6 邂逅

「悠誠、そっちに行ったわ!」

 後ろを振り向くと、灰色の毛並みをした狼のような魔物が二匹、猛スピードでこちらへ突進してきた。

 一匹は正面から、もう一匹は俺の背後に回り込んで飛びかかってくる。

 明らかに人を襲う事に慣れている、連携された動きだ。

 俺は左手の盾で、正面から鋭い爪を出しながら飛びかかってくる魔物を思いきり払いのけ、振り向きざまに右手の剣でもう一方の魔物を薙ぎ払う。

 息をつく暇もなく、上空から青い鳥型の魔物が俺に向けて、攻撃魔法を発動しようとしているのが見えた。

 やばい。避けきれない。

 氷の攻撃魔法が放たれる直前、鳥型の魔物にリゼリィが生成した黒い槍が突き刺さる。狙いが逸れた氷の矢が俺の頬を掠め、地面に深く突き刺さった。

「あ、あぶねぇ……」

「ごめんなさい。そっちに逃がしちゃって……怪我はない?」

「大丈夫だ、助かったよ」

 分が悪いと見たか、残り少なくなった魔物達が逃走を始める。これでしばらくは村を襲ったりしないだろう。

 アーネストと別れてから俺達は、傭兵として魔物退治を請け負っていた。

 今回は繁殖期になると餌を求めて近隣の村を襲う、森に住む魔物の駆除という依頼だ。

 まずは情報を集めて戦力を整える。傭兵稼業は戦争の噂があるこの国で、怪しまれることなく動くには都合がいい。  

 金が集まったらこちらも傭兵を雇ってみてもいいかもしれない。信用できる人物を探すのも目的の一つであり、この仕事は今の俺達にとって最適と言えるだろう。

「こっちも終わってたか。たった二人でこれだけの数を仕留めるとは大したもんだ」

 大剣を持ったガタイのいい男が散乱した魔物の死体を見て感心している。

「いやぁ、俺達なんてまだまだですよ」

「まあ、確かに最後は締まらなかったみてぇだけどな」

 男はニヤリと笑いながら俺の肩をポンと叩く。くそぅ、見られてたのかよ……。

「と、とにかく仕事紹介してくれて助かりました。ありがとうございます」

 大剣の男は六人組の傭兵団のリーダーであり、小規模だがかなりの手練れ揃いのようだ。

「腕が立つ奴らで俺達も助かったぜ。この国にはまだ留まるつもりだから、縁があったらまたよろしくな」

「ということは、やはり戦争の話を聞いて?」

「ああ、俺達傭兵にとっちゃ稼ぎ時だ。まあ、それも魔王復活の噂で怪しくなってきたがな」

 そんなことを言った割には、あまり残念そうな表情では無い所を見ると、本心から戦争を望んでるわけではないんだろう。

 一応俺達が流した噂の効果は出ているようだ。反乱も起きていないし、ザムザーラが攻めてくる様子も今のところなさそうだった。

 表面上は平和を保っているように見える。とはいえ、問題が起きていないわけではない。今回の依頼だって元々は国側で処理していたことだったらしい。

 当然といえば当然だが、ヒカリが王になってからこの国はまともに機能していないようだ。政治家が転移者というのならともかく、おそらく元々は一般人のヒカリが国なんか統治できるわけがない。

「それでは俺達はこれで失礼します」

 仕事を紹介してもらう代わりに、倒した魔物の毛皮や肉は全て譲るというのが今回の契約だった。

「ああ、気ぃ付けろよ。今のこの国は危ねぇぞ」

「はい、そちらもお気を付けて」

 傭兵達と別れた後、報酬を受け取りに魔物退治を依頼された村を目指し、森を抜けて草原を歩く。

 日本ではなかなかお目にかかれない、どこまでも続く緑はどこか幻想的で、吹き抜ける風が運んでくる草の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。先ほどまでいた薄暗い森とは対照的に、果てしなく広がる青い空は心を晴れやかにしてくれた。

 これでちょくちょく襲いかかってくる魔物がいなければ最高なんだけどな。

「さて、この後はどうするか。……どうしたリゼリィ? お腹でも減ったのか?」

 リゼリィがなにやら難しい顔をして考え込んでいた。

「え? ええ、何でもないわ。早く行きましょう」

「無理に言えとは言わないけど、言いたいことがあるなら言っていいんだぞ?」

 リゼリィは少しだけ悩むような仕草を見せたが、やがて意を決したように口を開く。

「やっぱりヒカリを殺すつもりなの?」

「……場合によっては、そうなるかもしれないな」

 もちろん、そういう事態にならないような手も一応考えてはいる。送還魔法をかけて強制的に帰還させちゃうとか。

 この方法の欠点は相応の準備がいる事と、詠唱完了まで魔法の射程距離内に相手を留めておかないといけないことか。あまり現実的ではないな。

「お前はヒカリを殺すことには反対なのか?」

「ヒカリ自体は別にどうでもいいわ」

 そこまできっぱりとした口調で言われるとなんかかわいそうだな……。

「ただ、私達がやるべき事じゃないと思うの。結局はこの国の自業自得じゃないかしら?」

 リゼリィの言ってることはよく分かる。召喚なんてものに頼らなければそもそもこんな事態は起こらなかった。召喚した後も、恐らくヒカリの性格を把握していながら利用していたのだろう。

