3 勇者ヒカリ
「なるほど。無理やり出ようとするとこうなる訳だ」
牢屋を脱出した俺達の目の前で、ただの瓦礫だと思っていた物が一瞬で組みあがり、立ち塞がる。
「ゴーレムか……面倒な物用意してくれるわね」
百七十センチある俺の二倍はありそうな
かたや俺は上下ジャージ姿の丸腰だった。さすがに素手では戦力にならない。
地球の武器は魔力を通さない為、異世界に持ってきてもあまり意味がない。常に持ち歩いてると普通に捕まるし。
なので、俺にできる事はまず敵の分析だ。
「材質は石、金属か? 術者が近くにいないから自律型。複雑な攻撃はしてこないと思うけど、油断は禁物だな」
「額に魔文字がないし、魔石や呪符を核としたタイプかしら。動きもそんなに早くなさそうね」
一口にゴーレムと言っても、世界によって色々差異があったりする。割と発想は似通っているのか、特徴は大体同じ事が多い。結局は人間が作り出したものだということだろうか。
リゼリィはゴーレムの攻撃を斧で相殺しつつ胴体を狙っているが、やはり正面は頑丈に出来ているようだ。
「俺が引きつけるから、お前は背後に回って全力で攻撃しろ」
俺の台詞にリゼリィは不安そうな眼差しを向ける。
「大丈夫なの? 今の貴方はマナも武器もないのよ?」
「まあ、避ける事だけに集中すればなんとかなるだろ」
見た感じ、敵と認識した者の動きや音に反応するだけの単調な動きだ。殴られたら即死しそうだけど。
「……分かった。無茶はしないでね」
俺は無言で頷き、ゴーレムの攻撃範囲ぎりぎりまで近づいてから挑発する。
「おい、こっちだ!」
足元に落ちている瓦礫を投げつけ、引きつける。それだけで十分だった。
ゴーレムが俺を目がけて巨大な腕を突き出す。俺が後ろに軽く跳躍しそれを避ける間に、リゼリィが素早く回り込んでゴーレムの背後から全力で斧を振り下ろす。
リゼリィの強力な一撃で核が破壊されたのか、ゴーレムが大きな音を立てて崩れ去った。
「リゼリィ、大丈夫か?」
「問題ないわ。次出たらさすがにきついけどね」
「さっさと逃げるか。ゴーレムを破壊したのも気付かれたかもしれないし」
俺達が手分けして出口を探すため走り出そうとした時、どこからか声が聞こえてくる。
「お……い、お前達は……何、者だ……?」
声のする独房の方に近づくと、手枷と足枷を着けられた全身傷だらけの若い男が一人、拘束されていた。
「えーと、俺達もいまいち状況が把握出来てないんだけど、召喚魔法で呼ばれたって事になるのかな」
「ま、さか王女様は、また、異世界人を……。ならば、王女様は既に……」
「また? 以前に誰か召喚されたことがあるのか?」
「事情は後で、話す。すまないが、ここから、解放してはもらえないだろうか? 抜け道も、案内できる」
男は息も絶え絶えに、
それを聞いて、俺は少し悩む。情報が少しでも欲しいのは山々だが、この男が信用できるかどうか分かったものではない。それに、無理やり鉄格子を開ければまたゴーレムが起動するだろう。
しかし、このまま放っておくのもさすがに気が引ける。これだけ弱っていれば、最悪暴れられてもなんとかなるだろう。
「リゼリィ、ゴーレムは何とかなりそうか?」
「作りが雑ね。起動する前に核を処理すれば大丈夫。その人、助けるの?」
「ああ。正面から出るのも危険そうだしな」
鍵を探している時間はない。リゼリィがゴーレムの核を破壊してから、鉄格子を粉砕する。
「悪いな、任せっきりで」
いわゆる異能や、チート能力なんて物は俺は持ち合わせていない。ますます俺が召喚される理由がわからん。
今まで
「仕方ないわよ。いきなり牢屋に飛ばされるなんて想定外だもの。私も限界近いかも……」
「無事帰れたら甘い物でもおごるよ」
リゼリィは疲れた様子で巨大な斧を消し、維持が楽な短剣を生成する。その短剣で男の枷を力ずくで破壊した。
俺はその場に崩れ落ちそうになる男を抱きとめ、肩を貸す。
「すまない。大丈夫だ、一人で立てる」
男は自分で治癒魔法をかけ、応急処置をする。あの枷はマナの変換を阻害する物のようだ。だとすると、あの王女に枷がなかったのは気になるな。
これだけの傷を負いながらも自力で歩ける所を見ると、かなりの実力者のようだ。
「王女様の事だけど……俺達が召喚された時には、もう……」
「……そうか。ならば私のやるべき事は、この世界の希望である君達を、無事にここから出す事だ」
男が悲痛な表情を浮かべたのは一瞬で、すぐに何かを決意した表情へと変わる。
