7 末路
どうやら向こうもシスティエに気付いたようだ。豪華な装飾が施された鎧を身に着けた黒髪の少年が、金属音を響かせながら一人、システィエに近づいていく。
「よぉ、聖女様じゃないか。随分と久しぶりだなぁ」
奴のあざける様な表情を見れば、その言葉が決して再会を喜ぶものではない事くらい誰にでも分かる。
というか、聖女様とか聞いてないぞ。
「あなたがいると分かっていれば絶対に来なかったんですけどねー。勇者ヒカリ様?」
システィエも負けじとヒカリを睨み返す。
「つれない返事だなぁ、俺達は仲間だったじゃないか?」
「私の人生の中で最大の汚点です。やっぱり、あの時に殺しておくべきでした」
寝起き以外は少しおっとりとしたイメージのあったシスティエが、憎しみの対象を目の前にして感情を爆発させていた。俺達には決してそんな素振りは見せなかったが、
とはいえ、挑発してどうするんだ……危険すぎるだろ。殺されてもおかしくない。
「今のお前じゃ無理だもんなぁシスティエ。俺はもう、あの時みたいに弱くないからな」
ヒカリは意外にも怒る様子は見せず、ただ笑っているだけだった。
「そんな事よりアーネストの馬鹿が何処に逃げたか知らないか? お前も手配書は見たんだろ?」
「知りませんね」
システィエは余計な事は言わず、一言で否定する。
「お前もアーネストが憎いだろう。大事な親友を殺されたんだから」
「何言ってるんですか? 王女様を殺したのはあなたじゃないですか!」
「いやいや、俺は殺したりしてないぜ? ちょっと遊んでただけだし。獲物を横取りされてかなりむかついているくらいだ」
その言葉を聞き、システィエは拳を固く握りしめ、怒りに身を震わせていた。
「しっかし、アーネストも何でわざわざ殺したりしたんだろうな? 俺としては、あいつがアーネストを見捨てて逃げることに期待してたんだけど、さすがに予想外だったぜ」
止めに入るべきだろうか。あのまま二人が会話を続ければ、感情が高ぶったシスティエがぼろを出してしまうかもしれない。
むしろあの会話は、それを狙っているような気がする。
ヒカリは脱走の協力者がいると思っているはずだ。王女は攻撃魔法を使えなかったようだし、満身創痍だったアーネストが自力でゴーレムを倒して脱走するというのは無理がある。
アーネストと交友があり、治癒魔法が使えるシスティエを疑うのは当然だろう。
俺としてはシスティエに見張りがつかないのは妙だと思っていたのだが、こいつの性格を考えると、協力者を見つけ出す過程をただ楽しんでいるだけかもしれない。
仕方がない。怪しまれない程度に何か適当な騒ぎでも起こして中断させるか。
「悠誠、だめよ」
動き出そうとした俺をリゼリィが制する。
「いや、でもな……」
「あの子が言ったこと忘れたの? 貴方がどうしても止めるって言うのなら、私が行くわ」
そう言われると、さすがに
俺達がそんな事を話している間にも、システィエとヒカリの会話は続いていた。
「わざわざこんな所まで来るなんて、今度は何を企んでるんですか?」
「何って、市場に来たんだぜ。買い物以外にする事あるのかよ」
ヒカリは並んでいる店舗を一瞥すると、チッと舌打ちをした。
「相変わらずロクな物置いてねえな。おい、料理長」
ヒカリの声に奴が付き従わせていた内の一人、おびえた様子の気弱そうな男がヒッと悲鳴を上げる。
ヒカリが手招きし、その男を自分の傍に呼びつけた。
「お前、自分の料理が不味いのは自分のせいじゃなくて食材が悪い。そう言ったよな?」
「は、はい……。言いました」
料理長と呼ばれた男は気が気でないといった様子で、今にも倒れてしまいそうなくらい青ざめていく。
ヒカリが何をする気なのか予想できず、皆が
当のヒカリは満足そうにうんうんと頷いた後、身に着けていた剣を抜く。
「確かにお前の言う通りだ。こんな品揃えの悪い店、俺の国にはいらないな」
ヒカリの剣が彼の名を表すがごとく、眩い光を放ち始めた。
「ちょ、ちょっと! 何をするつもりですか!」
システィエの制止も空しく、矛先となった店に無情にも剣が振り払われる。
周囲に土煙が立ち上り、振動と共に轟音が鳴り響く。
「……どうなった?」
やがて土煙が晴れ、視界がはっきりとしてくる。
目を向けた先には、何もない。
かつて食料品店があったはずの場所は店の残骸すら残さず、跡形もなく消え去っていた。
「ははっ! これで質の悪い物を売りつける悪徳業者が一つ消えたわけだ。お前も嬉しいだろ? なぁ料理長?」
誰もが呆然とその光景を見つめる中、聞こえてくるのはヒカリと取り巻きの二人、屈強な男と老人の笑い声だけだ。
その時、群衆の中から不意に何かが飛び出した。
武器を持った男が三人、雄たけびを上げながらヒカリに向かって突撃していく。
「チッ、三人か」
ヒカリは不機嫌そうに舌打ちした後、目にも止まらぬ速さで動き始める。
男達の決死の攻撃は空を切り、ヒカリの素手によるカウンターを受けて、三人は一瞬の内に地に伏せた。
「ハハハ、どうやら儂の勝ちのようだな、ヒカリ」
屈強な男が豪快に笑いながら髭を撫でる。
「クソッ! 五人くらいは掛かると思ったんだけどなぁ」
ヒカリは悔しそうに金貨を一枚取り出し、屈強な男に放り投げた。
「よし、こいつらを拷問にかけろ」
「その役目は私めにお任せください。ヒカリ様」
不気味な老人が三人に向かって何かを唱え始める。
「あ、ああ……やめてくれえええ」
男達の絶叫が辺りに響き渡る。
「どうじゃ? 腐敗魔法の味は。早く吐かんと、どんどん肉が腐り落ちていくぞ?」
男達はすぐに音を上げ、反乱を企んでいた事を白状してしまう。
まさか反逆者を炙り出すために、煽る様な事ばかりしていたのか?
