15 ご対面

 街の警備がかなり厳重げんじゅうになっていた(俺のせい)が、ミルシャのお陰で城の前までは割とすんなり来ることが出来た。

 さすがに異世界でのジャージ姿は目立ちまくるのか、ちらちらと好奇の視線に晒されてはいるが。

 しかし、近くで改めて見るとやっぱり迫力があるな。これぞお城! って感じだ。

「お待ちください」

 城門を守る若い兵士が、城の中に入ろうとする俺達の行く手を阻むように立ちふさがる。

「何?」

 ミルシャがぶっきらぼうに答えると、兵士は不快そうに顔を歪ませた。

「そちらの方は? 部外者を許可なく中へ入れる訳にはいかないのですが」

 兵士達には警戒心がありありと浮かんでいた。原因は言うまでもなく俺だ。

「分かってる。ヒカリ様に話を通してくるから、アンタ達はコイツを見てて」

 ……不安だな。緊張のせいか、城に近づくにつれミルシャ達の顔色が悪くなっていったのはすぐに気付いたのだが、無駄に目立っていたせいでこっそり声を掛ける事も出来なかった。

 裏切られる可能性は低いと思う。でも一応いつでも逃げれるように準備はしとこ。

 ミルシャが侍女を連れて城の中へを入っていくのを見送り、一人取り残された俺は兵士達に怪しまれながらぼーっと立っているしかなかった。

 不安を感じながらもしばらく待っていると、ミルシャが一人で姿を現した。

「許可は取った。これで文句ない?」

「はっ。失礼しました!」

 立ちふさがっていた兵士が俺の目の前から退くと、ミルシャが俺の手を引き城の中へと誘導する。

 兵士が舌打ちしながら小さい声で『奴隷風情どれいふぜいが偉そうに……』と呟いたのは聞き逃さなかった。何故か無性に腹が立ったが、反応する訳にもいかない。

 言葉が通じないという演技も大変だな……。うっかりボロを出してしまわないよう気を付けねば。

 とにかく他人の言動に反応せず、日本語だけを使うように徹底する。余計な事はなるべく話さないようにしよう。

 城の内部は何やら慌ただしい。隊長らしき騎士が大声で指示を出していたり、学者風の男達が真剣な面持ちで何かを話している。

 魔物だの調査だの断片的にしか聞き取れないが、俺が引き起こした襲撃事件について話しているのだろうか。

 そんな人達を横目に奥へと進んでいくと、屈強な兵士達が物々しい警備をしている扉の前でミルシャが立ち止まる。

 考えるまでもなくこの先にヒカリがいるのだろう。さあ、ご対面といこうか。

 いかにも戸惑っています、といった感じに見せつつ扉の先へと進む。

 こういう所には何度も入ったことはあるが、城によって色々と違いがあるので、それを比べて楽しむのが密かなマイブームである。……って今はそんな場合じゃない。

 部屋の中に入ると大広間になっており、まずその豪華な内装に目を奪われる。きらびやかな装飾は派手でありながら下品さを全く感じさせない。

 所々に置かれた調度品、壁に掛けられた絵、天井から吊り下ろされた燭台しょくだい。そのどれもが豪華で、見る者を圧倒させる。

 重厚じゅうこうな武具を身に着け、奇麗に整列している騎士達は荘厳そうごんな雰囲気を更に助長させていた。

 だからその場にそぐわない、玉座に腰かけている男は嫌でも目につく。市場でも見た少年、ヒカリに間違いない。まあ俺の恰好の方がよっぽど場違いだが。

 側近の二人もちゃんとヒカリの傍で待機している。

 このまま観察していても仕方がないので一歩ずつ、恐る恐る近づいてみる。

 玉座のある場所は段差になっているのでそこから数歩前、玉座から見下ろされる位置で立ち止まる。

 本来ならここでひざまずいて頭を下げるくらいするべきなのだろうが、あえてしない。

 最初は退屈そうな顔をしていたヒカリだが、俺の姿をじろじろと見つめた後にぷっと吹き出した。

「うわ、なんでこいつジャージなんだよ! 腹いてぇ!」

 うーん、むかつくがこんな事で怒ってる場合でもない。

「え? 何? なんで俺こんな所に連れてこられたの?」

 慌てる素振りをしながら、ヒカリに聞こえるように日本語で話す。

「へぇ、やっぱ日本人か」

 ヒカリはニヤニヤと笑みを浮かべ、玉座に腰かけたまま俺を見下ろしている。

「お、日本語? よかったぁ! いやー、気付いたら見た事ない場所にいるわ、言葉は通じないわで本当どうしようかと思ってたんだよ!」

「……騒がしいやつだな。殺すぞ」

「え、冗談……だよな?」

 ちょっと馴れ馴れしすぎたか。危ない危ない。

「俺はこの国の王、ヒカリだ。立場をわきまえろ」

「は、はぁ。すみませんでした。俺の名前は……」

「おいジャージ」

 自己紹介しようとする俺をヒカリが遮った。ジャージとは言うまでもなく俺の事だろう。彼にとって俺の名前はどうでもいいようだ。

