5 強さの理由

 しばらく経ち、身を清め終えた俺達は食卓に案内される。

 白くゆったりとしたローブに着替えたシスティエが料理を次々に運んでくると、食欲をそそるいい香りが周りに立ち込めた。

「お口に合うかわかりませんけど……宜しければどうぞ!」

 一生懸命作りました! と言わんばかりの料理を目の前に、俺は覚悟を決める。

 謎の豆と謎の卵と謎の肉が入ったスープ。見たことのない野菜と共に盛られ、色鮮やかなソースを掛けられた謎のステーキ。何かの穀物から作られたであろうパンのような物。何かの果実を絞ったと思われる甘い香りの透き通ったジュース。

 とりあえず見た目と香りはかなりいいし、美味しそうではある。虫や魔物の姿焼きとかだったら泣いてた。

 後は食材さえ気にしなければ問題なく食べられそうなので、ほっと胸をなでおろす。そもそもせっかく作ってくれた料理に対して「これ、何の食材ですか?」などと失礼極まりない事を聞けるわけがない。こんな事考えてる時点で超失礼。

 見た目という第一関門はクリアした。問題は味か。

 食文化なんて日本国内ですら地域によって異なるくらいだ。未知の食材を使う異世界の料理が俺に合うかどうかなんて食べてみるまで分からない、いわばロシアンルーレット(大げさ)のような物だ。

「どうした? 食べないのか? 毒なんて入ってないぞ」

 そんな俺の様子を妙だと思ったのか、アーネストが怪訝けげんそうな表情で俺を見つめていた。どれだけうたぐぶかい性格だと思われてるんだろうか……。と思ったが、今までの自分の言動をかえりみると仕方がないな、うん。

