21 再会

 ヒカリを倒す為の戦力が集まってきた。

 アデリアを救出したことによる影響は想定していたよりも大きい。こちらに協力してくれる人達も少しずつ増えてきたので、かなり動きやすくなった。

 ダメ元で教会にも交渉しに来てみたが、やはり兵までは貸してくれない。おそらく俺達が負けた場合に言い訳が出来なくなるからだ。王女の移送以外の事に関しては、傍観者を決め込むつもりらしい。

 俺達が勝てばアデリアに恩を売れる上、邪魔なヒカリも始末できる。そして教会の目的であるシスティエは既に手の内だ。

 ……やっぱり失敗したかな。システィエの様子がおかしい事には気づいていたのだから、あの時に無理にでも事情を聞いておくべきだった。

 だが今は反省してる場合ではない。その件は後で考えるとして、ヒカリをどうにかする事が先決だ。

 とりあえずアデリアが戻ってくるまでに必要な戦力を確保しておかなければ。

「ユウセイ!」

 不意に名前を呼ばれ振り返ると、そこには見知った顔があった。

「お、無事だったか!」

 アーネストは俺を見ると、バツが悪そうに頭を下げた。

「アデリア様のお陰で何とかな。交渉もうまくいったようだ」

「え? 早くないか?」

 もっと時間がかかると踏んでいたのだが、まだ数日しか経っていない。

「結論から言うと、向こうは戦争どころではない状況だ。少なくともあちらから攻めてくることはないだろう」

「一体何があったんだよ……」

 アーネストは辺りを見回し、声を潜める。

「ここでは少し話しにくい。どこかいい場所はないか?」

「なら俺が泊まってる宿屋に行くか」

 確かにここでは教会の連中や信者などの無関係な人間が多い。アーネストを先導し、教会の出口へ向かう。

「ん? 君は……」

 すれ違いになった男がじろじろと俺を見ている事に気付いた。よく見ると、この金髪の男にどこか見覚えがある。誰だっけ?

「やっぱり! 君は勇者君と一緒にいた人だよね?」

 思い出した。強者っぽい感じで登場した割に、ヒカリにかすり傷一つつけれずに逃げた人だ! 名前は何だったかな。

「ウェイン隊長! 何故あなたがここに?」

「もう隊長じゃないだろう? 久しぶりだねぇアーネスト。ちょっと勇者君にやられちゃってね、治療しに来たんだよ」

 会話から察するに、この男はアーネストの元上司らしいが、アーネストの苦々しい顔は再会を喜んでいるようには見えない。どうやらヒカリにやられた傷は既に完治しているようだ。

