17 蚊帳の外

 とにかく落ち着いて考えよう。こういう時こそ冷静にならなければならない。

 まず俺が一番してはならない事。それはヒカリの前で力を見せる事だ。つまりあの盗賊達と戦う事は絶対に避けなければならない。

 まあ心配しなくても、こちらが負ける事はさすがにないだろう。ヒカリがその気になれば一人でも殲滅できるはずだ。

 とはいえ、ヒカリがどう対処するのか予想がつかない。このまま荷台に隠れながら様子を伺っておく事にしよう。

「お前等のその警戒……ここが俺達の縄張りだと知ってて来やがったな? 村の奴等に雇われた討伐隊か?」

 まあ盗賊達の根城にわざわざ近づく奴なんてそういないよな。

 しかし嫌な地形だ。起伏が激しく、人の隠れられそうな木や岩陰などが無数にある。

 恐らく見張りがどこかにいたのだろう。既に包囲されているようだ。

 ……いや、それなら一つ不自然な事がある。

「まあそんな所だ」

 ヒカリが答えると、髭面の男はあざける様に笑う。

「その人数で来るってこたぁよほど腕に自信があるのか、ただの馬鹿か」

 髭面男の言う通り、普通なら人数が多い方が圧倒的に有利だろう。だが、異世界では必ずしもそうだとは言えない。

 この世界で言えばヒカリや魔王のように、個人が突出した力を持つ事があるからだ。

「勘違いするなよ。お前等みたいなカス、俺一人で片づけてやる」

「おお怖ぇ怖ぇ。いつまでそんな生意気な台詞が吐けるかな?」

 男がそう言い切るのと、誰かの悲鳴が聞こえてきたのはほぼ同時だった。 

 先程助けを求めてきた女を介抱していた騎士の一人が、血を吹き出して倒れているのが見える。

 ……やっぱりそうか。あの女も盗賊の仲間だ。

 こちらを包囲出来るくらい準備万端なら、女性一人くらいすぐに捕まえられたはずである。

 奇襲してこなかったのはこちらの人数と警戒を見て、罠でもあるのかと思ったのだろうか。

 女は血の滴る短剣を握りしめ、すぐさま次の標的であるヒカリに襲い掛かった。

「遅ぇよ」

 ヒカリはその短剣を難なく回避し、女の身体に剣を突き刺す。

「撃て!」

 髭面男の怒号と共に、岩陰や木に隠れていた盗賊達が姿を現す。

 ヒカリを目がけ、盗賊達が弓矢と攻撃魔法で集中砲火を浴びせる。

 だが少し遅かった。ヒカリは一瞬で魔法を発動させ、自らの周りに結界を作り上げる。結界に弾かれた矢と魔法は反射され、それを放った者達を目がけ飛んでいく。

 断末魔が飛び交う。ヒカリは呆れた様に肩を落とした。

「気付いてないとでも思ったのか? さっさと全員でかかってこい。まだ隠れてる奴等も含めてな」

「チッ! やれ!」

 盗賊達とヒカリ達との戦闘が始まり、辺りは一瞬で戦場と化した。

 二人の騎士とミルシャも必死に応戦しているが敵の数が多く、全ては対処しきれていない。

「ヒィ! 誰かぁ!」

 馬車にも敵の魔の手が迫っていた。御者が盗賊の一人に襲われている。

 ……くそ! 間に合ってくれ!

 俺はとっさに手元にあった木箱を盗賊へ投げつける。だがそれは盗賊の怒りを買っただけのようだ。

 いかつい男がニタリと気味の悪い笑みを浮かべ、俺の方へゆっくりと近づいてくる。

 状況はかなり悪い。戦えないなどと言っている場合ではなくなってきた。

 ……最悪ヒカリに俺の実力がばれたとしても、いきなり殺されたりはしないはずだ。

 急に力が目覚めたんです! とか何とか言えばなんとかごまかせないだろうか。さすがに無理かな……。

 俺に向かって斧が振り下ろされる。それを転がるようにして避けながら馬車の外へ出る。

 予想通りヒカリ達の方が圧倒的に押しているが、敵の数はまだ多い。

「なんだ、出てきたのか。死ぬぞ?」

 ヒカリが目の前の盗賊を剣で薙ぎ払いながら言った。

「いや、助けて下さいよ!」

「知るか。自分で何とかしやがれ」

 俺の懇願こんがんはあっさり却下されてしまった。やるしかないのか……。

 既に敵は目前に迫っている。躊躇ちゅうちょしている暇はない。

 腰に佩いた剣に手を掛けようとするが、ヒカリがこちらを見ている事に気付き、身をひるがえしして逃げる事にした。

 だめだ、やはり今警戒されるわけにはいかない。ヒカリが戦えない俺をわざわざこんな所に連れて来た理由。勘違いでなければ、俺に対し何らかの疑念を抱いているのだ。

 あの観察しているような目。まるで何かを試すかのようなあの視線は、危険だ。

 なら俺が取れる手は一つしかない。

 逃げ切ってやる。ここで殺される訳にはいかないんだ。

 今はどんなに無様で滑稽こっけいだろうと構わない。絶対にばれずに生き延びる!

