4 騎士の誇りと恥

「あそこだ。あそこから町に出られる」

 アーネストに先導され、ようやく薄暗い場所から抜け出す事が出来た。と思ったのが空は暗く、町は静まり返っていた。辺りに人の気配はないようだ。

「夜だったのね。日の光が恋しいわ」

「吸血鬼にあるまじき台詞だろ、それ……」

 まあ、日光が弱点っていうのも元々創作から広がった話らしいけど。どこかの世界にはそういう吸血鬼も多分、いるんだろう。

 とりあえず、脱走するのには好都合であることは確かだ。

「あまりここに留まるのは危険だ。君達の存在が知れれば厄介なことになる」

「そうだなぁ。この恰好じゃ異世界人だってばればれだし」

 俺は上下ジャージ、リゼリィはTシャツにジーンズという全くファンタジーじゃない服装なので、名前からして日本人な勇者ヒカリに見られるのは避けたい。警戒心を持たれると面倒な事になりそうだ。

「手助けしてくれそうな人物に心当たりがある。ひとまずそこへ行こう」

「うーん……」

「どうしたんだ? 何を悩んでいる?」

「あんたの話を信用すべきかどうか、悩んでる」

 まだ疑問は残っているが、別にアーネストの話に不審な点があったわけではない。

 ヒカリ側にも言い分はあるだろうし、そちらの話を聞いてみたいというのが本音だ。しかし相手が魔王と呼ばれる者を倒すほどの実力者なら、不用意に近づくのは危険すぎる。

 全くそんなつもりはないが、受け取り方によってはヒカリ側を擁護ようごしているようにも聞こえる俺の言葉に、アーネストが怒る気配はない。むしろ感心するかのような素振りを見せる。

「なるほど。君はヒカリとは全く違うようだ。異世界人とはあのような者ばかりではないのだな」

 そんなのを基準にされると困るんですけど……。

「だがこの国の貨幣もないし、他に頼りにできそうな知り合いもいないんだろう? 命の恩人を騙したりしないさ」

 ぐぬぅ、痛いところを突かれた!