「それで、俺に何か?」

 観察するような目で見られる事は今に始まった事ではないが、やはり気分のいいものではない。少々不機嫌気味に男へ問いかける。

「おっと、気を悪くさせたなら謝るよ。あの時、どうしてあんな演技をしていたのか、ずっと気になっていたんでね」

「……何の話ですか?」

 表面上は冷静を保ちつつ答えたが、予想外の言葉に少し動揺してしまった。

「あはは、隠さなくてもいいよ。素人に攻撃を避けられる程、あの盗賊達は弱くない。殺しには慣れてる連中だよ?」

 この男から敵意は感じないが、味方という訳でもない。相手の意図が分からない以上、会話に付き合う必要はない。

 だがウェインはこちらの事情などお構いなしと言わんばかりに話しかけてくる。

「君はあの状況で囲まれないように逃げながらも、完璧に彼等の攻撃を見切り紙一重で避けていた。なのに武器も魔法も使おうとしないなんて、奇妙に思わない方が変だよねぇ」

「えーと、ちょっと急いでるんでこれで」

 逃げようとする俺の肩を、ウェインががっちりと掴む。

「まあまあ、ちょっと話していこうよ。色々聞きたい事もあるしね」

「こっちは話す事なんてない。悪いな」

「あの勇者君を倒すつもりなんだろう? 僕を雇う気はないか?」

 思わずウェインの方へ振り返る。

「あの勇者君、好き放題やって色々恨みを買ってるらしいねぇ。君もその一人かと思ったんだけど、違うかな?」

「……まあ、そんな所かな」

 当たらずとも遠からず。別に個人的な恨みがある訳じゃ……いや、あるか。色々やらされたし。とりあえず言い逃れは出来そうにないので諦めよう。

「勇者君のせいで僕の仕事も台無しにされちゃったしね。もう少しであの盗賊達の信頼を得られそうだったのに」

「どういう事だ?」

「勇者君が倒した盗賊達はほんの一部に過ぎない。僕は彼等の実態を調査していたんだよ」

「って事は、国を追放されたっていうのも盗賊達を騙すための嘘か」

「あ、それは本当。僕に依頼したのは近隣の村の住人達だから」

 本当なのかよ……。一体何をしたんだろうか。

 ニコニコとこちらへ笑いかけてくるが、一見良い人そうに見える人ほど裏があるものだ。この話だってどこまで真実なのか怪しい。

「アーネスト、お前はどうするべきだと思う?」

「自由奔放な人でな……正直何とも言えん」

 アーネストがこめかみを押さえながらため息を吐く。

「なんかいまいち信用できないな……」

「そっか、残念だなぁ。ならあの勇者君の下で働いてみようかな? 折角勧誘されたしね」

 分かりやすい脅しだ。もしこの男がヒカリについたら大変なことになる。しかしここで下手に出る訳には行かない。

 何と言い返すか考えあぐねていると、それを察したらしいアーネストが口を開く。

「ユウセイ、彼を雇おう。この人の場合は本気でやりかねん。それに戦力としては申し分ない」

 選択肢はないか。少々不安だが、確かに戦闘面では頼りになるだろう。

「分かったよ。そのかわりこちらの指示に従ってもらう。報酬は後でアデリアに交渉してくれ」

「それで構わないよ。じゃ、よろしくね」 

 そもそもアーネストやシスティエ、ミルシャの事だって完全に信用できる程深く知っている訳ではない。今更そんな事を心配していたら何も出来なくなる。

 俺が握手を求め手を差し出すと、ウェインは警戒するように後ずさる。

「その手は何だい?」

「何って、握手……」

 そう言いかけて気付く。この世界に握手するという風習はないのか。

 そういえば握手の起源は、武器を隠し持っていないか確認する為だという話を聞いたことがある。魔法のような力が存在する異世界では、そういった習慣が広まっていない事も多い。

「えーと、俺達の世界での親愛のしるしみたいなものかな。お互いに手を握り合って、信頼を確かめるんだ」

「へぇ、変わってるなぁ。というか、もしかして君も勇者君と同じ異世界人なのかな?」

 そういえば言ってなかったような気がする。まあどうでもいいが。

「僕達の世界でいうと、騎士の誓いのようなものか。なら断る訳にはいかないね」

 ウェインは若干警戒しつつも、俺の手を握り返した。

「……話はついたな。なら宿へ向かうとしよう」

 アーネストはそう言い残して教会の外へと向かう。少し様子が変だったような気がするが、気のせいだろうか。

「あいつ、どうしたんだ?」

「僕達が仲良くしてるから嫉妬したんじゃない?」

 それだけは絶対にない。


 一人だとあまり気にならなかった部屋の広さも、男三人が入るとやはり手狭に感じる。むさいのは嫌だ! 

 ここは王都からかなり離れた位置にある田舎の村なので、贅沢は言えない。

「まずは現在の状況を整理しておこう。アーネスト、向こうで何があったんだ?」

「国王が暗殺された。そのせいで身動きが取れなくなってしまってな……本当にすまなかった」

 とんでもない事をさらっと言われた。聞かなかった事にしようかな。

「それは穏やかじゃないねぇ。犯人は捕まったのかい?」

「あくまで噂ですが……殺したのは王子ではないかという話です」

「ああ……親とは正反対の、クソ真面目で正義感に溢れたあの王子か。民衆の不満が高まってる今、始末するには好機かもね」

 ウェインはそんな物騒な事を、笑顔で言う。

「……そこら辺の細かい事情はいいや。今はその王子が国を治めてるって事だよな」

 そんなドロドロした人間関係は聞きたくないので、さっさと続きを促す。

「ああ、王子は快く和睦を受け入れてくれた。ただ、ヒカリを討伐するための兵を派遣する事は出来ないと。戦争になってしまうからな」

「そりゃそうか……」

 和睦交渉が上手くいっただけでもよしとしておくべきだろう。後はヒカリを倒す事さえできれば、大きな問題はほぼ解決する。

「で、勇者君はどうやって倒すつもりなんだい? あの力は相当厄介だよ?」

「確かにあの力は脅威だけど、弱点がないわけじゃない。あんたも気付いてるんだろ?」

「……なるほど、君は面白いね。やっぱりこっちについて正解だった」

 ウェインが一人満足そうに頷いていると、アーネストが信じられないと言った表情で口を挟む。

「ヒカリに弱点なんてあるのか?」

「あの妙な光の結界がある以上、近接戦でヒカリに勝つことはまず不可能。活路があるとすれば、魔法戦だ」

「あの光の結界にはどんな攻撃も通じないぞ。何か策があるのか?」

 正直な所、絶対の自信がある訳ではない。だが勝算は十分ある。

「細かい作戦は後で話す。とりあえずもう少し戦力を集めたいな……できれば力のある魔術師がいい」

「なら僕は傭兵の知り合いを当たってみるよ。こう見えても顔は広いんだ」

 ウェインが椅子から立ち上がると、アーネストもそれに続こうとする。

「では私も……」

「アーネストは大人しくしておきなよ。手配書も出回ってるしね」

 ウェインは手をひらひらさせながら部屋を出ていく。意外と頼りになる人だ。

 一方アーネストは若干落ち込んでいる。まあなんだ、頑張れ。

「ところでリゼリィはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

「ああ、あいつなら血を吸……ちょっと下準備を色々頼んでるんだ」

「そうか。無事ならいいんだ」

 アーネストはほっと安堵の胸をなでおろす。そんなに心配だったのだろうか。

「まあ休める内に休んでおけよ。準備が整ったらすぐに仕掛けるぞ」

「……そうだな。お言葉に甘えるとしよう」

 決戦の時が、刻一刻と近づいていた。

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