 幸いな事に盗賊達はヒカリの方に集中しているし、弓や魔法を使う盗賊はヒカリが既に一掃している。今俺を追ってきている三人をどうにかすれば何とかなりそうだ。

 問題はどうやって何とかするかだが……あまり取りたくない手ではあるが、仕方がない。

 先回りされないよう他の盗賊達の動きに注意しつつ、全力で逃げ続ける。

「テメェ! ちょろちょろと逃げ回るんじゃねぇ!」

 俺を追う盗賊の一人が小型の斧を振りかぶり、俺に向けて投擲とうてきしてきた。

 それを足がもつれるフリをしながら、かろうじてかわしたように見せる。

 態勢を崩して倒れこむ俺の目の前に、剣を持った盗賊が一人迫っていた。

「助けてくれええええ!」

 大きく息を吸い、全力の大声で叫ぶ。

 剣を振り下ろそうと構えていた盗賊の動きが一瞬、硬直する。

 その盗賊の横腹に、拳による強烈な一撃が入る。ミルシャだ。

 ミルシャは相手に動揺を抑える間も与えず、残りの二人を瞬く間に打ち倒してくれた。

「貸し四つ……」

 ミルシャがぼそっと呟く。一人一カウントなんですか……。まあ仕方がない、今回ばかりは本当に助けられた。

 俺がこっそり送った合図にミルシャが気付いてくれたおかげで、なんとか戦わずに済んだ。上手くごまかせただろうか。

「この腰抜けが。何のために鎧や武器を持たせたと思ってるんだ? せめて戦う意思くらい見せやがれ」

 ヒカリが俺に近づき、見下ろしながら言った。

「……無理ですよ。素人がどうにか出来る訳ないじゃないですか」

「ハッ! クズが」

 ヒカリは侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうの入り混じった瞳で、俺を見る。

 その視線を避けるようにして辺りを見回すと、髭面男を残して盗賊達は全滅していた。苦しそうなうめき声があちこちから聞こえ、辺りには血の臭いが充満している。

「あれ? もう全員やられちゃったのか。なかなかやるなぁ、君達」

 全員が声のした方へ顔を向ける。長身で短い金髪の優男が、木にもたれかかりながらこちらの様子を伺っていた。

「ウェイン! テメェ今までどこにいやがった!」

「まあまあ。それより喧嘩は相手をよく見て売れっていつも言ってるじゃないか。駄目でしょ、あれは」

 ウェインと呼ばれた男は全く悪びれる様子もなく、飄々ひょうひょうとしている。

「ウェインだって?」

「何だ、あいつを知っているのか?」

 驚きで目を見張る騎士に対し、ヒカリが問う。

「はい。王国随一の戦士と言われながらも、あまりの素行の悪さから追放されたのですが……こんな所で盗賊になっていたとは」

「ほう。少しはマシな奴が出てきたな」

 ヒカリが嬉しそうに言うと、ウェインは首を横に振って否定する。

「いやいや、用心棒みたいなものだよ。盗賊と一緒にしないでほしいなぁ」

「おい、こういう時の為にテメェみたいな穀潰しを置いてやってんだ! 無駄話してねぇで、さっさとあいつらを片づけろ!」

「はいはい。それじゃ、やるだけやってみるかな」

 ウェインは無防備にこちらへ近づいてくるが、全く隙が無い。それだけで彼が相当な実力者である事が分かる。

「弱気な事言ってる割には自信満々って感じのツラだな」

「単純な戦闘技術なら僕の方が上だろうけどねぇ。まだ何か隠してるだろ、君」

「さあ、どうかな?」

「ま、やってみれば分かるか」

 そう言ってウェインが剣を抜いた瞬間、その場の空気が一変する。目を合わせただけで殺されてしまいそうな鋭い眼光は、先ほどまでの彼と同一人物とは思えない。

 ヒカリも彼の持つ異様な雰囲気を感じ取ったのか、すぐさま剣を構える。

 ウェインとヒカリは双方剣を構え、無言で対峙する。どちらも仕掛けるタイミングを探っているのか、ある程度の距離を保ったまま微動だにしない。

 ……いや、違うな。この勝負、ヒカリの方が圧倒的に有利だ。システィエやアーネストから聞いたヒカリの能力が本当だとしたら、ヒカリはウェインが仕掛けてくるのをただ待っているだけでいい。

