8 戦う理由

 教会には戻らず、そのまま町で宿を取る事にした。

 見ていて胸糞が悪くなる光景だったが、いくつか得られた情報もある。

 俺とリゼリィはシスティエと合流し、今後の方針を固めるべく話し合う事にした。

「大丈夫か?」

 水で満たされたカップを、ベッドに腰かけてうなだれているシスティエに差し出す。

「……ありがとうございます」

 システィエはしばらくカップの中の水をぼーっと見つめた後、それを一気に飲み干した。

 それ以降俺もリゼリィもシスティエも一言も話さず、なんとなく居心地の悪い静寂がこの部屋を支配していた。ただ時間だけがゆっくりと流れていく。

 うーん、こういう雰囲気はどうも苦手だ。とはいえ、何と声を掛けていいのか分からない。

「お二人共、何も聞かないんですね」

 今のうちに考えをまとめておこうと椅子に座ろうとすると、システィエの囁くような声が耳に入る。

「落ち着いてからでいいよ。話したくない事なら無理に聞く気もないし」

 システィエは胸に両手を当て大きく息を吸い込んだ後、ゆっくりと吐き出した。

「ごめんなさい。もう大丈夫です」

 その貼り付けたような笑顔は、とても大丈夫のようには見えない。

 リゼリィがそんな彼女の頭を優しく撫でる。

「リ、リゼリィさん? どうしたんですか?」

「ごめんなさい。嫌だったかしら」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……何というかその、恥ずかしいです……」

 いつの間にこんなに仲良くなったんだ。落ち込んでる女の子の頭を自然に撫でるとかイケメンかよ……。

 それよりも今まで全然意識してなかったが、よく考えたらこの広いとは言えない部屋に女の子二人と一緒か……気付いたとたんになんか緊張してきた。

 気を紛らわそうと今後どう動いていくか考えようとするが、こんな状況で上手く考えがまとまるはずもない。

「悠誠、どうしたの?」

「いや、何でもないよ。気にせず続けてくれ」

「続けちゃうんですか⁉」

 どうやらシスティエも少し落ち着いてきたようだ。先程の貼り付けたような笑顔は消え、自然な笑みがこぼれ始めた。

 システィエは姿勢を正して俺の方へ向き直る。

「ヒカリと私達の関係について、聞いてくれますか?」

「いいのか? 別に無理して話さなくてもいいんだぞ?」

 気にならないと言えば嘘になる。だが先程のヒカリとの会話や今まで何も言わなかったことから察するに、システィエにとって何か辛いことがあったんだろう。それを無理やり聞く気にはどうしてもならなかった。

「お二人には話しておくべきかと思ったんです。といっても、有益な情報があるわけでもないんですが」

「……分かった。聞かせてくれないか」

 システィエは深呼吸すると、ゆったりとした口調で語り始めた。

「私とアーネスト様、そしてヒカリの傍にいた二人の男は魔王を倒すために集められた仲間でした」

 あの二人の事はよく知らないが、どう考えてもロクな奴らじゃない事だけは確かだ。ヒカリを恐れて付き従っている風にも見えなかったし、むしろ楽しんでいた。

「私達四人は魔王を倒す本隊として、ヒカリを補佐するように命じられたんです」

「よくあんな奴ら使う気になったな」

「実力だけは確かです。あの老人は死霊魔法の使い手として名を馳せ、大男は過去何度も魔王軍と戦い、生き抜いてきた歴戦の猛者です。かつては彼らも英雄と呼ばれるほどの人物だったんですけどね」

 くそ、厄介だな。ヒカリだけでも面倒なのに、取り巻きまで強いとなるとそちらの対策も考えなければならない。

「もう一人いたわよね? 料理長じゃなくて、変わった形の耳をした女の子」

 ああ、そういえばいたな。他の奴らの印象が濃すぎてすっかり忘れていた。

「あの子は……かわいそうな子です。半獣人といって完全な獣人にも人にもなりきれず、人からも魔族からも忌み嫌われ、誰も寄り付かない辺境にひっそりと住む種族でした」

 俺が召喚された他の世界にも似たような種族はいたな。何度かモフモフさせてもらった事があるが、日本の動物とはまた違った感触が最高だった。

「ユウセイさん、なんか遠い目してませんか?」

「放っておいていいわ。続きを話してくれる?」

 どうやらリゼリィはその半獣人の娘の事が気にかかるようだった。

「嫌な話ですが、半獣人狩りというものがありまして。そういう趣味を持った貴族達が高いお金を出してこっそり奴隷を売買する為、半獣人を捕らえ生計を立てる狩人もいるくらいです」

「……やっぱりどこの世界でも変わらないわね」

 リゼリィが呆れた様に吐き捨てた。

「人と魔族の戦いによって彼女の故郷も戦火に巻き込まれ、戦争孤児となった彼女は狩人に捕まり、奴隷として売りに出されていました。それを買ったのがヒカリだったらしいんです」

