第3話 洞窟の猫達

オレは感覚を頼りに洞窟の奥へ奥へと進んでいく。

外見とは裏腹にここはかなり大きい洞窟のようだ。

どこまで歩いても続いているような錯覚を覚えていた。

しかし入る前に感じていた同族の気配は進めど進めど弱いまま。

余りに深い洞窟にオレは自分の感覚すら疑い始めていた。


カサッ


歩くのにも飽き始めた頃、洞窟の暗闇の中で何かが動く音がした。

こんな暗い洞窟でも猫のセンサーは敏感だ。

月の魔力のおかげで昼間のように周りを感じ取れる。

あの動く影はやっぱり猫だ!間違いない!

オレはその影を追いかけて洞窟の奥に向かって走りだした。


まさか…誘導されている?


動く影はオレの走る早さに合わせて逃げる速度を調整しているみたいだった。

なめられてたまるかとオレは走る速度を上げる。

すると目の前に一筋の光のようなものが見えて来た。

洞窟の奥で光が光るその違和感を今は考えない事にした。

それよりも目の前を走るこの猫に追い付く事が先決だった。


逃げる猫はその光の中へと消えていく。

オレもすぐ後を追ってその光に飛び込んだ。


うおっ!眩しっ!


暗闇に慣れていたオレの目に眩しい光は強烈だった。

思わず目を塞いでうずくまってしまった。

もしオレを狙う者がいたら無防備なオレはこの時点でやられていただろう。

だが、そんな事はなかった。

突然の来訪者であるオレに危害を加える者がいないと言うのはある意味少し不自然にすら思えるほどだった。


必死に目を抑えながらオレは視覚以外の感覚を研ぎ澄ます。

ひい、ふう、みい…少なくとも20匹以上の猫の気配…。

みんなオレからある程度の距離を保っている。

怯えているのか…観察されるているのか…。

不思議と敵意は感じられない…そう感じていた。


魔女の命令で来たんだろ?


洞窟のネコたちのリーダー格らしき猫が話しかけてきた。

目もようやく慣れてきたオレはそいつの姿をじっと見つめる。

なるほど…流石に覚悟を決めた立派な顔をしてやがる。

やはり魔女の話には裏がありそうだ。


あいつに何を吹きこまれたのか見当がつくが俺達は好きでここにいる訳じゃない…


オレはリーダー猫の姿をじっと見つめる。

話が出来るヤツかどうかを見極めるためだ。

その目を見れば大体の事は分かる。

伊達に長年野良をして来た訳じゃない。


こいつは信用出来るな…


そう思ったオレはこのリーダー猫から彼ら側の事情を聞く事にした。

どちらの話が真実だろうとオレは一向に構わない。

ただ自分の心の天秤が傾いた方に従おうと思っていた。


オレはクロウ、魔女に地球から召喚されたばかりのただの野良猫だ

魔女が探していると言うから呼びに来ただけだ、敵意はない


クロウの言葉を聞いてリーダー猫は軽くため息を付いた。

そしてクロウに自分たちの事情を話し始めた。


クロウか…わざわざ地球からご苦労だったな…

オレはゲイル…かつてあの塔にいた猫たちのリーダーだ

信じるも信じないも勝手だが俺たちはあの塔から逃げてきたんだ…もう戻る気はない


一体何があったんだ?


オレが話の真相に迫ろうとした時、周りにいた猫の一匹が声を荒らげた。


余所者に話す事なんてない!魔女の手先はオレたちの敵だ!


そいつはそう言うが早いかオレに襲いかかって来た!

ヤレヤレ…頭の悪い奴はすぐ暴力に訴えるから嫌いだ…。

敵意はないが振りかかる火の粉は払わなきゃな…。

オレはそいつの攻撃を軽く交わすと相手を刺激しないようにつぶやいた。


全く…馬鹿には話が通じないから困る…


この言葉を聞いて攻撃を交わされた猫の興奮度がマックスになるのが手に取るように分かった。

やれやれ…逆効果だったか…。


よせ!彼は敵じゃない!


