14 馬鹿だから
俺がヒカリの元に潜入する事、そしてその後どう行動するかを全員に説明し終える。
「絶対ダメ。丸腰で潜入するなんて殺されに行くようなものじゃない」
予想通りというかなんというか、説明を聞き終わったリゼリィが俺に詰め寄ってきた。
リゼリィの有無を言わさぬ迫力に思わずたじろぐ。しかし怯んでいる場合ではない。
「なら他にいい方法でもあるのか?」
「ないわ。だから……どうしても行くって言うのなら、私が行く」
リゼリィは少し
「駄目だ! 大事なリゼリィをあんな男の元にやれるか!」
俺が机をバンッと叩くとリゼリィ以外の全員が驚きのあまり身をすくませた。
リゼリィは額に手を当て、呆れた様に小さくため息を
「あのねぇ……娘を嫁に出す父親じゃあるまいし。ならせめて一緒に付いていくわ」
俺としては絶対にありえない選択肢だ。何をされるかわかったもんじゃない。それにリゼリィの性格だと何をするか分かったもんじゃない……。むしろそっちが心配。
「それも駄目だ。リゼリィには他にやって貰いたい事がある」
「断るわ。私は貴方の奴隷でも部下でもなく、
どうやらリゼリィも引く気はないらしい。しばしの間、互いに睨み合う。
「お二人が喧嘩してどうするんですか! とりあえず落ち着きましょう!」
険悪な雰囲気に耐えかねたのか、システィエが俺とリゼリィの間に割って入る。
「……そうね。私が言って大人しく言う事を聞くような人じゃないのは分かってるけど……」
怒るわけではなく、悲しそうな表情をするリゼリィを見ていると罪悪感のような、モヤモヤとした感情が湧いてくる。純粋に心配してくれる気持ちは嬉しくもあるのだが。
「悪いな」
俺は色々な意味を込めて謝罪し、右手をリゼリィに差し出す。それを見てリゼリィは諦めたように深くため息を吐く。
「危なくなったら何を置いてもすぐに逃げる事。それだけは約束して」
「分かったよ。約束する」
その答えに納得しかねるのか、リゼリィは疑いの眼差しを向けたまま硬直し、俺の手を取ろうとはしない。
「俺がお前に嘘を言ったことがあるか?」
俺が若干決め顔を作って堂々と言うと、リゼリィは何やら考え込み始めてしまった。
「……ちょっと待って。今思い出してるから」
……そんなに嘘ついてたっけ。よくよく思い返せばつきまくってるような気がするな、うん。ごめんな。
心の中の謝罪が届いたのかどうかは分からないが、どう見ても納得していない様子のリゼリィが渋々といった感じで俺の手を握り返し、目を閉じて集中を高める。
マナがリゼリィの手を通して俺の手へ流れてくるのが分かる。そこから俺の全身にマナが駆け巡っていくような奇妙な感覚。
この世界に来てからリゼリィが集めていたマナである。本当は闘う為などではなく、俺達が無事に帰還する為に使用するつもりだったという事は承知の上だ。
……マナで満たされた時に湧き上がってくる不思議な高揚を抑える事が出来るようになったのは、いつの事だっただろうか。
マナを多量に得ると、全能感のようなものを感じる時がある。この感覚は、慣れていないとかなり危険なものだ。
「お、おい! 全部じゃなくていい! 自分の分も残しとけ!」
手を振りほどこうと試みるが、固く握られた手は簡単には振りほどけない。
それどころか、逆にだんだん力が込められてきてるんですけど……。痛い痛い!