 ここであれ? ヒカリいい奴なんじゃね? とか思ってはいけない。不良が捨て犬拾うと良いやつに見える理論だ。実際にそんな場面に出くわした事ないけど。

「そんな理由もあって、孤児になる原因を作った戦争を終わらせ、自分を救ってくれたヒカリの事を彼女は心酔していると聞きました」

 なんとなくリゼリィの境遇と似ている。ふとそんな事を思ってしまった。

 リゼリィもまた、世界から拒絶された存在だったからだ。

 リゼリィが俺の顔をじっと見つめてくる。俺と似たような事を考えているのかもしれない。

「あの市場で見たあの子は、そんな風には見えなかったけれど……」

「え? どういう事ですか?」

「ヒカリを見る目が痛ましい者を見るかのような……うまく表現できないのだけど、そんな表情をしていたの」

 そうだったか。ヒカリに注目していて全然気付かなかった。

 もし彼女がヒカリの行動に対し、何らかの疑念や嫌悪感を抱いているのだとしたら。

「あの子をこちら側へ引き込む事が出来たら有利になるかもしれないな。とはいえ、今の話を聞いた限りじゃ難しいかもしれないけど」

 もちろん説得に失敗すればこちらが危険に晒されるので、今は保留しておくのがいいだろう。

「彼女達はともかく、私とアーネスト様はヒカリとの間に信頼関係はありませんでしたけどねー」

「そんなのでよく魔王倒せたな……」

 実は弱かったんじゃないんだろうか、この世界の魔王。

「ヒカリがいなければ無理だったでしょうね。それが分かっていたから、私は彼を止めることが出来なかった……いえ、止めなかったんです」

 システィエが手にしているカップが少し震えている事に気付く。

「ヒカリが自分の力を過信して、生死を彷徨う大怪我をした事があったんです。その時私は、彼を見捨てるかどうか悩みました」

「……それでも助ける事にした、と」

「もしあの場でヒカリが死んでいたら、私達も滅んでいたかもしれませんね。結局の所、今の事態は私達の弱さが招いたことです」

 ヒカリがこの世界を救ったというのは紛れもない事実だ。システィエの選択は誰にも責められないだろう。

 だがその選択がヒカリという新たな脅威を生み出してしまった。その事を彼女は悔いているのだろう。

「実はさ、俺が異世界に召喚されるのって今回で五十七回目なんだ」

「急に話が変わりましたね……というか、五十七回って」

 おい、引くのやめろ。なんか悲しくなっちゃうだろうが。

「俺は慣れてるから異世界がどういう所なのかある程度知ってるけど、ヒカリにとっては違うんだろうな」

「どういうことですか?」

「ヒカリ……いや、召喚された奴の大半は他の世界の事なんてどうでもいいんだよ。この世界は俺達にとってあまりに現実離れしすぎているから、遊び感覚のやつがいてもおかしくない」

 それこそゲームの中の世界に入りこんでしまったかのように。何か問題が起こったら元の世界に帰ればいい、くらいに考えているのかもしれない。

 そんなあやふやな感覚のまま、自分の思い通りにできる立場と強さを手に入れてしまったらどうなるか。

「そんな……」

「お前が俺達の世界に召喚されて、急に『勇者様、この世界を救うために命を懸けて戦ってください』なんて言われたらどうだ?」

「言われてみれば確かに、何の冗談かと思いますね……」

「だろ? それが普通だ」

 まあこれはあくまで目的を持って召喚された場合に限る。転生だとか、別の要因で異世界に来たやつはまた別の話だ。

「それならお二人は、今までどうしてきたんですか?」

「自分が納得できなかったらその世界にはなるべく関わらない。その世界に干渉する時は、どういう結果になっても自分の責任だと覚悟を決めた時だけだ」

 自分の進む道がいつも正しいなんて思っていない。それでも、言えることがある。

「ヒカリは間違ってる。笑いながら平然と人を殺す事を許していいわけがない」

 自分の決意を確かめるように、真っすぐシスティエの顔を見据えて言い放つ。

「協力……してくれるんですか? ユウセイさん達には命を懸けてヒカリと戦う理由なんてないのに、それでいいんですか?」

「別にこの世界の為じゃない。自分の為だよ」

 これも本心だ。俺は困っている人全てに手を差し伸べるような善人ではない。

 システィエは難しい顔をしてしばらく考えた後、言った。

「……こんな事お願いできる立場じゃないのは分かってます。それでも……お願いします。ユウセイさん、リゼリィさん。どうか私達に力を貸してください」

「その代わりに二度と挑発するような真似はしないと約束しなさい」

「ご、ごめんなさい!」

 リゼリィさんが怖いよ……システィエが少し涙目になっている。何もしてない俺まで思わず謝りそうになってしまった。

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