13 教会という組織
「あ、ユウセイさん。何かあったんですか? 様子を見に行こうと思っていたんですけど」
どうやらミルシャの騒がしい声はこちらの部屋まで届いていたらしい。
ここは何の部屋だったのだろう。割と広い部屋に木製の机と椅子がいくつか置かれていた。食堂とか、会議室か何かだろうか……まあどうでもいいか。
システィエと侍女はお世辞にも奇麗とは言えない椅子に、机を挟んで向かい合うように腰かけていた。
「いや、何でもないよ。ひとまずあの娘はもう大丈夫だろう」
「え? 説得出来たんですか⁉」
言えない……。無理だったから脅迫しましたなんて、目を輝かせているシスティエには言えないよ……。
「それよりその人から色々聞きたい事があるんだけど、今大丈夫か?」
「あ、分かりました」
つい視線を逸らしてしまった。何かを察してくれたのか、システィエは特に追及するような事はして来ない。
侍女は俺を見ると、椅子から立ち上がりぺこりとお辞儀をする。俺はお辞儀を返し、システィエの隣の椅子に座る。
「手荒な事をして申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか?」
「はい、お気遣いありがとうございます。事情はシスティエ様からある程度伺いました」
侍女は優し気な微笑をたたえている。年齢は見た感じ俺より二回りくらい上だろうか。落ち着いた感じがなんとなく安心する。
異世界では外見と実年齢が一致しないなんてよくある事なのだが。詐欺だよ詐欺。
「なら早速本題に入りましょう。王女様は城にいるんですか?」
「はい。ですが王女様が囚われている部屋は封印が施されていて、許可の無い者は自由に出入りできないようになっています」
「それを解除する方法は?」
「申し訳ありません。私ではそこまでは……」
侍女は肩を落として俯く。
封印か……俺が解除出来る程度のレベルのものであれば問題ないが、そうでない場合、術者本人に解除させるなり解除方法を聞き出すなりしなければならない。
「あなたは許可が貰えているんですね?」
「いえ、自由に出入りできるのはヒカリ様と側近の方々くらいだと思います。私もミルシャ様が同伴していない時は部屋の出入りを禁じられています」
「ということは、ミルシャがいれば俺達も部屋に入れそうか」
問題はヒカリだ。城に潜入して鉢合わせ、なんて事態は絶対に避けなければならない。
「ヒカリが城から離れる事はありましたか?」
「私は普段、王女様の身の回りのお世話をさせて頂いてますので、部屋の外の状況はあまり詳しくありません。ミルシャ様ならご存じではないかと……」
それもそうだ。後でミルシャに聞いてみるとしよう。
とりあえずミルシャを餌にヒカリを外に誘い出し、その間に城に潜入するという作戦、一応試してみるか? 勿論本当に囮にするつもりはなく、ミルシャが助けを求めているように見せかけるだけだが。
だが、単に呼びだすだけでは成功率は低いだろう。ヒカリが奴隷であるミルシャを救うために自ら動くかどうか……。最悪の場合は見捨てる可能性だって十分ある。ワンパターンだが挑発してみるという手もあるが、それも確実な手段ではない。
前提条件として侍女の誘拐と、王女救出の関連性を悟られないようにしなければならない。王女を他の場所へ移されたりしたらお手上げだ。
これらを考慮した上で、現状取れる最善の策は……だめだ、思いつかねぇ……。
「あのー、ユウセイさん。もし王女様をうまく救出できたとして、その後はどうするんですか?」
俺が頭を抱えながら唸っていると、システィエが恐る恐る聞いてきた。
「とりあえずはこの砦や他の場所で身を隠しつつ様子見かな……。ザムザーラだっけ? その国に行く事は難しいか?」
この砦以外にも使えそうな場所は何箇所かリサーチしておいたが、王女が攫われたとなれば徹底的に捜索されるだろう。そうなれば見つかるのは時間の問題だ。
「王女様を救出できたとしても、全員がこちらの味方をしてくれる訳ではないですしねー。簡単に国境を超えることは出来ないと思います。それに今は敵国ですしね」
確かにそうだ。兵士達にも守るべき大切な家族や大事な人がいる。ヒカリに逆らうという事は、その人達にも危険が及ぶ可能性があるということでもある。そんな中でこちらの味方になってくれる人間がどれだけいるのだろうか?
