16 狩り
何者かが部屋の扉を激しくノックする音で目が覚める。
……いつ殺されるか分からない状況で熟睡できるなんて、俺の神経も随分と図太くなったもんだ。
俺に与えられた部屋は狭い。それでも城下町の宿に比べると寝具も上質で気持ちがいいので、つい寝入ってしまう。まあ野宿に比べたら普通の宿でも天国だが。
ぼーっとした頭のまま着替えを済ませた後、部屋の出入り口へ向かう。
「遅いぞ! ヒカリ様がお呼びだ! ……と言っても通じんのか」
扉を開けると、二人組の騎士が俺の顔を見るなり怒鳴り散らした。寝起きなんだからもうちょい静かにしてほしいな、などと文句も言えない。
俺がヒカリの元に潜入してからこの数日、やった事といえば掃除などの雑用と言語の勉強、カレーや寿司が食いたいから作れ(無茶言うな)という
まあそのおかげで掃除や迷子を装って城の内部を多少探索できたし、怪しまれることなく城の外にも出る事が出来たのだが。
ヒカリの話相手をさせられる時もあった。同じ日本人という事で通じる話が多いためか、何かと呼び出される。しかも自慢話が大半。
怪しまれるのは論外だが、気に入られてもそれはそれで面倒だ。無力で無害だと思わせ、馬鹿にされ侮られるくらいで丁度いい。
日本食が恋しいのなら日本に帰る事だって出来るはずなのに、それをしないのは理由があるのだろうか。さっさと帰ってくれれば楽なんだけど。
それにしても今度は何の用だろうか? 正直うんざりだが無視する訳にもいかない。
「えーと、俺についてこい。分かるか?」
騎士の一人が身振り手振りで何とか
俺も身振り手振りでなんとか了解の意思を伝え、騎士の後ろについていく。
「なーんで俺達がこんな奴の面倒見なきゃいけないんすかね?」
「そうぼやくな。こいつがヒカリの相手をしてくれるのなら、これくらいの苦労はどうってことはない」
「それ、誰かに聞かれたらまずいっすよ?」
「お前もな。だから小声で話してるだろ」
騎士達は俺が彼らの会話を理解しているとは思っていないので、俺の目の前で堂々とそんな事を話している。
そうとは知らず、騎士達はなおも会話を続ける。
「ヒカリの相手といえば、魔術師達をあんなに大勢雇って何をするつもりなんすかね? ヒカリと一緒に地下室にこもりっきりだし」
「俺が知る訳ないだろう」
「まあこっちとしては、ヒカリのわがままに振り回されないで済むから助かるっすけどね」
「全くだ」
……この人達はだめだな。信用に値しない。
いくら誰にも聞かれてないとは言え、不平不満を漏らす時点で軽率だ。そして現状を変えようとせず、受け入れてしまっている。
出来れば協力者を増やしておきたいが、なかなか難しいな。少なくともこの二人には真実を話す事などできない。
しかし、今の話は気になるな。ヒカリは一体何を企んでいるのだろうか? どうせろくでもない事なんだろうけど。
それより地下室に引きこもられる事の方が問題だ。ヒカリが城から出る事はほとんどないとミルシャも言っていた。何としても城から引き離さなければならない。
他に有益な情報がないかとしばらく騎士達の話に耳を傾けていると、いつの間にかヒカリの私室に到着していた。
ああ、着いてしまった……。仕方がないので扉を軽くノックする。
「入れ」
「失礼します」
部屋に入ると、美女を
くっそ! 羨まし……じゃなくて、朝っぱらからいい身分だなこの野郎!
「遅いぞジャージ」
俺の名前は既にジャージとして定着していた。今は着てないんだけどな。
「すみませんでした。あの、何か御用でしょうか?」
「気分転換に狩りに出かけるぞ。お前もついて来い」
狩り? 魔物でも狩るのだろうか。
だとしたら、これはまたとないチャンスだ。ヒカリが自ら城から離れてくれるなら言う事なし。
だが俺がそれについていくのなら意味がない。ここは何としても城に残らねば。
「俺は武器も魔法も使えませんよ? 足手まといになるだけじゃ……」
「安心しろ。そんな事は元から期待してねぇよ」
だったら尚更俺を連れていく意味が分からない。何をするつもりだ?
