11 卑怯者だと言われても
半獣人娘から必死に逃げ、なんとか予定していた場所まで辿りつくことが出来た。
この辺りには茂みがあり、屈めば人も隠れられる。待ち伏せするにはもってこいだ。
どうやらシスティエの方の準備は完了しているらしい。後はあの半獣人娘を上手く誘導できればいいんだけど。
「追いかけっこは終わり? もう諦めちゃった?」
半獣人娘はつまらなそうに肩を落とす。
結構な距離を移動したはずなんだが、平然としてやがる……。黒犬は息が上がってるっていうのに!
「随分と余裕だな。数ならこっちの方が有利だぞ」
「……そのセリフ、やられるパターンだと思うのだけど」
リゼリィから冷静な突っ込みが入る。た、確かに! 強い奴に絡む小悪党みたい!
そんな中、空気を読まない黒犬が割り込んでくる。
「我は少し休ませてもらうぞ。少々疲れたのでな」
言うが早いか、黒犬が黒い煙に包まれて姿を消す。あの野郎……勝手に帰りやがった!
「……連係が出来てない」
「ほっとけ!」
敵にダメ出しされてしまった。
「まあいいか……。お前も休んでていいぞ」
翼竜の身体を優しく叩いてやると、グルルと嬉しそうな(多分)唸り声を上げる。
「もしかしてアンタ一人で戦うつもり?」
なんか無茶苦茶舐められてる気がするな……。まあ、侮ってくれているのなら好都合だが。
「出来れば戦いたくなんかないんだけどなぁ。話を聞く気はないか?」
「人を攫うよう奴らの話なんて聞く必要ない」
半獣人娘が俺の提案を一蹴する。ごもっともです。俺が逆の立場なら絶対信用しないと思う、そんな奴。
仕方がない。強硬手段を取るしかないようだ。
半獣人娘にばれないよう、茂みに隠れているはずのシスティエに手で合図を送る。
後はシスティエの魔法が発動するまで引き付けておけばいいのだが、あちらもやはり警戒しているようだ。不用意に踏み込んでくることはせず、離れた位置でこちらの様子を伺っている。
あの動きの速さならば、もし発動を察知されれば魔法の射程距離内から逃れられてしまうかもしれない。確実に成功させるには、もう少し俺に近づいてもらう必要がある。
「ヒカリみたいな屑より、俺達と組まないか?」
その言葉を聞いた半獣人娘の耳が、ピクリと動く。先程までの挑発的な態度とは打って変わって、怒りの形相で俺を睨む。
「……ヒカリ様を侮辱する奴は誰であろうと許さない」
冷たく、暗い声音。鋭い眼光に射すくめられて、思わず顔を背けてしまいそうになるが、怯まずに言葉を続ける。
「お前も大変だよなぁ。あんな馬鹿の相手をしなけりゃいけないなんて」
「もう黙って。アンタは殺す」
純然たる殺意を向けられるのは初めてではない。もう幾度となく経験してきた事だが、やっぱり嫌なもんだ。
半獣人娘が俺に向かって駆けてくる。先程戦った時より一段と速さが増していた。
俺と半獣人娘の距離が縮まった瞬間、地面が青白く光りだす。システィエの魔法が発動した証拠だ。
結界魔法。俺の足元を中心に発動したその魔法が広がり、俺と半獣人娘を囲うように広がっていく。
「このっ……! ちょこまかと!」
もはや半獣人娘にはそんな事はどうでもいいらしく、拳や蹴りを織り交ぜながら攻撃を仕掛けてくる。完全に頭に血がのぼってしまっているらしい。
まともに受けては身が持たないが、冷静さを失っているせいか動きは単調になっている。そのおかげで先程より対処は楽だ。
「で、出来た……。ユウセイさんに教えられた通りに上手く出来ましたよ!」
その声に半獣人娘はピタリと攻撃を止め、俺から距離を取る。
「システィエ⁉ ……そう、こいつらもアンタの仲間だったのね!」
二人は面識があるのか。とはいえ半獣人娘の険しい表情を見る限り、その関係は良好ではないようだが。
「まさかこの程度の結界魔法でアタシを捕らえたつもり?」
「逃げられたら困るんでな」
この結界魔法は俺がシスティエに教えたものではあるが、半獣人娘の言う通りそこまで強度があるわけではない。それでも力任せなら破る為にそこそこの時間が必要になるはずだ。
最悪なのは侍女を奪い返されて逃走される事だ。それを避けるためにもリゼリィとシスティエには結界魔法の外で待機してもらい、侍女を守らせている。
「……さっきのは悪かった。事情をよく知らない奴にあんな事言われたら、誰だって怒るよな」
俺は彼女とヒカリの関係がどのようなものなのかよく知らないし、興味もない。ただ、自分が慕う者を侮辱された事を怒る気持ちはよく分かる。一応軽めに言ったつもりだったんだけども。
「……変なヤツ」
「よく言われる」
余程俺の言葉が意外だったのか、半獣人娘は毒気を抜かれたように呆然としている。
だがそれも少しの間だけで、すぐに拳を構えなおす。
「謝ったところで許さないけど。絶対に殺す」
「そうか。しょうがないな」
再び半獣人娘が俺との距離を詰めようとするが、こちらはそれに付き合う必要はない。