 先に動いたのはやはりウェインだった。とてつもなく速く、鋭い突きがヒカリに襲い掛かる。

 ヒカリはそれを躱そうとせず、相手の攻撃に合わせるように剣を振り下ろす。

 だがヒカリの剣よりも早く、ウェインの突きがヒカリの喉を貫いた……はずだった。

「っ⁉」

 ヒカリを仕留めることが出来ず、態勢を崩したウェインにヒカリの剣が振り下ろされる。

 剣はウェインの頬をかすめ、空を切る。

 ヒカリの攻撃をかろうじて回避したウェインが後ろに跳躍するが、ヒカリの放った追撃の雷魔法がそれを追う。ウェインはそれを左手で受け止め、かき消した。

 両者の距離が再び開く。完全には避けきれなかったらしく、ウェインの頬からは赤い血が流れだしていた。

 わずか一瞬の攻防だった。……蚊帳かやそとだな、俺達。

「確かに強いな。避けられるとは思わなかったぜ」

「……なるほど、これは厄介だなぁ」

 ウェインの持っていた剣の剣身部分、その三分の一程が折れた様に消失していた。

「折れたわけじゃなさそうだね。僕の剣が君を貫いた瞬間、触れた部分が消えたように見えた」

 ウェインが血を拭いながら楽しそうに笑っているが、雷撃を受けた左手のダメージは深刻のようだ。

「お前はなかなか使えそうだ。俺の下で働いてみる気はないか?」

「折角だけど遠慮しておこうかな。他人に縛られるのは嫌いだし、何よりこき使われそうだしね」

「そうか、なら死ね」

 ウェインは使い物にならなくなった剣を投げ捨て、魔力を練り始める。

「これならどうかな?」

 ウェインの右手に馬鹿でかい火球が生み出される。あんなものをまともに受ければ、後には塵すら残らないだろう。

 ウェインが放った大火球はヒカリを正確に捉えて飛ぶ。

 ヒカリは動かない。相手にする価値もないと言わんばかりに、微動だにしない。

 大火球がヒカリの身体に触れた瞬間、音もなく消滅する。

 ……駄目か。あれだけの威力の魔法ならもしかしたらと期待したのだが。

 ヒカリの全身を守る様に包み込む淡い光。あれが誰もヒカリを倒すことが出来ない最大の理由だ。

 光に触れた物を全て消滅させてしまう力。剣だろうと魔法だろうと、どんな攻撃もヒカリには通じない。

 あの光の攻略法を見つけなければヒカリを倒す事はおろか、傷一つつけることは出来ない。

「お返しだ」

 眩く輝き始めたヒカリの剣が、ウェインに向かって振り払われる。 

 剣から放たれた光が触れる物全てを呑み込んでいく。

 光が通った後には何も残らない。ウェインも、その後ろの木や岩も最初から何も存在していなかったように、更地と化した。

「全く、何なんだよその力は。ずるいなぁ」

「……短距離転移か」

 ウェインは生きていた。あらかじめ転移の術式を仕込んでいたようだ。右手に魔力を集中させ、既に次の攻撃の準備を始めている。

「おいおい。まだ無駄だって事が分からないのか? どんな攻撃をしようが、俺には効かねぇよ」

「本当にそうかな?」

 ウェインが放った魔法の刃がヒカリに向かって飛んでいく。刃はヒカリの目の前で四方八方に拡散し、辺りの木や岩、地面に激しい音を立てて激突する。

 砕かれた岩の破片や倒れこんでくる木、立ちのぼる土煙で視界が奪われた。

 ヒカリが億劫おっくうそうに剣を薙ぎ払うと、視界が晴れる。だがそこにウェインの姿はない。

「……あの野郎、でかい口を叩いてたくせに逃げやがったか」

 ヒカリは不機嫌そうに舌打ちする。

 結局ヒカリは傷一つつけられる事なく、ほとんど一人で盗賊達を完膚かんぷなきまでに叩きのめしてしまった。

 一時はどうなる事かと思ったが、ヒカリの能力を間近で見ることが出来たのは俺にとって思いがけない収穫だ。あのウェインとかいう男には感謝しなければならない。






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