「せめてアーネストと連絡が取れればいいんだけどな」
教会で別れて以降アーネストから音沙汰はない。魔王復活の噂が広まっているから生きているとは思うんだけど。
「……一応匿ってくれそうな当てはあるんです」
「本当か?」
「私がヒカリと旅立つ前に所属していた組織……教会の人間に頼めばひとまず安全は確保できると思います」
宗教団体のようなものか? この世界の宗教事情は知らないが、本当に大丈夫なんだろうか? システィエが物凄く嫌そうな顔してるのが気になる……。
「それはどんな組織なんだ?」
「はるか昔、神から癒しの力を与えられた一人の女性がいました。どんな身分の者でも分け隔てなく救った彼女は聖女と呼ばれ、その力は死んだ者でさえ蘇らせたと伝えられています。神とその女性を崇拝する者達が集まったのが始まりと言われていますね」
そういえば、ヒカリはシスティエの事を聖女様と呼んでいた。どうもシスティエはその事に触れてほしくなさそうで、意図的に話題を避けている感じがしたので何も聞かなかったのだが。
「神様と聖女ねぇ……システィエには悪いけど、どうも胡散臭いな」
「教会は自分達を神の使いと称し、治癒魔法への適正が高い者を手段を問わず集め、中位以上の治癒魔法の使い手をほぼ独占しています。その人材を各地に派遣し、人々を救済するのが主な活動です。……表向きは」
そこまで聞いて、なんとなく察しがついた。
「その裏では金のやり取りがあるってことか?」
システィエは少し戸惑ったような様子で、
多く金を払う権力者や国に優先的に人材を送ったりしているんだろう。あくまで慈善事業として。
「ですが私兵団を持っていますし、教会にとっても力をつけすぎたヒカリは邪魔な存在です。教会を敵に回すと面倒な事になりますから、ヒカリも安易に手を出したりしないでしょう」
戦争が起こるかもしれないのに、わざわざ敵を増やすような真似はさすがにしないということか。治癒魔法の支援がなくなるとなれば尚更だ。
「でも、そんな奴等が俺達に協力してくれるのか? むしろ俺達を引き渡してヒカリに恩を売っておいた方が、教会としては有益そうだけど」
「そんな事はさせません。私、こう見えても結構権力あるんですよ?」
システィエはそう言って笑うが、それが作り笑顔であることは付き合いの浅い俺ですらすぐに分かる。
「大丈夫か? なんか無理してるだろ」
「な、何がですか?」
「今更そんな事を言いだすのはおかしいし、顔が引きつってる」
危険もなく、協力が簡単に得られるならばもっと早く言い出してもよかったはずだ。それをしなかったのは、何か理由があるに違いない。
「そういうユウセイさんこそ無理してませんか? 少し顔色が悪いみたいですが……」
「うっ、それは……」
俺の場合、少々休憩した程度ではマナは回復しない。連続して魔法を使ったせいで、精神的にも疲れているのは事実だ。
魔法とは想像と創造の力であるというのが、俺に魔法を教えてくれた師匠の口癖だった。思い描いたイメージを具現化する為には極度の集中力を要するが、その負担を軽減する方法もある。
イメージを自分なりに言語化し、詠唱する方法が最も一般的だろうか。実際に言葉として出す事でイメージをより強固なものにし、成功率や威力の向上を図れる。他にも魔法陣を書いたり、術式として組み立てたり、動作として表現したりとその方法は様々だ。
当然デメリットもある訳で。例えば詠唱する場合、言語化が単純だとどのような性質を持つ魔法か予測され対策を打たれるし、隙も生まれる。格好良く詠唱したのはいいが、そのせいで魔法が失敗したらダサい事この上ない。まあそれを逆手にとる戦法も存在するが。
どの方法を取るのが最善か。そんな事を考えながら戦闘していると物凄く疲れるのだ。
「異世界人であるユウセイさんが頑張ってくれているのに、何も出来ないなんて嫌なんです!」
「そうは言ってもヒカリを倒せる保証もないし、金もない。他に何か交渉材料があるのか?」
