに怒られてしまった。まだ子供だし、仕方ないか……と言える程、自分自身も大人な訳ではないのだが。

「悪い、そんなつもりじゃなかったんだけど……覚悟はしといたほうがいいってだけだ」

「だ、大丈夫だよ! 心配しないで!」

 とは言うものの、アデリアの顔色は悪い。あまり大丈夫そうには見えないが、無理してでも頑張ってもらわなければならない。

「アデリア様は私が命を懸けてお守りする。……だが私にもしもの事があったら、その時はアデリア様の事を頼む」

 アーネストが真顔でそんなことを言うと、傍らにいたリゼリィがそっと耳打ちしてきた。

「ねえ、これって死亡フラグじゃ……」

「言うな。それ以上言うんじゃない」

 そんな事をヒソヒソと話していると、こちらの様子をうかがっていたアデリアが、少しだけ笑う。

「良かった、仲直り出来たんだね」

「別に喧嘩していた訳ではないのだけれど……ねぇ、悠誠?」

 リゼリィはそう言ってこちらへ微笑みかける。

 確かに、一方的に怒る事を喧嘩とは呼ばない。勿論今回の場合、怒られたのは自分の方だ。

 アデリアを救出した時の事を聞いてから、ずっと機嫌が悪い。口止めしておくのをすっかり忘れていた。

 無茶はしないという約束を当然のように破ったので、リゼリィが怒るのも無理はない。ほとぼりが冷めるまでそっとしておこう。

 そんな緊張感のない事を考えていると、王都は既に目の前だ。

 街へ繋がる門の前には、当然のごとく兵士達が待ち構えている。

 アデリアは馬から降りると、アーネストを伴って兵士達の元へ近づく。

 もしアデリアが彼らの説得に失敗すれば、即座に戦闘になる。いつでも動けるように身構え、様子を窺う。

「見ろ、王女様だ!」

「アデリア様がお戻りになられた!」

 とりあえずいきなり襲われるという、最悪の展開にはならなかった。だが、油断はできない。

 白髪の老いた騎士がアデリアの前で跪く。

「アデリア様、よくぞご無事で! 我々が不甲斐ないばかりに、ヒカリの暴走を止めることが出来ず、申し訳ありません!」

「何も出来なかったのは私も同じです。今まで無事に国を守ってくれた貴方達に感謝はしても、責める事など何もありません」

 アデリアの優しい声音に、老いた騎士は涙を流してこうべれる。

「ですが、このままではヒカリを倒す事など到底出来ないでしょう。今は名ばかりの女王ですが、私に力を貸してくれませんか?」

 アデリアは威風堂々と言い放つ。その姿は、先程まで震えていた少女とはまるで別人のようだ。

「アデリア様が戻られた以上、我々がヒカリに従う理由はありません。どうかアデリア様の……いえ、女王様のお側で戦う事をお許し下さい」

 兵士達がうねるような歓声を上げる。それはヒカリに忠誠を誓う者など、ここにはいないという証明でもあった。

 ヒカリのやってきた事を思えば当然の反応と言える。だがアデリアが毅然とした態度で臨んでいなければ、別の結果になっていたかもしれない。

 それより今は安堵している場合ではない。こちらの動きくらいはヒカリ側も把握しているだろう。

「皆、行くぞ! 我々の国を取り戻すのだ!」

 アーネストの号令と共に、兵士達が街の中を進んでいく。

「ほら、僕達も急ごう。置いていかれちゃうよ?」

 ウェインに促され、自分達の部隊も城を目指す。本番はここからだ。

「あんな感じで大丈夫だったのかな?」

 緊張から解放され、アデリアが安堵しながら一息つく。

「ああ。ちゃんと女王様っぽいよ」

「ぽいって何⁉」

 褒めたつもりなのだが、アデリアは不満そうにしている。

 ともあれ、この子は立派に自分の役目を果たした。次は俺達が頑張る番だ。

 もし負ければ俺達だけではなく、関係者は皆殺しにされるだろう。既に自分の命だけを背負っている状況ではない。

 その責任の重さに、思いがけず身体が震えた。麻痺していたはずの恐怖が、現実感を伴って襲い掛かってくるような奇妙な感覚を覚えながら、城を目指して走る。

 

 城門へ辿り着くと、いつもと様子が違った。普段なら城門を守っている兵士達の姿が見えない。

「うーむ、罠か?」

「例えそうだとしても行くしかないね。君もそう思うだろ?」

 心配そうなアーネストとは対照的に、楽観的なウェインが俺に同意を求める。

「そうだな。今更引き返すわけにもいかないし」

「決まりだね。じゃあ行こっか」

 城門を抜けて中庭まで進むと、待ち構えていたのはヒカリの側近である老人だ。その漆黒のフードの奥で、気味の悪い笑みを浮かべている。

「貴方達を通すわけにはいきませんな。ここで死んでもらうとしましょう」

 老人が杖でこんこんと地面を叩く。老人の足元から怪しい霧が吹き出したのと同時に、吐き気を催す腐臭が辺りに充満する。

 霧はたちまち俺達の周辺まで広がり、視界が遮られる。そのせいで、目の前に現れた人影が人型の死霊だと気付いた時には、既に相手は攻撃態勢に入っていた。

「うお! あぶね!」

 すんでの所で死霊の攻撃をかわし、切り伏せる。

 どうやらこの霧は幻視作用があるようだ。間近に来るまで敵味方の判別が出来ない。下手をすれば同士討ちで全滅、なんて事態も十分あり得る。

「陣形を崩すな! 風の魔法を扱える者は霧を晴らし、他の者は援護に回れ!」

 姿は見えないが、どうやら騎士達も交戦を開始したようだ。

「こんな奴らに構っている暇はない。突破するぞ!」

 アーネストが魔力を込めて剣を払うと、風が巻き起こり霧を晴らしていく。

 目くらましさえ消えれば、死霊自体は大した強さではない。襲い掛かってくる死霊を蹴散らしながら進む。

 城内までは霧も届いておらず、死霊達も追ってはこなかった。代わりにいたのは、見慣れない男達だ。

「こいつら、城の騎士じゃないよな?」

「恐らくヒカリが雇ったんだろう。私達を仕留めれば、賞金が出るというわけだ」

 俺が城にいた時はこんな奴らを見かけた事はない。みすぼらしい恰好の男達は各々武器を構え、殺気立っている。

「一人ずつ片づけるのも面倒ね。皆、少し下がっていて」

 リゼリィが前に出ると、男達が下卑げびた視線を向ける。

「お、なんだ? あんたが一人で俺達の相手をしてくれるのか?」

「ええ。精々死なないように気を付けなさい」

 リゼリィの周囲に赤い弾丸のような物が無数に浮きあがる。弾丸はまるで意思を持つかのように、男達の元へ猛スピードで飛んでいき、そのまま彼等を貫いた。

 あちこちで悲鳴があがり、男達が次々に倒れていく。わずか一瞬の出来事だった。

「ヒカリはどこにいるの? 答えなさい」

 リゼリィは男達の中の一人を叩き起こし、問い詰める。どうやら殺してはいなかったようだ。

「う……玉座の間に……」

「だそうよ。さあ、行きましょうか」

「うわぁ、おっかないような頼もしいような……あの子は怒らせないようにしよっと」

 いつでも笑みを絶やさないウェインが、真顔でぼそっと呟いた。同感だ。

 

 

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