「でも、あんたも俺達の事なんか信用してないだろ?」

「……気付いていたのか」

「さっきの話の中で私達を信用出来る要素が何一つないものね……」

 リゼリィの言う通り、仮に俺がアーネストの立場ならまず信用しないだろう。

「確かにその通りだ。私は異世界人という者達の事は全く信用していない」

「だろうな」

「だが、君達は違う。助けてもらった事や、異世界人という立場など関係ない。君達なら信用できると、今確信した」

 アーネストは目を逸らさず、真っ直ぐ俺の顔を見据えている。何を根拠に確信したのか俺には分からなかったが、嘘をついているようには見えなかった。

「身勝手な話だということは承知の上で頼む。この国……いや、この世界を救う為に、力を貸してもらえないだろうか?」

 助けて欲しい、ではなく力を貸してほしいと。アーネストは深々と頭を下げながらそう言った。

 多分、意識して言葉を選んだ訳ではないと思う。だが俺にとっては、その言葉こそが信じてみてもいいんじゃないかという根拠の一つになった。

「俺に何が出来るかまだ分からないけど、出来るだけやってみるか。ただし、一つだけ条件がある」

 アーネストがお辞儀の態勢をしたまま頭だけを上げ、こちらを見る。

「俺達が無事に元の世界に戻れるよう、協力して欲しい」

 俺もアーネストに習い、深々と頭を下げる。

「当然だ。このアーネスト、騎士としての誇りにかけて、必ず君達を無事に帰す」

 俺とアーネストは互いに手を差し出しあい、固い握手を交わす。

「そうと決まれば早く行きましょう。アーネスト、貴方かなり無理してるでしょう?」

「そんな事は……ない」

「倒れそうになりながら言っても説得力ないぞ?」

 傷だらけの肉体が限界に近いのは誰が見ても明らかだった。そんな素振りは見せないが、精神的にもかなり参っているだろう。まあ時間を取らせたのは俺なのだが。

「……仕方ないわね」

 リゼリィがアーネストにさっと近づき、抱き上げる。いわゆる逆お姫様だっこというやつである。

「お、おい! 何をしている!」

 アーネストが小声で抗議している。

「大声出すなよ? 気付かれたらまずいからな」

「そう思うなら降ろせ!」

「ちょっと暴れないで。持ちにくいわ」

 俺はリゼリィの腕の中でもがくアーネストを落ち着かせてやることにした。

「安心しろ、俺も一度やられた事がある」

「そういう問題ではない! 騎士としての恥だ!」

 どうやら羞恥心というものは異世界でも共通のようだ。勉強になる。


「——システィエ、私だ。アーネストだ」

 人目を避け、辿り着いたのは町のはずれにある小さな教会堂だった。ちなみにアーネストがどうしても暴れるので、結局俺が背負ってここまで来る羽目になった。

 先程からアーネストが何度も扉を叩いているが、中から返事はない。

「留守なんじゃないのか?」

「いや、ただ寝起きが最悪なだけだ」

 若干イライラしつつも、アーネストは何故か自信ありげに断言する。

「おい、システィ——ぐわあぁ!」

 再度扉を叩こうとした瞬間、恐らく鉄で作られたであろう扉が勢いよく開かれ、アーネストに直撃する。死んでないだろうな……。

「全く! どこの誰だか知りませんが、懺悔ざんげなら明日に……って、アーネスト様⁉ それに、あなた達は?」

「思いっきり名乗ってたけどな。とりあえず、この人を手当てしてあげて欲しいんだけど」

 目の前に現れたのは少し背が低めの、美人というよりは可愛らしいといった表現が似合う、栗色の髪をした女の子だった。地球で言うところのネグリジェのような服に身を包んだ彼女は肌の露出が多く、少々目のやり場に困る。見るけど。

「と、とりあえず中へ! アーネスト様を運んでいただけますか?」

 言われるがまま気絶しているアーネストを運び、ソファーに寝かせる。

「えーと、ここって教会で合ってるんだよな? なんか物凄く普通の家っぽいんだけど……」

 座り心地の良さそうなソファーにテーブル、質素な照明に観葉植物。奥をよく見れば、キッチンもあるようだ。ステンドグラスの窓がかろうじて教会らしさを保っている。

「いえ、自宅ですよ。古くなった教会を私が買い取って、改装したんです」

 そう答えながら彼女はアーネストの前に両手をかざし、目を閉じる。

 彼女の両手から放たれた淡い光がアーネストの体を包み込み、癒しているように見えた。

「治癒魔法ね。かなりの使い手みたい」

 リゼリィが感心しながらうなずいている。

 生物だけではなく、世に存在する全ての物がそれぞれマナを持ち、魔力を生成する。その魔力を具現化したり、性質を持たせたりするのが魔法と呼ばれる。

 魔力を炎や水に変換したり、剣や槍など武器の形状に変化させたり多様な性質を持たせ、様々な現象を利用し具現化するのが攻撃魔法。

 治癒や強化、弱体や肉体の活性化などの性質を持たせ、魔力を物質や他者に取り込めるように変化させるのが治癒魔法や補助魔法。転移魔法もこれに近い。

 生物は生まれつき独自のマナを持つ為、通常の場合は他者のマナや魔力を取り込むことは劇毒を飲むようなものだ。例外はあるが、自身と他者のマナの反発が起こった場合は最悪の場合死に至る可能性すらある。

 治癒魔法や補助魔法は自身に掛ける場合と、他者に掛ける場合とでは難易度が大きく異なる。少し間違えば、他者を癒すどころか殺してしまうことだってあるのだ。

 はたから見ているといとも容易く治療しているように見えるが、実際はシビアな魔法だと言えるだろう。それをこの女の子は、あっさりと使いこなしていた。

「はい、もう大丈夫ですよ」

「うぅ、ひどい目に合った……。だが、感謝する」

 目を覚ましたアーネストはまだ少しクラクラするのか、頭を押さえている。

「王女様と共に捕らえられたと聞いていましたが、何故ここに? それと、そちらの方々は?」

「ユウセイとリゼリィ。王女様に召喚され、私を助けてくれた恩人だ」

「という事は、異世界の方々……ですか。システィエと申します」

 一瞬俺達を警戒するような目つきを見せたが、すぐに消える。代わりに、それを隠すかのように人懐っこい笑顔が表れた。まあ当然の反応と言えるだろう。

「よく見ると皆様お疲れのようですね。お風呂と食事の支度をしますので、詳しい話を聞くのはその後にしましょう」

 おお、風呂があるのか。素直に嬉しい。ただ、食事に関しては少し怖い。お腹は減っているのだが、日本の常識じゃ考えられない物が出てくる事が多々あるからだ。

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