「……今は言えません。ですが不満が高まっている今、王女様を売る様な事をすれば民も黙ってはいないでしょう。彼らの寄付金も主な収入源の一つですから、信用を失うような事は極力避けるはずです」
そこまで聞いて再度考える。危険もあるが、確かにメリットも大きい。システィエの様子や交渉材料が言えないというのは気になるが、悪い話という訳でもない。ここまで自信満々なのだから、何か手があるんだろう。
「……分かった。システィエに任せるよ」
「はい、任せてください!」
システィエは勢いよく答えるが、その素振りがどことなく嘘くさい。空元気という表現がしっくりくる。嘘をついているという訳ではなさそうだが、何かを隠しているような気がした。
「あのう……私はどうすればいいのでしょうか?」
あ、すっかり忘れてた。見れば侍女がおずおずと手を挙げている。
「そうですね……狩人に攫われてしまったがミルシャに救出されたということにして、ミルシャと共に城に戻ってもらいます。後は、狩人達が西の山の方へ向かっていたと証言してもらうだけで構いません」
「西の山と言うと、近隣の村を荒らしまわってる盗賊達が根城にしているという噂の?」
最近盗賊や強盗など、犯罪行為に手を染める者が急増している。中でも西の山を拠点にしている連中はタチが悪く、人攫いはおろか人殺しや人身売買も平気で行っているという話だ。
身なりの良い侍女を攫ってもあまり不自然じゃなく、隠れ蓑として使っても心が痛まない……とまでは言わないが、かなりの悪人達だ。確実性はないが、もし上手く両者をぶつける事が出来ればそこそこ時間が稼げる。
こちらの最大の強みはヒカリが俺達の存在に気付いていないという事だ。誘拐の件を盗賊達の仕業に見せかける事で、多少不自然さが残っても俺達に辿り着くことはない……はず。
「はい。ですがもし嘘をついている事が発覚すれば、あなたも殺されるでしょう」
びくりと侍女の身体が揺れる。突然そんな事を言われれば怖気づくのも無理はない。
「……分かりました。やってみます」
侍女は震える身体を抑えつつ、声を絞り出すように言った。
「大丈夫ですか?」
「正直恐ろしいです。ですが今の王女様はとても痛々しくて、以前の明るく元気だった王女様は見る影もありません。どうか王女様を……アデリア様をお助け下さい」
侍女は目に涙をたたえて、ぺこりと頭を下げた。
「……ユウセイさん、ちょっといいですか?」
不意にひそひそ声で話しかけてきたシスティエの吐息が耳元をくすぐる。一瞬動揺してしまった……。
「どうしたんだ?」
「あまりこんな事言いたくありませんが……もし私達の事を話された場合はどうするんですか? この方はともかくあの子、ミルシャちゃんは危険じゃないですか?」
俺も同じ事を考えていた。二人だけを城に戻らせたら、向こうの状況を全く把握できなくなる。裏切られたとしても、こちらはその事に気付けないのだ。
「大丈夫だ、俺も二人と一緒に城に行く。この世界に来た途端に狩人に捕まって、ついでに助けられた異世界人としてな」
この世界ではなるべく顔を隠して行動してきた。俺の事を知っている者はほとんどいないはずだ。
「だめですよ! 危険すぎます!」
「かといって、このまま消極的な方法ばっかり取ってても状況は悪くなる一方だろ」
今までは例え失敗しても、極力リスクがない手段を選んできた。だが問題は未だ何一つ解決していないというのが現状だ。多少強引な方法ではあるが仕方がない。
それに間近でヒカリを観察しておきたいというのもある。何か対策が見つかるかもしれない。
「何をするにせよ、ミルシャの協力は不可欠だ。とりあえず二人をここに連れてきてくれないか?」
「……分かりました」
さて、システィエが二人を連れてくるまでにリゼリィを説得する方法を考えなければ……あいつは間違いなく反対する。
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