「で、どうするんだ?」
「以前、脱獄者が外に通じる通路を作ったと聞いている。それを使おう」
「そんなの、とっくに塞がれているんじゃないのか? 牢屋なんだろ?」
「ここは大分前から使用されていなかったんだ。ヤツは知らないだろうし、誰も進言しなかったのだろう」
俺達は男に先導されるまま、抜け道のある独房へ案内される。
「この穴から地下水路に出れば、町に繋がる出口があるはずだ。追手が来る前に早く行くぞ!」
男の言った通り、穴は地下水路に繋がっていた。完全に信用してはいないが、嘘をついている様子はなさそうだ。
男を先頭として外への出口を探す間に、俺は先程からの疑問を色々とぶつけてみる事にした。
「いくつか聞きたいんだけど。まず、さっき言ってたヤツって誰の事だ?」
話の流れから察するに、そいつが元凶の可能性が高い。
「世界の脅威だった魔王を倒すために召喚され、見事討伐した勇者ヒカリだ。あのゴーレムを仕掛けた張本人でもある」
あれ? なんかサラッととんでもない事言われたような気がする。
「もしかして私達、重罪人を逃がしちゃった?」
どうやらリゼリィも俺と同じことを考えていたらしい。
「そういえば名前も聞いてなかったよな。あんた何者なんだ? あ、俺が悠誠でこっちがリゼリィ。一応、地球って世界の日本って国から召喚されたんだけど」
俺が簡潔に自己紹介すると、男は歩くスピードを少し緩めてから答える。
「私はアーネスト、この国の騎士……いや、元騎士か」
アーネストと名乗った男は苦々しい表情で吐き捨てるように言った。
「順を追って話そう。この世界は、人と魔族が昔から争いを続けていた。だが最近、
物凄く典型的なテンプレ話だな、と思いつつも黙って続きを促す。
「我々の支援もあったとはいえ、勇者は驚異的な早さで成長した。瞬く間に戦況は一変し、魔族を率いていた魔王は倒された」
「なんかもう大体予想は付いたけど、それで?」
「魔王を倒した勇者ヒカリの望み通り、第二王女と婚姻を結び、ゆくゆくは王としてこの国を治めてもらうはずだった。だが奴はその強大な力で先代の王と女王を殺害し、自らと第二王女が新しく王と女王になった」
アーネストは淡々と話し続けるが、その拳は血が出そうなくらい強く握られているのが分かる。
だが、俺はこの時点では素直に同情する事はできなかった。
「何か国側に問題があったんじゃないのか? 待遇が悪かったとか」
百二十ゴールドだけ持たせて丸腰の勇者を送り出す王様もいるくらいだし。ゲームの話だけど。
「私の知る限りでは、そういった事はなかったはずだ。むしろ、勇者のわがままな要求や無理難題にも積極的に応えていた」
「じゃあ、暗殺しようとしたとか?」
力をつけた勇者を脅威に感じ、殺そうとするなんて事もよくある話だ。
「そんな事をすれば、滅ぼされるのはこちらだな。……実は、原因ははっきりしているんだ」
アーネストは物凄く言いづらそうに
「君達を召喚した女性……第一王女が自分の物にならなかったからだ」
「……え? それだけなの? だって望み通り第二王女と結婚したのでしょう?」
リゼリィが不快そうに眉をひそめている。
「ああ。それに第一王女は他国との縁談が既に決まっていた為、破棄すれば戦争になりかねん! 王がその事を必死に説明し、説得している時に奴がなんと言ったか分かるか?」
アーネストはもはや怒りを抑えようとせず、怒鳴るように言った。
「あんまり聞きたくないな」
「奴の台詞そのまま言うぞ。『じゃあそこ攻めよっか。魔王を倒した俺に勝てるわけないだろ』だそうだ」
聞きたくないって言ったのに! 頭痛くなってきた……。
正直な話、最初は勇者ヒカリの方に同情していた。この世界の事情で勝手に呼び出され、勇者という都合のいい称号を与えられ、命を懸けた戦いに駆り出される。
元々は全くの無関係なのだ。そもそも世界を救う義理などないし、多少のわがままなら許されてもいいとは思う。
だが、さすがに度が過ぎている。アーネストの話が本当だとすると、どう考えても召喚された事を喜び、手に入れた強さに酔っているだけのガキだ。
俺も最初は同じだったから分かってしまう。自分は選ばれた者で、その強さで何でも救えるなんて、愚かにも思い上がっていた。
……いや、いくら何でもここまでひどくなかったよな? そう思いたい。
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