ヒカリの目的を少し予想してみる。例えば魔物がいっぱいいる所に俺を放置して楽しむとか。……ありえそうで嫌だな。
「すみません。ちょっと体調が……」
「……殺すぞ」
ひ、ひどい……なんて横暴な奴なんだ。脅迫は犯罪だぞ! ……俺もミルシャにしちゃってるじゃないか。
真面目な話、軽々しく死ねとか殺すとか言ってはいけない。口にするなら相応の覚悟を持つべきである。
とにかく、これ以上拒否すると本当に殺されかねないな。諦めてついていく以外に選択肢はないようだ。
「さっさと準備しろ。お前の装備はそこに用意しておいた」
ヒカリが指をさした方向を見る。革製の鎧一式と剣や槍、弓や斧などの武器が置かれていた。
まずは剣を手に持ってみる。手入れの行き届いたなかなかいい剣だ。
鎧も革製なのでさほど重くもない。一応考えて用意してくれているらしい。
当のヒカリはというと、淡く輝く純白の鎧を身にまとい、透き通るような美しい刀身を持つ剣を自慢げに手入れしていた。
なにあれ超強そう。装備格差ひどくないですか?
結局妙案は思い浮かばず、嫌々ながらヒカリの狩りに同行する事になった。
「お前はそいつに乗れ」
俺の目の前に、一台の
馬車を引いている二頭の馬が気になり、目を向ける。
……いや、これ馬なのか? 体形こそ馬だが、顔は馬というより豚に似ている。
なんだか気が進まないが、渋々荷台に乗り込む。中には空の木箱がいくつか積まれているだけで、他には何もない。明らかに人を乗せる事を想定していない作りだ。
そのまま荷台の中でしばらく待つが、何かか積み込まれる様子もなく、人が乗り込んでくる気配もなかった。
こっそり外の様子を伺う。ヒカリとミルシャ、そして三名の騎士達は馬に乗っていた。馬の頭についている、歪曲した二本の角が怪しく黒光りしている。あっちの馬の方が断然恰好いい。
ヒカリ達はフード付きの茶色いマントに身を包んでいた。俺の分はないんですね。
「行くぞ。遅れるなよ」
言うが早いか、ヒカリを乗せた馬が
御者が鞭を叩くと、俺を乗せた馬車もゆっくりと動き出す。馬車は徐々にスピードを速め、ガタゴトと音を立てながら草原を進み始めた。
一体どこへ向かうつもりなのだろうか。近くの森にでも行くのかと思っていたのだが、どうも方向が違うような気がする。
しばらくの間馬車に揺られ、快適な旅を楽しむ……なんて事は出来なかった。
これはまずい。乗り心地最悪だ。段々気分が悪くなってきた。
思っていたよりスピードはあるが、その反動で振動も凄まじい。ヒカリの野郎、分かってて乗せやがったな!
そんな俺の状況はお構いなしと言わんばかりに、馬車はその歩みを止めようとはしない。
吐き気を
「た、助けて下さい!」
外から女性の声が聞こえてくる。誰か俺の事も助けて下さい。
ぶつけた頭を
「大丈夫か?」
騎士の一人が興奮している女性を落ち着かせている。
「あいつらから逃げてきたんです。騎士様、どうかお助け下さい!」
ヒカリ達はみすぼらしい恰好の、武器を構えた男達と対峙していた。
辺りを見回してようやく気付く。そうか、ここは西の山の近くだ。あの男達が盗賊なのだろう。
恐らく偶然来た訳ではない。ヒカリの目的地はここだったのだ。
あいつの言っていた『狩り』とは魔物を狩るのではなく、盗賊を狩る事だったのだと思い至る。
「女は生かして捕らえろ。男は殺していい」
盗賊のリーダーらしき髭面の男がニヤニヤと笑いながら部下に命令する。
「殺す? お前等が? ハハッ! 笑わせてくれるぜ」
ヒカリも負けじと挑発する。ニヤニヤの応酬はやめろ。
こちらの戦力はヒカリとミルシャ、そして騎士が三人。御者は知らないが、俺は戦えないので計五人。対して敵は倍の十人はいる。
……あれ? これ何気にピンチじゃないか? 主に俺が。
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