9 依存
「それで、何か具体的な策は思いついた?」
「何で二人して俺を見るんだよ……」
リゼリィとシスティエが期待に満ちた眼差しを向けてくるが、特にいい策が思いついたわけでもなかった。
この世界に関わると決めた以上、これからは少々危険が伴う事も覚悟しなければならない。
誰もが傷つかずに済むなんて甘い考えは持っていない。それでも、なるべく傷つく人が少なくなる様な方法を出来るだけ考えるというのが俺の主義だ。
「二人は何か思いついたのか?」
「ごめんなさい。私は何も……」
リゼリィは作戦を考えるには不向きなタイプだ。リゼリィの行動理念は第一に俺の事、次に俺が大事にしているものの事、それ以外はあまり興味がないといった感じなので、まず俺の安全を確保しようとする。
半獣人の娘やシスティエの事を気にかけているあたり、徐々に変わってはきているんだろうけど……自分の事は二の次にする傾向があるので、もう少し自分の事も大事にしてほしいものだ。
そんな訳で俺はシスティエを頼りにしていたのだが、その暗い表情を見る限り期待できそうになかった。
「第二王女であるアデリア様を救出できれば状況は変えられると思うんですが……その方法が思いつきません」
「そういえばなんでそのアデリア様だけ何もされてないんだ?」
「恐らく、年齢的にまだ幼いアデリア様なら御しやすいと思っているんでしょう。愛情からではないと思います」
システィエが不快そうに顔をしかめている。
「実質人質状態か……」
国の兵士達が黙ってヒカリに付き従っているのはそういう訳だ。
「はい。下手にヒカリに手を出せば、アデリア様がどうなるか分かりません。王の直系はもうアデリア様しか残っていませんから」
「あるいは、もう殺されてるかもしれないな」
「そんな!」
俺の言葉にシスティエが急に立ち上がり、声を荒げる。
「そういう可能性もあってだけだ。覚悟はしておいたほうがいい」
「……分かりました」
現状だと殺すメリットもほとんどないだろうから大丈夫だとは思うけど。ヒカリの場合そこまで考えているようには思えないし、ありえないとも言い切れない。
「でも逆に言えば、王女を救出さえすれば兵士達をヒカリから離反させる事が出来るかもしれないな」
「そうですね。それに戦争も回避できるかもしれません」
問題はどう救出するかどうかか。
「そのアデリア様は城の中に捕らわれているって事でいいのか?」
「その可能性が高いと思います。アデリア様の侍女が城に出入りしているのは確認済みです」
「じゃあ、その侍女に話を聞けば早いんじゃ?」
「護衛が同行してて近づけなかったんですよ。どうもあの半獣人の娘が王女様達の見張り役みたいですね」
そりゃそうか……。そんなに甘くないよな。
「まあ見張りをつけるってことは逃げられると困るって事でもある。王女が城にいると教えてくれているようなもんだ」
もし用済みなら別に見張りをつける意味はない。王女が城にいて、侍女が必要だから逃げないように、情報を漏らさないように見張りをつけたと考える方が自然だ。
「……よし、じゃあその二人を攫うってことでいいな」
「どうしてそんな結論になるんですか⁉」
「まずは標的の行動の把握、逃走経路の確認、移動手段、場所の下見、監禁する場所も必要かしら」
「しかも手馴れてる⁉」
驚愕の後に頭を抱え込んで、うぅーと唸り始めるシスティエ。
いやまあ、気持ちは分かるんだけどさ。自分でも真っ先に思いつく手が誘拐っていうのはどうかと思ってるんですよ?