「あら、どうかした?」
何事もないかのようににっこりと微笑むリゼリィが怖い。むちゃくちゃ怒ってるじゃないか……。
ここは無理に逆らうより大人しくしておいたほうがよさそうだ。つべこべ言わないで受け取れという無言の圧力を感じる。
見かけだけは無事にマナの
「話はついた? 待ちくたびれたんだけど」
「ああ、悪い。各自やる事は分かってるか? 準備が出来次第出発しよう」
俺が確認すると、皆が一斉に頷いた。
全員が準備を終え、砦の外へ出る。俺と侍女、ミルシャの三人組は城へ向かい、システィエとリゼリィはそれぞれ単独で動いてもらう。ここから先は別行動だ。
「二人とも気を付けてな」
「はい、ユウセイさん達も気を付けて下さいね」
「悠誠、無茶はしないでね?」
「分かってるよ。じゃあな」
二人と別れ、ミルシャを先頭としてその後ろに侍女、最後尾が俺という隊列で城を目指し、広い草原を歩いて進む。周囲を警戒しつつ、魔物がいる場所を可能な限り避けて通る。
何しろ、今まともに戦闘出来るのはミルシャだけなのだ。もし俺が魔法を使っている所を誰かに見られるのはまずいので、使用するのは出来るだけ避けたい。
城までは大分距離がある。この辺りは人の気配もなさそうなのでまだ大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはない。
「……アンタのその恰好、何なの?」
俺のジャージ姿が気になるのか、ミルシャがちらちらと後ろを伺ってくる。
「気にしないでちゃんと先導してくれ。後なるべく話しかけるな」
この世界へ来たときに着ていた物である。この世界に飛ばされたばかりなのに武器を持っていたり、この世界の衣服を着ているのは不自然なのでわざわざ着替えた。話しかけるなと言ったのも別に嫌っている訳ではなく、同じ理由だ。
普段の会話は魔導言語を使っているが、これは魔法が存在する異世界なら大抵通じる。召喚される=魔法が存在するということになるので、これ一つ覚えておけばかなり応用が利く。
ぶっちゃけ仕組みはよく分からない。確か発する声に込められた魔力のイメージを読み取ったり伝えたりして変換云々……などと聞いたような気もするが、別に覚える必要もないのでよく覚えていない。
……それを俺に教えてくれた師匠にこまけぇことはいいんだよ! と言ったら思いっきり殴られたことは覚えている。
これを極めていけば幻覚魔法などにも応用できるらしい。会話だけに使うのならばさほど難しい事でもなく、文化が違う国や、違う種族などにもある程度話が通じるので、魔導言語を共通語とする世界は割と多い。
当然異世界に来たばかりの人間が魔導言語を知っているはずもなく、この国独自の言語や文字はそもそも理解できていないので、ヒカリ達の前では言葉が通じないという演技をしなければならない。
「……ねぇ。アンタって死ぬのが怖くないの?」
ミルシャは唐突に立ち止まり、鋭い目つきで俺を見つめてきた。
「怖いよ。ほとんどの奴はそうだろ」
「だったらどうしてヒカリ様と戦おうとするの? アタシには理解できない」
「本当に理解できないのか?」
ミルシャは言葉に詰まり、俺から目を逸らす。
彼女にとって戦争は家族や仲間を失った原因だ。戦争を終わらせたはずのヒカリが火種となり、新たな戦争が起きようとしている。心情的にはかなり複雑なんだろう。
だが、ヒカリにつけられた首輪が逆らう事を許さない。死という恐怖がミルシャをきつく縛り付けている。
どうにも出来ないのだから大人しく従うというのは、生き延びるためなら正解だと思う。ただ、それでは何も変わらないだけだ。
もし現状を変えたいと願うならばこの恐怖を乗り越え、一歩踏み出す勇気を持たなければならない。
「俺を信用しなくていい、利用しろ。もし王女を救出する前に俺がしくじってお前との関連性がばれたら、その時は脅されていたと言えばいいから」
信頼関係なんて必要ない。利害が一致するから手を組む。それだけでいい。
「だから、俺に協力してくれ」
「……やっぱり変なヤツ。どうして無関係のアンタがそこまでするワケ?」
どうしてなんだろうな。見て見ぬフリをしていれば楽なのに。
でも、知っているから。大事な人を失う辛さも、痛みも。
それにこのまま元の世界で帰ったところで後味の悪さだけが残り、一生後悔し続ける。そんな気がするからだ。
「……まあ、馬鹿だからじゃないか」
「なるほど!」
満面の笑みで納得すんな。自分で言っといてなんだが、なんかむかつく。
その時、ふと何かの気配を感じた。周りを見渡してみるが、何も見当たらない。
「ユウセイ様、ミルシャ様! 下です!」
少し離れた位置から侍女が大声で叫ぶ。
足元に目をやる。蛇型の魔物が俺を狙い、茂みから飛び掛かってくるのが見えた。
油断していた! 魔法で迎撃……いや、間に合わない!
その瞬間、ミルシャが俺と魔物の間に入り、手にしていた短剣を振り払う。
蛇型の魔物の頭が一瞬で吹き飛び、ぴくぴくと
「……助かったよ。ありがとな」
ふふんと鼻を鳴らし、どや顔しているミルシャを見てお礼を言う気が多少失せたが、助けられたのは事実だ。
もしこの魔物が毒でも持っていればかなり厄介な事になっただろう。他の世界の毒と、この世界の毒では全く性質が違う可能性が高い。
他の世界で覚えた解毒魔法はあくまでその世界で有効な魔法であって、こちらの世界ではこちらの性質に合わせた解毒魔法の術式を組む必要がある。
まあ、こんな悩みを持っているのは俺だけかもしれない。時間があればシスティエに教わる事も出来たのだが。
「これで貸し一つ。ちゃんと返してもらうから」
「おい。何をさせるつもりだよ……」
ミルシャは仏頂面で自分の首元を指さす。
「……ヒカリを倒して、絶対これを外すって約束して」
「絶対は無理だろ。出来ればな」
というか、注意が逸れたのはミルシャが話しかけてきたのも原因なんだが……。まあいいか、細かいことは。
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