ゲイルの言葉も届かず攻撃を続ける若者猫。

オレはヤツの攻撃を軽く交わすと慣れた仕草で抑えこんだ。

野良猫時代からこの手の輩の対処法は心得ている。

この鮮やかな対処に洞窟内の他の猫達は急に静かになった。

やっと話を聞ける体制が整った、と言うところだろうか。


仲間の無礼、申し訳ない

どうか許してやってくれないか…


ゲイルの申し出にオレは素直に従った。

この程度なら相手がどれだけ襲ってこようと対処出来るからだ。

いわゆる強者の余裕ってヤツだな。


ほら、心強いリーダーの元に帰りな!


オレはそう言ってまだ興奮収まらない若者猫をゲイルの元に帰す。

納得行かない顔をしながらも若者猫は群れの中に戻っていった。


話を続けてもいいかな…無駄な争いはこちらも望んでいない


それは構わないさ…むしろ早く話を進めて欲しいくらいだ


そこからゲイルの話は始まった。

オレはその話が終わるまで大人しく聞く事にした。


月の塔はそもそも月の女神が管理する場所で猫は月の女神のしもべだった。

そしてある日、月の女神はある猫を地球から召喚する。

そしてその猫がすべての始まりだった…。


ちょっと待て、まさかその猫って…


大人しく聞くつもりだったがつい口を挟んでしまった。

オレの前に地球から召喚された猫がいただって?

それが全ての元凶って…もしオレの想像が正しければ…。


そう、今あの塔を支配している魔女さ


ゲイルはあっさりとそう答えた。

オレはその答えを聞いて素直な感想を漏らす。


猫が人間に?


女神の力を奪ったんだよ…あいつが!


そういったゲイルの顔は怒りに満ちていた。

自分の主君を酷い目に合わせたのだから当然なのだろう。


召喚されたばかりのルーンは女神様に忠実に仕え様々な魔法を学んでいった。

そうしていつの間にか女神様の一番の側近になっていった。

だが、それは全て計算された行動だった。


あいつは月の塔や魔法や女神様をじっくりと調べ上げ、行動を起こす時を待っていたんだ


ある日、女神様が行う魔法儀式の場へルーンが現れた。

女神様はちょうど地球の平和を祈る儀式の最中だった。


この儀式は女神様が唯一無防備になる瞬間だ…あいつはその時を待っていたんだ


ルーンは魔法エネルギーの放出先の魔法陣に細工をして逆魔法陣にしていた。

逆魔法陣は女神様の力を地上ではなくルーン自身へと送り込んでいく…。

そう、すべては女神様の力を取り込む為にあいつが仕組んでいたんだ…その結果がどうなるか…。


それで…ルーンは人の姿に…?


オレは思わずつばを飲み込んだ…。

魔法の力はそんな事も出来てしまうのか…。


そして女神様は力を吸い取られて逆に猫の姿になってしまった。

余りに一度に大きな力を取り込んだルーンは限界まで達した瞬間に倒れこんで意識を失った。

けれどルーンはそれで満足した訳じゃなかった…。

完全に女神様の全ての力を取り込んで自分が月の女神になろうとしていたんだ。


それを知った俺達はあいつが意識を失っている間に塔にいる仲間全員を連れて脱出したんだ

月の魔女となったあいつから女神様を守るために…


なるほどねぇ…それで反撃の時を待っていると…


オレはゲイルの話を聞いて事態を大体飲み込めた気がした。


いや、今はまだ反撃までは考えていない…


オレの言葉にゲイルはそう答えた。

何かそれには事情があるみたいだった。


今は女神様の力の回復に努めたい…このままでいてもあいつは次第に力を失っていくし女神様は徐々に力を取り戻していくんだ…だから


えらく消極的だな…ま、力の差が大きい相手に正面から攻めるのは無理があるか…


そこまで話してオレは俄然その女神様ってやつに興味を持った。

ま、当然の話だわな。


で?女神様って言うのは?


オレの言葉にゲイルは戸惑っているみたいだった。

そりゃあそうか…突然やって来た余所者にいきなり組織の重要機密をさらけ出すバカはいない…。


まだ信用されてない内からそこまで秘密をバラす奴なんていないか…


オレが自嘲気味につぶやいていると猫の団体の中から一匹の猫が名乗りを上げた。


ようこそ、クロウ…私がその女神です…


オレに前に現れた猫はまさに女神と名乗るのに相応しい美しい猫だった。



(つづく)

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