反逆者と手を組む事も選択肢の一つに入れていただけにやばかった。もし手を組んでいたら、俺達の情報も漏れていただろう。
それにしても反逆者を見つける為だけにわざわざこんな方法を取り、それを賭けの対象にしてるのだとしたら……タチが悪すぎる。
「反乱の計画に関わっている奴を全員言え。そうしたら、お前達とその家族は助けてやる」
「そ、それだけは出来ない……」
それを聞いて、ヒカリは何かを閃いたようにポンと手を叩く。
「よし、次はこいつらが仲間を売るかどうかで勝負だ。俺は売るほうに三枚賭ける」
「おいおい、そりゃあないだろう!」
ふと、佩いていた剣を抜こうとしている自分に気が付いた。
ここで戦ったとしてもヒカリとの力の差は歴然の上、邪魔な取り巻きまでいる。感情に任せて動けば、あの三人と同じ末路を辿ることになるだけだ。
何よりここが戦場になれば、戦闘経験のない無関係な人間も大勢巻き込むことになるだろう。それだけは避けたい。
やるなら周到な準備をした上で、こちらが有利な状況を作ってからだ。
頭では理解しているはずなのに、体は俺の意思に反して動き出そうとする。
……違う。今は戦うべきじゃない。
「行こう、リゼリィ。これ以上見ていても無駄だし、危険だ」
「いいの? 私は覚悟出来てるわよ?」
リゼリィは全てを察していると言わんばかりに、いつになく優しい微笑で俺を見つめてくる。
「システィエが堪えてるのに、俺達が手を出すわけにはいかないだろ」
「変わったわね悠誠。以前の貴方なら絶対に飛び出していたでしょう?」
「かもな……」
このままでは、あの三人は間違いなく殺される。そして彼らの軽率な行動のせいで、反乱を企んでいた者達が粛清されるのも時間の問題だ。
今ここで立ち向かっていける実力と勇気を持った人間こそが、本当に勇者と呼ばれるべき存在なんだろう。
今の俺にはそのどちらもない。だから、見捨てる。
「……殺してやる」
俺とリゼリィがこの場を離れようとした時、ぼそりと囁くように声が聞こえた。それが隣にいた少年の発したものだと気づくのに、数秒かかる。
俺より一回りも二回りも小さい少年は、身体を震わせながら短剣を両手で強く握りしめている。今にもヒカリに飛び掛かりそうな勢いだ。
「……やめとけ。そんなんじゃ、絶対に殺せない」
同じことをやろうとしていた自分の事は棚に上げて、少年に警告した。
結果は見えている。俺が行こうがこの少年が行こうが、現状は何も変えられない。
「そんな事、言われなくても分かってる。あいつは父さんを殺したんだ」
少年は零れ落ちる涙を拭いながら、俺を見上げる。
「でも、誰も助けてくれる人なんかいない! 僕がやるしかないんだ!」
「……それが分かってるんなら、尚更やめとけ。あいつを確実に倒せるぐらい、力をつけてからにしろ」
「う、うるさい!」
少年は俺に思い切り蹴りを入れ、逃走した。
「あ、あの野郎……リゼリィ、いいから。追わなくていいから!」
少年を追おうとしているリゼリィを押しとどめ、拷問が続く市場を後にする。
「悪い、リゼリィ。今回も危ない橋を渡ることになりそうだ」
「そう……貴方が決めたのなら、私はそれを全力で支えるだけよ」
俺は振り返り、しっかりとヒカリの姿を自分の目に焼き付けた。
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