「傷つけたり金を要求したりするのが目的じゃないし大丈夫だろ、多分」
「うぅ、確かにそうですが。他にいい手が思いついた訳でもないですし……。でも、あの子も相当強いですよ? 魔法が使えない分、身体能力が高いのが半獣人の特徴ですから」
俺もあのあの娘が大人しく捕まってくれると思っている訳ではない。
「そっちはついでだ。とりあえずはあの侍女から情報だけ引き出せればいい。まあこれは想定してる中で最悪の場合だけど」
「最良はどんな場合なの?」
リゼリィが首を傾げて問う。システィエも真剣な眼差しだ。
「まず、直接攫うのは侍女だけだ。それで追ってこなければ身を隠す時間は十分にあるから問題ない。追ってきた場合は戦闘になるかもしれないが、こちらの有利な状況に持ち込んでから戦える」
「そこだけ聞くと完全に悪役ね……」
否定出来ないので、そう呟いたリゼリィをスルーして説明を続ける。
「二人を捕縛出来ればこっちのもんだ。彼女を餌にヒカリを誘い出し、その間に城へ忍び込めたら最良かな」
「そんなに上手くいきますかね?」
システィエの疑問はもっともだ。さすがにそこまで上手くいくとは思っていない。
「ヒカリがどう出るかは分からないけど、あの子がそのまま俺達を追ってくる可能性は高い」
「自信があるのね。何か根拠があるの?」
「誰だって自分の失態なんか報告したくないだろ。心酔するほど好きなら尚更、な」
そういう奴が一番恐れるのは、依存している対象を失う事だ。
信頼を裏切りたくない。失望されて見捨てられたくない。真っ先にそういう事を考えるからこそ、自らの力で解決しようとする。自分の強さに自信があるなら、その確率は更に高くなる。
「……ねぇ悠誠。その、一つだけお願いがあるのだけど、いいかしら……?」
不意にリゼリィが言いづらそうに声を出す。
「ああ、分かってる。あの子を殺さないようにだろ?」
リゼリィがあの娘の身を案じ、そう言いだす事は予想していた。
「ええ。ありがとう」
リゼリィがほっとしたように胸を撫でおろす。
そんな俺達をシスティエがしげしげと見つめていることに気付く。
「ど、どうしたんだシスティエ? 何か変だったか?」
「いえ、二人の関係性が素敵だなーと思っただけですよ。心が通じ合ってるって感じがします!」
「まあ、今まで色々あったからな……」
ある意味、俺とリゼリィも互いに依存しあっているのかもしれない。
もしリゼリィを失えば俺はどうなってしまうのだろうか。逆に俺が死ぬことになったら、リゼリィはどうなってしまうのだろうかと何度も考えたことがある。
そして俺はそれがどんなに苦しいことか分かっていながら、あの半獣人の娘からヒカリという拠り所を奪う事になるかもしれない。俺がこれからやろうとしている事はそういう事なのだと、自分に言い聞かせる。
果たしてそれが正しい事なのかどうかなんて分からない。そしてそれがどんな結果になろうとも、逃げてはいけない。
「あ、あのーユウセイさん? ごめんなさい、私何か気に障る事でも言ったでしょうか?」
システィエが心配そうにおろおろとしている。どうやらいつの間にか表情が険しくなっていたようだ。
「何でもないよ。ちょっと下見がてら、町を回ってくる」
「じゃあ私も……」
ついてこようとするリゼリィを、その場に押しとどめる。
「いや、いい。リゼリィはシスティエと一緒に必要そうな物を準備しておいてくれないか?」
「……分かったわ。気を付けてね」
リゼリィが少し頬を膨らませ、渋々といった感じで引き下がる。
二人を宿屋に残して町へと出る。辺りは既に薄暗く、歩いている人もまばらだ。
城へ潜入するならやはり夜か。この国は夜に出歩く習慣はあまりないようで、夜中でも騒がしいのは酒場くらいのものだ。
今回も無事に帰れるだろうか。いくら慣れていても、戦う事に対して恐怖心がない訳ではない。
戦う事自体だけではなく、俺の選択によって何がか失われてしまうかもしれない事が、とても怖い。そう思うのは俺が臆病すぎるのだろうか。
こんな不安そうにしている所を、あの二人には絶対に見せたくなかった。もしかしたらリゼリィはそれを察して、大人しく引き下がったのかもしれない。
心を落ち着かせながら、じっくりと町を見ながら練り歩く。
「……絶対に無事に帰ってやるからな」
誰に聞かせるわけでもなく、そんな事を一人呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます