10 作戦開始

「二人とも、準備の方は大丈夫か?」

 俺の問いに対し、システィエとリゼリィが同時に頷く。

「もう一度だけ作戦を確認しておこう。まず俺達があの侍女を攫い、そのまま町の外へ離脱する。その後システィエの待機している、罠を仕掛けた場所へ向かう。ぶっちゃけこれだけだな」

 作戦はシンプルな方がいい。複雑な作戦を立ててもそれを完遂するのは困難だし、予想もしてない事態が一つでも起きれば混乱する。これだけ単純な作戦なら覚えやすいし、色々と対処もしやすい。

 三人では出来る事もかなり限られてくるし、そもそも複雑な作戦を立てれるほどの頭脳を持ち合わせてる訳ではないのも理由である。

「ほ、本当に大丈夫ですかね?」

 さっきからシスティエが落ち着かない様子でソワソワしている。 

 だが俺はその問いに対する答えを持っていない。

 危険なことは確かだし、失敗して捕まったりすればただでは済まないだろう。

「大丈夫だ、心配するな」

 根拠など何もないのに口をついて出たのは、そんなセリフ。

 そんな気休めでしかないと分かっている言葉でも一応効果はあったのか、システィエも少し落ち着きを取り戻したようだ。

「……そろそろ時間ですね。私は待機場所へ向かっておきます」

 システィエが俺達から数歩離れた時、急にあっと声を上げ、何かを思い出したかのように振り返る。

「ユウセイさん、リゼリィさん。気を付けてくださいね」

「そっちもな」


 システィエと別れ、俺とリゼリィは市場で買い物をしている大勢の人達に紛れながらターゲットを待ちわびていた。

 集めた情報によると、侍女はちょくちょくこの市場に顔を出すらしい。

 ものすごくアバウトな情報なのは否めないが、あまり嗅ぎまわって怪しまれては元も子もない。

 時間は惜しいが、今日姿を現せないなら明日以降に期待するしかないか。

 周りに怪しまれないよう、彼女達がよく姿を見せるという店を見張りながら周囲を警戒する。

「こうして見てる限りじゃ平和そうに見えるわね」

 ふとリゼリィがそんな感想を漏らす。

「見かけ上はな」

 一見問題がなさそうに見えても、裏では色々と動きがあるらしい。

 それでもなんとか国として機能しているのは、大臣がものすごく優秀な人物なんだとか。それもいつまで持つか分からないが。

 何をするにしても時間が足りない。ぐずぐずしていれば状況は悪くなる一方だ。

 そんな事を考えていると自然と足取りも重くなり、どうにも落ち着かない。

 早く来てくれ。祈る様な気持ちで待ち続けるが、一行に姿を現す気配はなかった。

「今日は空振りかしら」

「もう少し待ってみよう」

 辺りも暗くなりはじめ、人通りも大分まばらになってきた。

 動きやすくなる半面、人混みに紛れることもできなくなるので、不審な動きをすれば怪しまれる危険性も増す。

 撤退を考え始めた時、リゼリィが俺の着ているローブの袖をぐいぐいと引っ張る。

「見て、悠誠!」

 言われて、リゼリィの視線の先を追う。例の半獣人の娘と兵士らしき男が二人、その傍らにいる女性が侍女だ。注意深く観察するが、どうやらヒカリはいないようだ。

「ようやくお出ましか……。リゼリィ、準備はいいか?」

「ええ、いつでも」

 俺達は市場から少し離れ裏路地に入り、周囲に人がいない事を確認する。

 リゼリィは少し短めの剣を生成し、懐に忍ばせた。

 俺は深呼吸してから精神を集中させ、自分の中に存在する者に強く呼びかける。

『待たせたな。出番だぞ』

 それに呼応し、黒い煙と共に姿を現したのは黒妖犬とも呼ばれる、黒い毛並みをした犬の魔物と緑色の鱗をした翼竜。

 その片方、黒い犬が燃えるような赤い目で俺を睨みつける。

「久しぶりに暴れられるかと思えば、こんな下らん事をさせられる為とはな……」

「出てきてそうそう愚痴るなよ。やる事は分かってるよな?」

「把握している。奴らを陽動すればいいのだな」

 不満を漏らしながらもちゃんと従ってくれる辺り、素直じゃない犬である。

 こいつらとも結構長い付き合いになる。確か黒犬と出会ったのは十三番目に召喚された世界、翼竜は十六番目だったか。微妙に忘れた。

 どちらもオリジナルとなる本体は元の世界に残っている。ここにいる彼らは本体から借り受けたマナの一部で具現化させた存在である為、その実力は本体には遠く及ばない。それでも俺に力を貸してくれる心強い仲間だ。