 今のヒカリを作り上げたのは、間違いなくこの世界のせいだ。

 どんなに辛くて厳しい戦いだろうと、そしてその結果がどうなろうと、この世界の人間が解決すべきだった。

 俺達はこの世界が言う『勇者』なんて都合のいい存在では、決してないからだ。

 戦う事に怯える者。力を持ち増長する者。気が狂う者。役割の重さに逃げ出す者もいれば、勇気を持って立ち上がっても志半ばで力尽きた者もいた。

 俺は今まで渡ってきた世界で、そういった転移者を何人も知っている。

 その大半が今まで普通の生活をしてきた、元々は特別な力など何も持っていないただの人間だった。

 今この国を俺が助けてしまったら、これから先も世界の危機が訪れるたびに召喚が繰り返される気がする。

 そういう意味では、もしかしたらヒカリはこの世界にとっていい薬なのかもしれない。

「リゼリィはどうしたいんだ?」

「私は貴方が無茶をしないなら何でもいい。出来ればなるべく安全に帰れる方法を探したいけれど」

「そうなるとかなりの時間が必要だからな……」

 協力者が確保できないとなると、送還魔法に必要なマナを集めるのに相当な年月がかかってしまう。

「報酬を受け取ったら町に行ってみないか? システィエに案内してもらおう」

「ヒカリと接触するつもり?」

「出来ればな。もし説得できるようなら、それに越したことはない。いきなり近づいたりしないから安心しろって」

 今までは避けてきたが、やはり自分の目でどんな人物なのか確かめなければならないだろう。

「噂通りなら期待できそうにないけどね」

 リゼリィは肩をすくめて歩き始めた。

 

 俺達はシスティエに案内を頼み、城下町を探索し始める。

 システィエは割と顔が利くらしい。衛兵に怪しまれずに町を自由に出入りできるのもそのおかげだ。

 異世界人だとばれる可能性があるので、町の中心に来てからは深めの帽子を被って口元を布で隠している。我ながら超怪しい。

 そびえたつ城は遠目から見ても存在感を放っていたが、間近に来るとやはり迫力が違う。もしあそこを攻めるとなると骨が折れそうだ。

 城下町だけあって人口は多い。市場を通ると活気のある声が響き、色んな食べ物が入り混じった匂いがする。

 市場にごったがえしている人々の表情は何かに怯えてるような、どこか暗い印象を感じさせた。活気があるというより空元気からげんきと表現したほうが的確かもしれない。

「お、あそこの壁にアーネストの手配書が張ってあるぞ!」

「なんでちょっと嬉しそうなのよ……」

 システィエによると羊皮紙に書かれていたのは、アーネストの似顔絵と罪状、そして賞金らしい。似顔絵が結構上手くてつい目がいってしまった。

「罪状は反逆罪と第一王女様殺害の罪ですね。……聞いた話ですが、見るも無残な殺され方でヒカリが激怒していたとか」

 ……すっかり言いそびれてたけど、それ俺達のせいじゃないか? 今は余計な事は言わない方がよさそうだ。

「そ、そういえばアーネストと第一王女は何で殺されずに牢屋に入れられてたんだ?」

 とりあえず全力で話を逸らす事にした。

「うーん、私も詳しい事はよく分からないんですけどね。この話は絶対に内密にして欲しいんですが」

 システィエは俺に近づき、ぼそっと耳元で囁いた。

「実は第一王女様は、アーネスト様の事が好きだったんですよー。もちろん、叶わぬ恋でしたけど」

 な、なんだってー! って驚く事の程でもないな。よくある話だ。

「問題はヒカリの方なんですが……性格が自分の姉によく似ている、と話していたことがありました」

 それ、ホームシックにかかってるんじゃないか? もしそうだとしたら、説得できる可能性も出てくるんだが。

「で、姉に似ている王女をどうしても自分の物にしたかったって所か?」

 だが、その後に返ってきた言葉は俺の想像をはるかに超えたものだった。

「いえ、大嫌いな姉に似ている気丈な王女様を、心の底から屈服させたいとか周りの人間に漏らしていたそうです」

 俺とリゼリィは開いた口が塞がらず、呆然と顔を見合わせた。

「じゃあもしかして、アーネストがあんなに傷だらけだったのって……」

「王女の好意を知った上で、目の前で拷問して楽しんでいたって所かしら」

「私も聞いた話なので、本当かどうかはわかりませんけどね。間違いなく言えるのは、ヒカリはそういう事を平気でやる人間です」

 辻褄は合ってきた気がする。目の前で好きな人を殺されそうになったら、どんな手を使ってでも助けたいと思うはずだ。枷がなかったのは、自分の力じゃどうにもならない事を思い知らせる為か?

「というかシスティエは、ヒカリに会った事があるのか? さっきの口ぶりだとそんな感じだったけど」

「はい、それは……っ! どうしてあいつがこんな所に!」

 混雑していた人々はいつの間にか消えており、あれだけ騒がしかった声も不気味な程静まり返っていた。

 システィエの視線の先にいたのは、五人組の集団だ。

 傭兵風の屈強な男、魔術師風の気味が悪い老人、猫のような耳をしている女の子、おびえた様子の若い男。

 その中で一際異彩を放つ、黒髪の小柄な少年に嫌でも目が向いてしまう。

 身長は百六十センチくらいだろうか。他人を見下すような目つきと、にやついた表情を隠そうともしていない。

 あれがヒカリと見てまず間違いないだろう。

「二人共、少し離れておいてくれますか?」

「システィエ、お前は?」

「私は大丈夫です。ただ、何があっても手は出さないでくださいね」

 それは大丈夫じゃないだろうと言おうとしたが、システィエから有無を言わさぬ迫力を感じる。

 仕方がないのでそれ以上は何も言わずに、遠巻きに様子を伺っている人達の中に紛れる事にした。


 

 

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