 この性格も異世界を旅する間に身に付いた、悪い癖である事は自覚している。だがそれくらい慎重でなければ、今こうして生きている事もなかっただろう。

「美味しそうだからどれから食べたらいいものか、悩んでるだけだよ」

 ちなみにリゼリィはそんな事を全く気にせず、がつがつと食べている。あのたくましさは見習うべきか……。

 リゼリィを見習い、意を決してステーキを食べやすいサイズに切って口へ運ぶ。濃厚なソースが肉を引き立て、絶妙な味を生み出していた。

「……おいしいです」

「それならよかったです! ……でも、なんでそんな複雑そうな顔してるんですか?」

「気にしなくていいわ。いつもの事だから」

 リゼリィは空になったスープ皿を差し出し、おかわりを要求していた。


「——そういう事でしたか。ユウセイ様、リゼリィ様。アーネスト様を助けていただき本当にありがとうございました」

 食事を終え、一息ついた所で俺が今までの経緯けいいを説明すると、システィエがぺこりと頭を下げた。

「いや、ほとんど成り行きみたいなものだったし。出来れば様付けはやめてくれると嬉しいな」

 庶民の俺は様付けされるとむずがゆくなる。まだ何かを解決した訳でもないし。

「まずするべき事は情報の整理、そしてどう動くかだな。システィエ、私が捕らえられている間に何か大きな動きはあったか?」

「はい、実は……色々とまずい状況になっているんです」

 システィエはうーん、とうなりながら説明し始めた。

「まずは、ザムザーラ……第一王女様がとつぐ予定だった国ですね。そこがこの国に宣戦布告してきました」

「元々ザムザーラとは仲が悪くてな。魔王という共通の敵がなくなった以上、同盟関係を保つ必要がない」

 アーネストが俺達にも分かりやすいように補足してくれた。

「要するに政略結婚だったわけか。戦争するいい口実こうじつを与えちゃった訳だ」

「ああ。だが今というのは妙だな……軍事大国とはいえ、ヒカリをそう簡単に倒せるとは思えないし、こちらと同様に魔王との闘いで相当疲弊しているはずだが」

 なんか予想以上に面倒な話になってきたな……。ヒカリを倒してはい終わり、という訳にもいかなそうだ。

「唯一の救いはヒカリがいる以上、安易には攻めて来れないだろうということだな。だが、それもいつまで持つかわからん」

 まあ仮にも勇者と呼ばれるくらいだ。魔王を倒せる程の奴を敵に回すとなると、慎重にもなるだろう。

 ヒカリは人望なさそうだし、国としてまとまりが欠けているタイミングで攻めるのは悪くない手かもしれない。

「問題はそれだけじゃないんです。ヒカリを危険視する貴族達が、反乱の為の兵を集めているという情報があるんです」

「何だと⁉」

 ……なんかどんどん話が穏やかじゃない方向に向かっている気がする。嫌な予感しかしない。

「もし反乱が起きれば、それに乗じて攻めてくる可能性が高いわね。邪魔なヒカリを排除するにはまたとない好機だもの」

「まずは戦争の回避が最優先だな。と言っても、その件については力になれそうもないんだけど」

 さすがに部外者が口を出してどうにか出来る問題じゃなさそうだ。

「となると、どうにか第二王女様を奪還しないとですねー。私達が和睦交渉わぼくこうしょうに行った所で話を聞いてもらえるとは思えませんし」

 大した情報もなく戦力も少ない今の状況を考えると、第二王女を奪還するのは現実的ではない。だが、確かに王族ではない俺達では謁見えっけんすら難しいだろう。

「結局問題はヒカリなんだよな。ならとりあえず時間を稼ごう」

「何か策があるのか?」

 そんな期待する目で見られても困るな……。

「共通の敵がいなくなったのなら、もう一度作ってやればいい。魔王が生きていて、再起を図っているという噂を流すだけだ」

 魔王が生きているとなればヒカリの力が必要になる。例え根も葉もない噂だとしても、その危険性があるならどちらも簡単には動けなくなるだろう。

「確かに、それなら時間は稼げるかもしれないな……。ザムザーラには私が行くとしよう。この国に留まるのは危険だしな」

「ああ、頼む。俺達はこっちで噂を広めつつ、ヒカリを何とかする方法を考えてみる」

 ヒカリは俺達が召喚されたことを知らないはずだ。アーネストと一緒にいる所を見られない限り、安全だろう。

「私は夜が明ける前に出発するとしよう。システィエ、二人を頼む」

「はい。傷が完全に癒えたわけではないので、アーネスト様も無茶はしないでくださいね」

 ——本当にこれで大丈夫なのか? 何かを見落としてないだろうか。

「ユウセイ、少し確認しておきたい事があるのだが」

 そんな俺の思考はアーネストの声によって打ち切られた。

「何だ?」

「もしユウセイとヒカリが一対一で戦うことになったとしたら、勝算はあるか?」

「ないな」

「……即答するのか」

 戦闘技術や魔法には割と自信がある。それでもヒカリに勝てないだろうと断言するのには、理由がある。

「ヒカリは魔王のマナも取り込んでるはずだ。今の俺が正攻法で戦っても勝ち目がないと思う」

「え? でもそんな事をすれば、マナがうまく制御できなくなりますよ?」

 システィエの言う通り、他者のマナを過剰に取り込めば自身のマナが制御できなくなり、身体や精神に大きく異常をきたす。

 俺も詳しくは知らないのだが、他者のマナを異物だと判断した自身のマナが防御反応を取るためだと聞いたことがある。発熱の仕組みと似ているかもしれない。

 だがそれは、あくまでマナが肉体や精神と密接な関係にある異世界人の話だ。

 ちなみに魔法が使えない者でも、マナを操作して自身の身体能力を強化したりする事が可能らしい。か細い女の子が大剣や斧を自由自在に振り回したり、クソ重いプレートメイルを着た戦士や騎士が常人離れした動きをすることが出来るのは、その為だ。

「この世界の生物は自身でマナを生み出す事が出来るのか?」

「はい、生み出すマナの量に個人差はありますけどね。ですが、他の生物のマナを取り込むというのは聞いた事がありません」

「俺達は逆なんだ。自らの力でマナを生み出せないから、別の方法でしかマナを確保するしかない。例えばマナを含んだ物質から直接引き出したり、食べる事で取り込んだり……他の生物から奪ったり。他にもいろいろ方法はあるけどな」

 異世界人と違い、身体を休めてもマナを回復できないのは大きな欠点だ。宿屋で一泊すれば全快してくれればいいのに。

 その反面、俺達の方が優れている所もある。

「俺達地球人は、姿形すがたかたちこそ似ているけど、この世界の人間とは全く別種の生物だと思ってくれていい。元々マナを持たない生物だから、他者から取り込んでも影響が出ないんだ」

「なんかそれ、ずるいです!」

 システィエが頬を膨らませて俺を睨む。え? 俺が悪いの?

「ま、まあ生物からマナを取り込もうと思ったら、本人から同意を得て受け渡してもらうか、殺して霧散したマナを奪い取る必要がある。これはこれで面倒なんだよ」

 この世界の生物が常時水が湧き出ている泉だとしたら、俺達の世界の人間はプールみたいなものだろうか。

 泉からは水が湧き出るが、外部から汚染されると死に絶えるのが異世界人。プールは外部から水を入れる必要があるものの、どれだけ汚染されようと問題なくその水を使用できるのが地球人。

 ……という説明を以前他の人にした所、例え話が下手で分かりにくいとクレームを受けた。悔しいのでもっといい例えを考えておこう。

「そういえばもう一つ気になっていたことがあるのだが……リゼリィは吸血鬼なのか?」

「……あ」

 そういえば地下水路を脱出した後、つい口走ってしまったような。

「き、聞き間違いだろ。リゼリィは俺と同じ種族だよ」

「すまない、そういうつもりじゃないんだ。ただこの世界では魔族として見られるかもしれないから、注意しておいた方がいいかもしれない」

「……ああ。分かった」

 迂闊だった。どうやらこの世界にも吸血鬼と呼ばれる存在がいるようだし、今後は気を付けよう。

 しかしその話を聞いて、何故か顔が明るくなった者がいた。システィエだ。

「え? リゼリィさん吸血鬼なんですか⁉ 初めて見ました!」

「ちょっと、何でべたべた触ってくるのかしら?」

 そこに食いつくのか……。むしろ反対の立場じゃないのか?

 システィエが物珍しそうにリゼリィの体に触れ、じゃれあっているのを見て、アーネストが深いため息をつきながら言った。

「まあこういう娘なんだ、気にしないでくれ。……では、そろそろ出発する」

「ああ、気を付けて行けよ」

 アーネストを見送り、気が抜けた瞬間に疲労がどっと押し寄せる。

「あ、すみません。寝台が一つしかなくて」

「ああ、気にしないでくれ。ここを借りるよ」

 ソファーを借りて横たわると、すぐに睡魔が襲ってきた。思ったより疲れていたようだ。

「リゼリィさんはどうします? 一緒に寝ます?」

「遠慮しておくわ」

 何で警戒するどころか懐いてるんだろうと思いつつ、すぐに俺の意識は遠のいていき、深い眠りに落ちていった——。





 

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