向こうは殺る気満々なのに対して、こちらはなるべく傷つけずに捕らえるのが目的なので、真っ向勝負は分が悪い。剣や魔法で牽制しつつ距離を取り、仕掛けた罠に引っ掛けるのが得策……なのだが。
「こんな見え見えの罠に引っかかるとでも思った?」
この結界内の地面には、俺が事前に仕掛けておいた魔法陣の罠が所々に設置されている。
その効果は踏んだ相手に幻覚を見せたり、眠りを誘ったり、身体をしびれさせたりと様々だ。色々仕掛けておいたが、そもそも踏んでくれなければ発動しない。
半獣人娘はその罠の位置を全て把握しているかのように、上手く避けながら俺に接近し攻撃してくる。恐らく魔法陣から漏れ出す微量の魔力を感知しているのだろう。
徐々に端へと追い詰められ、いつの間にか俺の背中は結界の壁に衝突していた。
「この結界のせいでアンタも外には逃げられない。馬鹿なのはアンタ」
「そうかもな。こんなに強いとは思わなかったよ」
正直、想定していたより多くのマナを消費させられてしまっていた。計算が甘かったのは事実だ。
「……その余裕そうな態度がむかつく!」
半獣人娘が拳に魔力を集中させているのが分かる。仮に俺がその攻撃から逃れたとしても、そのまま結界を破られてしまう可能性がある。ならば、避ける訳にはいかない。
「リゼリィさん! このままじゃユウセイさんが!」
システィエはどうやら結界魔法を解除し、俺の逃げ道を確保するかどうか迷っているようだ。
「安心して見ていなさい。あの程度の相手に悠誠は負けたりしないわ」
リゼリィは微動だにせず答える。確信に満ちたその声は、システィエから不安を取り除くには十分だったようだ。
「……随分と信頼されているみたいだけど、これで終わり!」
俺はひび割れた盾を前に構え攻撃に備えるが、当然こんな物では受けきれないだろう。
半獣人娘が十分に力を貯めた拳を俺に振り下ろすべく急接近する。
「ああ、終わりだな。お前がだけど」
その拳が俺の目の前に迫った瞬間、悲鳴と共に突如半獣人娘の姿が消える。瞬間移動した訳でも、動きが速すぎた訳でもない。
「な……何なのよコレ!」
俺の目の前の地面がぽっかりと穴を開けていた。中を覗くと、半獣人娘が悔しそうに俺を睨め付けている。
勿論俺が事前に仕掛けておいた罠の一つ、落とし穴だ。
これに関しては魔法を一切使用しておらず、ただ穴を掘っただけ。魔力を感知できる魔法罠に注意は向き、感知できない落とし穴は意識から外れていた事だろう。
ともあれ、ばれずに上手く誘導出来てよかった。少し深めに掘ったがマットを敷き詰めておいたので、彼女の身体能力を考えたら大した怪我もないだろう。
「今度から魔力を感知できない罠にも気を付けるんだな」
「アンタ……まさか、最初からこのつもりで!」
「……まあな!」
本当は全部見破られるとは思ってなかったから念の為だったんだけど……かっこ悪いからそういう事にしておこう。
「こんなの、すぐに出てやるから」
俺のどや顔に腹が立ったのか、半獣人娘はフンッと鼻を鳴らし脱出を試みようとしているが、そうはさせない。
「そんなの黙って見過ごす訳ないだろ」
剣先に魔力を集中させ、半獣人娘に向ける。いくら素早くても逃げ場がなければ意味がない。
イメージは雷。感電させ身動きを取れなくさせる魔法を具現化させる為、頭の中で術式を組み立てる。
「この卑怯者!」
半獣人娘が跳躍するのと同時に、剣先から電撃がほとばしる。耳をつんざくような激しい音が周囲に響く。
空中に舞っていた半獣人娘の身体は力を失い、再び落とし穴の中に落ちていった。
「あー、疲れた……超疲れた」
極度の緊張から解放され気を緩めると、途端に全身からどっと力が抜け、俺はその場に座り込む。マナを使い果たしたせいもあるだろう。
「いつの間に落とし穴なんて作ってたんですか……」
結界魔法を解除したシスティエが駆け寄ってきて、俺に治癒魔法をかける。
「ごめんなさい。私が殺さないように頼まなければ、他にも色々手段はあったわよね……」
リゼリィが俺の腕に布を巻きつけながら申し訳なさそうに呟いた。よく見ると、防ぎきれず攻撃を受けた箇所が所々痣になっていた。
自覚すると急に痛みが襲ってきたが、何でもない風を装いながら答える。
「別にお前のせいじゃないだろ。無理だと判断したら諦めるつもりだったしな」
卑怯者だと罵られようが、それで犠牲が少なくなるならその方がいい。
翼竜が背に乗せてきた半獣人娘の手足に、システィエが枷をつける。これで目が覚めて暴れられてもなんとかなるだろう。
「とりあえずここに留まるのは危険だ。さっさと行こう」
ぴくぴくと痙攣している半獣人娘を見ていると物凄く罪悪感が沸いてきたので、ごまかすようにそう言った。絶対恨まれてるだろうなぁ……。
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