19 王女奪還

「おい、これを作ったのは誰だ? 不味すぎるぞ!」

「も、申し訳ありません! すぐに作り直します!」

 気弱な料理長が今日もヒカリにいじめられている。料理長の作った夕食がお気に召さなかったらしい。

 ヒカリが盗賊達を征伐してから数日が経過していた。

 俺のやる事は相変わらず雑用ばかり。ヒカリの横暴さに既に慣れてきてしまっている自分が嫌だ。

 この光景もほぼ毎日の事なのでもはや気にもかけない。俺は料理人達が作る料理を無心でヒカリの元へ運ぶ。

「お食事中に失礼いたします!」

 突然、一人の騎士が食堂の扉を勢いよく開けて入ってきた。

「騒がしいぞ。何があった?」

「も、申し訳ありません! ヒカリ様にすぐ届けるようにと……」

 騎士が手にしているのは手紙だ。食事を邪魔されて苛立っていたヒカリだが、封を開けて中の手紙を読み始めると、次第に怪訝けげんな表情へ変化していく。

「……読めん。お前が読め」

 傍らにいた老人は手紙を受け取ると、それをぼそぼそと読み始める。俺の位置からでは聞き取れない。

「そうか! やっと見つけたか!」

 ヒカリは歓喜の声を上げるが、老人は顔をしかめながら続きを読む。

 俺は料理を運びつつ、話が聞こえるくらいまで接近を試みる。

「馬鹿な! あいつは死んだはずだ!」

「ありえない話ではありませんな。あの死体は原型を留めておらず、服だけ取り替えて身代わりを立てたのだとすれば……」

「ならむしろ好都合だ。すぐに捜索隊を編成しろ! 絶対に生け捕れ!」

 ヒカリは騎士達に命令すると、運ばれてきた料理には目もくれず席を立つ。

「ミルシャ、ついて来い! あいつらだけじゃ不安だ」

「待てヒカリ、儂も連れていけ! 城は退屈でかなわん!」

「いいだろう。行くぞ!」

 ヒカリはミルシャと大男を連れ、部屋の外へ向かう。

 ヒカリ達が慌ただしく出ていくと、食堂は静寂に包まれる。

 よし、これでようやく反撃に移れる。ヒカリが城を離れる数少ないチャンスだ。

 辺境の警備をしている兵士を買収して手紙を出させ、ヒカリをおびき出す。システィエは上手くやってくれたようだ。

 書かせたのはアーネストを見つけた事、そして死んだはずの第一王女がその傍にいたという偽の手紙。

 第一王女の死体はリゼリィが血を吸った為、あの死体が本当に第一王女のものであるかどうか判別できる状態ではなかったはずだ。

 ヒカリは第一王女に執着していたらしいし、アーネストにも手配書が出されている。二人の目撃情報があれば、それを確かめるためにヒカリ自身が動く可能性は高い。

 しばらく経っても目立った動きがなければ手紙を出してくれと指示しておいた。言葉も文字も理解できていない俺が疑われることはまずない。あの様子だと気付かれてはいないだろう。