「行くぞ。無茶はするなよ」

 再度精神を集中させ、今度は電撃をイメージし左手に纏わせる。敵を殺傷する為ではなく、無力化させる為のものである。

「ま、魔物だ! 魔物が入り込んでるぞ!」

 人々の叫び声が市場に響く。二匹が十分に周囲を引き付けてくれているのを確認し、目標へ向かって全力で駆け出す。

 侍女はリゼリィに任せた。俺の役目は他の戦力の排除だ。

「何者だ!」

 兵士達がこちらに気付き、黒犬に対して構えていた武器を向けてくる。だが少し遅い。

 右手の剣で相手の攻撃を防ぎ、左手で撫でるように相手の体に触れる。

 激しい閃光と共に電撃の音が響き、兵士が瞬く間に地面に倒れこむ。動揺している隙をつき、すかさずもう片方の兵士に近づき電撃を浴びせる。

 残るは半獣人の娘のみだが、やはりこちらは少し厄介だ。あわよくば真っ先に仕留めようと思っていたが、先程の兵士達とは違い隙が無かった。このまま計画通りに事を進めるべきだろう。

「なかなかやるじゃない。あの魔物を町に放ったのもアンタ? 何が目的?」

 半獣人娘は不敵に笑い、余裕の態度を崩さない。

「さあな。力づくで聞き出してみたらどうだ? 出来るならだけどな」

 軽く挑発しておくのも忘れない。

「最初からそのつもり!」

 なら聞くなよ……。と突っ込みを入れる間もなく、彼女は俺を目がけて短剣を数本投げつけてくる。恐らく毒でも塗ってあるんだろう。

 それを避けながら、リゼリィの様子をちらりと伺う。どうやら侍女を確保出来たらしい。

「くっ、そっちにも⁉」

 半獣人娘はチッと舌打ちしながら、攻撃対象を俺から侍女を抱えて逃げようとするリゼリィに移す。

「させるかよ!」

 盾を構え、半獣人娘からリゼリィを庇うように二人の間に割り込む。

 半獣人娘の蹴りを盾で受け、強い衝撃と共に鈍い金属音が鳴り響く。吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪えることが出来た。

「……まじかよ。盾にヒビ入ってんぞ」

 やっぱりケチって安物を買ったのがいけなかったんだろうか。

 恐らくマナで肉体強化しているんだろうが、とんでもない威力だ。いくら安物とはいえ、盾を破壊するくらいの蹴りをまともに受けたらと思うとぞっとする。

 まあ元からここで戦うつもりはないので、もう用はない。さっさと逃げよう。

「なんかぐったりしてるけど大丈夫か?」

 リゼリィの抱えている侍女を見て、つい確認してしまう。

「暴れるから少し眠ってもらっただけよ」

 リゼリィは微笑を浮かべて答える。何したんだろう……。まあいいか。

「撤退するぞ!」

 俺の呼びかけに駆けつけた忠犬の背に侍女とリゼリィを乗せる。

「おい、乗り物扱いするな!」

「いいからさっさと行け。俺が逃げれないだろうが!」

 黒犬の抗議を却下し、半獣人娘の足止めに集中する。時間を掛ければ掛けるだけヒカリや他の兵士達が集まってくる危険性が増す。

「絶対に逃がさない!」

 正確に俺の急所を狙って攻撃してくる辺り、かなり鍛錬している事が分かる。動きは俊敏だが、今の俺なら見切れない速さではない。

 瞬時に風の魔力を練り、半獣人娘の拳を避けてカウンター気味に放つ。彼女の身体が後方へ大きく吹き飛ぶが、空中で上手くバランスを整え着地される。さすが猫。

 敵や武器などを吹き飛ばす事を主体とした魔法なので瞬時に出せるが、この魔法自体にはほとんど威力がないのでダメージは期待できない。その代わり距離はあけることは出来た。

「よし、行くぞ」

 翼竜に跨り、半獣人娘が見失わない程度の高度で飛行する。どうやらちゃんと追ってきてくれているようだ。

 ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、すぐにリゼリィ達に追いついてしまう。

「おい、このままじゃ追いつかれるぞ」

 後ろからは半獣人娘が物凄いスピードで迫ってきている。黒犬は二人を振り落とさないように走っているせいであまり速度が出ていない。

「ならばそっちに一人乗せればいいだろう!」

 黒犬の意見ももっともだが、意識を失った人間を乗せつつ翼竜を制御するのは難しいし、こちらにリゼリィを乗せれば侍女が振り落とされてしまうかもしれない。

「まあなんだ、頑張ってくれ」

「貴様、後で覚えていろよ……」

 そんな事を言い争いながら衛兵が守る門を強行突破し、草原を目指す。問題はここからだ。

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