 といっても本名を名乗るつもりは元々なく、念のため偽名を使っておこうと思っていたので別にいいんだけどさ。

「お前、どうやってこの世界へ来た? 誰かに召喚されたのか?」

「この世界って?」

「ここは日本じゃない。異世界だ。見りゃ大体わかるだろうが」

「はあ⁉」

 わざとらしくならないように気をつけながら、少し大げさに驚いておく。普通は状況が呑み込めないだろうし、異世界だなんだと言われても信じられないと思うんだけどな……。

「さっさと質問に答えろ」

「えーと、ジョギングしてたら急に目の前が真っ暗になって、気付いたら知らない場所にいて……それでいきなり変な奴等に捕まったんですよ」

 冷静かつ慎重に言葉を選んでいく。不自然な事を言えばアウトだ。

「そこをミルシャが助けた……か」

 ヒカリは傍らに立っている老人と何かを話し始めた。声が小さくてここからじゃ聞き取れないな。

 老人が小さく頷き、どこかへ去っていく。不気味だな……何をする気なのだろうか。 

 何かヘマをしてしまったか? まだ当たり障りのない事しか言ってないはずだが。

「よし、ジャージ。どうやらお前は誰かに召喚されたようだ。魔王を倒す勇者としてな」

 召喚と聞いて一瞬動揺する。いくらなんでも今の話だけでは何も分からないはずだ。大体、魔王はコイツが倒したんだろうに。

 ということはヒカリはでまかせを言っているという事になるが、一体何の為にこんな嘘を吐く必要があるんだ?

 どうにもコイツの考えていることが読めない。苦手なタイプだ。

「いやいや無理ですって! 俺はただの高校生ですよ?」

「いや、もしかしたら特別な力があるのかもしれないな。確認してみろ」

「……確認?」

 なんだかものすごーく嫌な予感がする。

「ステータスオープンと唱えてみろ」

 い、嫌だ……嫌すぎる。

 確かにこの世界は俺達にとって現実離れしている世界かもしれない。だがゲームの中の世界という訳ではないのだ。俺は今までその事をさんざん思い知らされてきた。

 それともコイツには本当にステータスとやらが見えるのだろうか? もしかしたら本当にそんなものが出ちゃったり? それはそれで嫌だな。

 考えても仕方がないか……。どのみち今の俺には選択肢はない。

 こうなったら開き直るしかないな。ヒカリの機嫌を損ねてすべてが水の泡になるよりマシだと思おう。

「ス、ステータスオープン……」

「声が小さい。もっと大きな声で言えよ」

 鬼教官か何かかコイツは。ええい、ヤケクソだ!

「ステータスオープン!」

 俺が大声で叫ぶと、俺の赤裸々なステータスが目の前に浮かび上がる……はずがなかった。

 部屋の中は騎士達がざわざわと騒ぎはじめ、ものすごくいたたまれない気分だ。

「ど、どうだ……? 出たか……?」

 ヒカリが何故か期待に満ちた表情で俺を見つめてくる。

「……いや」

 やばい。死にたいくらい恥ずかしい。救いは英語なので、騎士達には意味まで通じてないだろうということか……。

「そうか。やっぱり出ないのか……」

 ヒカリは本当に残念そうに呟いた。

 やっぱりということは自分でも試したんだな……。俺にまでやらせるなよ!

 と、そこで先程姿を消した老人が戻ってきた。手にしているのは……例の首輪だ。

 俺にもあれを着ける気だろう。逆に考えれば、今は殺す気はないということにはなるが。

 数名の騎士を連れて俺に近づいてきた老人は、不気味な笑みを浮かべていた。

 騎士達が俺の手足を抑え動きを封じる。

「お、おい! 放してくれ! 何する気だよ!」

「暴れると本当に死ぬぞ」

 ヒカリは俺が首輪を装着される光景を愉快そうに眺めていた。

 ……うわぁ。実際に着けられると精神的にくるものがあるな、これは。ミルシャの気持ちがよく分かる。

「どんな奴かと思ったがただの雑魚だったな。まあいいや、同じ日本人としての情けだ。俺の下で奴隷として働かせてやるよ」

「……この首輪は何なんですか?」

「俺の意思でいつでも殺せるようにしただけさ。妙な真似をしなければ何も問題はねぇよ」

 まあ想定の範囲内の事だ。わざわざ首輪をつけたという事は、俺が何者だろうとすぐに手を下せる、目の届く場所に置いておくつもりだと見ていいだろう。

 もし追い出されてたらどうしようもなかった。信用されたとは言えないが、嘘がばれたという訳でもないようだ。とりあえず第一関門はクリアといった所か。

「俺は忙しい。後は適当にやっておけ。妙な真似をしたら殺していい」

 ヒカリは配下の者にそれだけ言い残して、どこかへ去っていく。

 おい、放置すんな。

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