 だがヒカリがこんなにすぐ行動を始めるとは少々予想外だった。こちらとしては好都合だが。

 もうじき夜が来る。辺りが暗くなったらいよいよ王女の奪還だ。上手くいくといいのだが。


 城の主塔、その最上階の部屋に第二王女は幽閉されているらしい。

 常に見張りがいるせいで塔には近づけなかったので、内部の状況は把握できていないが問題はない。

 塔の周辺はいつもより警備の人数が少ないように見える。恐らく捜索隊の方に人数を割いているのだろう。やはりチャンスは今しかないか。

 とはいえ、このまま正面突破するのは愚の骨頂だ。ミルシャがヒカリに連れていかれてしまった為、封印が施されているという王女の部屋は俺がなんとかしなければならない。

「また我を囮に使うとはな。貴様は心が痛まないのか?」

 呼びかけに応え姿を現した黒犬が、燃えるような赤い目で俺を睨む。

「痛む痛む。出来るだけ時間を稼いでくれ」

「その代わり今度は好きにやらせてもらう」

「一応言っとくけど、殺すのは避けてくれよ?」

 聞いてるのか聞いていないのか、黒犬は返事もせずに闇に紛れ姿を消す。

 少々不安だが、こちらは塔を守る騎士達を少しでも減らしておくとしよう。

 騎士から鎧と兜を拝借はいしゃく(無理やり)したのはいいが、サイズが合わないのかとても動きづらい。ぎこちない動きで塔へ近づく。

「城内に大型の魔物が入り込んだ! 増援を頼む!」

「何だと! しかし我々がここを離れる訳には……」

「あの封印はそう簡単に破れないだろう。それよりヒカリ様に魔物の侵入を許した事が知れれば、どうなるかわからないぞ!」

 俺がまくしたてると、騎士達は戸惑いながら顔を見合わせる。こういう時は考える暇を与えないのが得策だ。

 その時、大きな咆哮と轟音が聞こえてくる。随分と派手にやっているようだ。

「わ、分かった。すぐに向かう」

「現れたのは先日町を襲撃したという黒い獣だ、気を付けてくれ。俺は他の奴等にも声を掛けてくる」

 騎士達が頷いて城内へ足早に駆けていくのを見送り、ほっと胸をなでおろす。

 塔の階段を登っていけば最上階に辿りつくはずだが、馬鹿正直に登る必要は全くない。見張りもまだいるだろうし。

 王女の部屋に無事辿り着いたとしても、恐らく部屋の封印は解除できない。そういう系統の魔法はどうも苦手だ。

 周囲に人がいない事を確認し翼竜を呼ぶと、すぐに上空から姿を現した。鎧と兜を脱ぎ捨て翼竜の背に跨ると、勢いよく上昇する。

 最上階付近の明かりが漏れている窓へゆっくりと近づく。

「王女様、聞こえますか?」

「……もしかしてあなたがユウセイ様?」

 姿を現したのはまだ幼さが残る愛らしい顔立ちをした、人形のような少女だ。

 青いドレスに身を包み、長い金髪を風になびかせながら、吸い込まれてしまいそうな碧眼を大きく見開いている。

「大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっと驚いたけど平気よ」

 王女はきらきらと目を輝かせて翼竜を見つめている。

「とりあえず離れていてもらえますか? 出来るだけ隅の方で、何か物陰に隠れていてください」

「何をする気なの?」

「結界を無理やり突き破ります」

 ここでゆっくりと話している時間はない。王女を壁際から引かせ、窓からの侵入を試みる。

 塔へ小石を軽く投げつけてみる。小石は見えない壁に阻まれ、跳ね返されてしまった。

 どうやら部屋全体を覆うように結界が張られているようだ。これを解除するすべを俺は持っていない。

 壁から少し距離を取り、翼竜の身体をポンと叩く。

躊躇ちゅうちょすれば逆に危ない。全力で突っ込むぞ!」

 もしあの壁を打ち破る力が足りなければ、弾かれて落ちていくのは目に見えている。下手すれば死ぬな、これは。

 翼竜が滑空しながら結界の壁へ突っ込む。それに合わせて先端に魔力を集中させた剣を思い切り突き出す。

 剣と翼竜の身体が見えない壁に同時にぶつかる。激しい衝撃で跳ね返されそうになるのをどうにか堪え、力の限り押し込み続ける。

 やがて結界は音もなく消失し、勢いのついた翼竜の身体はそのまま塔の壁も突き破った。

 その衝撃で空中に投げだされた俺は、風の魔法で勢いを殺そうとするがうまく制御できない。滑る様に部屋を転がる。

 擦りむいた腕が、足が、身体全体が悲鳴を上げる。超痛い。

 王女と侍女は部屋の隅で身を寄せ合っていた。ちょっと無茶をしすぎたかな……。

「アデリア様! いかがなされましたか!」

 騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵が部屋の扉を激しく叩く。

 部屋の封印自体は解除されていないので、彼らが入ってくることはないだろう。だが悠長にしている暇もない。無理やりこじ開けた結界の穴が少しずつ修復し始めている。

 どうやら翼竜に怪我はないようだ。さすがに頑丈だな。

 痛みを堪えながら立ち上がり、再び翼竜の背に乗る。

「こいつに乗って脱出します。二人とも、急いで!」

「竜に乗れるの⁉」

 怖がるかと思っていたのだが、意外にも王女は乗り気のようだ。侍女は明らかに嫌そうな顔をしているが。

 二人を翼竜の背に乗せ、突き破った結界の穴から空へと飛び出す。

 この暗さでは危険すぎてスピードも高度も出せない。空に浮かぶ光り輝くものが星や月なのかどうかは分からないが、その明かりを頼りに飛ぶ。

「た、高い……」

「うわぁ……高い!」

 同じことを言っているのに抱いている感情は正反対のようだ。暗いお陰で下がはっきり見えないのは幸いだったか。

「話は聞いているわ、ユウセイ様。私は第二王女のアデリア。……今は一応女王って事になるのかな」

 後ろを振り返る余裕がないため顔は見れないが、苦い表情をしていることだろう。

「申し訳ありませんが様づけは止めて頂けませんか?」

「そう? ならユウセイって呼ばせてもらうね。私の事もアデリアって呼んでくれればいいよ」

「いえ、そういう訳には……」

「敬語も禁止ね。じゃなきゃやめない!」

 だめだ、これは言っても聞かないタイプだ。

「後から不敬罪で処刑するとか言わない?」

「言わないよ⁉」

 それなら安心だ。ならば遠慮なく。

「ねぇユウセイ。このまま国境を超えることは出来ないの?」

「無理だな、危険すぎる。だから予め決めておいた合流地点で、二人を教会の人間に引き渡す」

 俺一人ならともかく、他に二人も乗せていると制御が難しい。もし魔法や弓などで狙われたらひとたまりもない。

「……戦争を止めるなんて、私に出来るのかな」

「どうかな。ただ出来る可能性があるとしたら君だけだ」

「……うん、そうだね。もうお父様もお母様も、お姉様もいない。私がやるしかないんだ」

 自分に言い聞かせるようにそう言った彼女の声は、少し震えているように聞こえた。

 思っていたより芯の強い子のようだ。俺がこの子の立場なら果たして同じように振舞えるだろうか。

 そんな事をぼんやり考えていると、危うく合流地点を通り過ぎてしまうところだった。翼竜をゆっくりと下降させ、地上へ降り立つ。

 合流地点には馬車と聖職者風の男達が数人待機していた。

 いつ王女を奪還できるかなんて分かるはずがない。必然的に正確な日時など決めようがなかったのだが、この人達は毎日ここで待機していたのだろうか……大変だな。

「この子は一緒に行かないの?」

 アデリアが名残惜しそうに翼竜を指さす。

「もしかしたら追跡されてるかもしれないからな。しばらく適当に飛んでてもらう」

 いくら夜とはいえ、さすがに目立ちすぎる。逆に囮としては最適だ。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 俺達は馬車の中へ誘導され、腰を下ろす。馬車が音を立てて動き出すと、ほっと一息つく。特に侍女が。

「ユウセイ、ありがとう! 一生あの部屋で暮らす事になるかと思っちゃった。でも今の私には、返せるものは何もないよ?」

 別に報酬が欲しくてやってる訳じゃない。と言いたい所だが、向こうからしても見返りを求めない奴なんて逆に信用出来ないだろう。それにただ働きする気はない。

「まあその話は後々な。まず国を取り戻してからじゃないと話にならない」

「そうだね。あいつを……ヒカリを、何とかしないと……」

 ヒカリと言った瞬間、アデリアの目元に涙が浮かんだ。

「大丈夫か?」

「……うん。思い出したら悔しくて。私、何も出来なかったの」

 アデリアは堪えるように涙を拭い、真っすぐ俺を見つめる。

「別に我慢しなくていいんじゃないか?」

「ううん。私がしっかりしなくちゃ、皆に顔向けできないもん」

「そうか。なら休めるうちにしっかり休んでおいたほうがいい。多分、すぐ動くことになると思う」

「平気だよ。もう十分すぎるくらい休んだから」

 そう言って彼女は笑い、翼竜に乗ってからずっと具合が悪そうな侍女の背中をさすり始めた。

 年の割にしっかりしている。この子なら利用される危険も少なそうだな。

 馬車が教会に着くまでまだ少し時間がかかりそうだ。俺は少し休ませてもらおう。

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