第2話 ひとりぼっちの月の楽園

確か月は猫の楽園のはずだ。

だがここはどうだ。オレ以外に猫は居ない。

月の魔女がオレをここに呼んだのもそれが理由のひとつだと言う。


月に住む猫はみんないつの間にか居なくなってしまったの

だからお願い、いきなりで悪いんだけどまだどこかに猫が居ないか探して来て貰えないかしら?


だがオレはこの言葉に対して少し疑問にも思った。

月の魔女は地球から月まで俺を召還する事が出来るほどの魔力の持ち主。

そんな彼女に何故猫探しなんて他愛もない簡単な事が出来ないのか。


自慢の魔法で探せないのか?

オレをここに呼ぶほどの魔法使いなら簡単じゃないか


貴方はまだここに来てすぐだから知らないのね

月の猫は魔法が使えるの

魔法の力を持っているものに魔法の力を使ってもうまく行かないのよ

勿論ここに呼ばれた貴方にも、いいえ、すべての猫に魔法の素質はあるわ

でも月猫は魔法の潜在能力は地球の猫とは比べ物にならないの


魔女はオレに頼み事をする理由をそう説明した。

しかしオレはすぐその言葉の裏側に何かあると感じていた。


何か事情がありそうだな

どうしてこうなった?


それはいずれ時期が来たら話すわ

とにかく同じ猫同士ならその魔法もうまくかわせる

貴方も感じているはずよ、感覚の精度が格段に上がっている事を

それは貴方が月の力に順応してきた証

どうかその感覚でどこかに居る月猫たちを探し出してここに呼んで来て頂戴


魔女はその月猫を探し出す為にオレをここに召喚したのか…。

全く厄介な問題に巻き込まれたもんだぜ。

でも働かせようって言うんならもっと詳しく話を聞かないとな…。

そうじゃないとやるかやらないかの判断も出来ないぜ。


猫たちを探して連れて来てどうしようって言うんだ?

居なくなったって猫たちもどこかで幸せに暮らしているかも知れないじゃないか


オレのこの当然の質問を聞いた魔女は少しため息を付いた。

そして少し間を開けた後、真剣な顔をしてオレに話し始めた。


貴方はまだこの塔の外を知らないからそう言えるの

ほら、そこの窓から見て御覧なさい


魔女はそう言って窓の外を指し示す。

オレはひょいと窓のところに飛び移って窓の外を見てみた。


そこは一面の砂漠だった。

銀色に輝いて不思議な光に満ちてはいたけれど生き物が住めるような環境にはとても見えない。


分かった?広大な月の中で生き物が一番幸せに暮らす事が出来るのがこの塔なの

私は少しでも不幸な猫たちを幸せにしたいのよ


でも外がこんなじゃあ外に猫なんて居ないんじゃないのか?


月猫たちは魔法が使えるからどこかでこっそり暮らしているかも知れない

だからそれも含めて調べて来て欲しいの…私はここで待っているわ


月の魔女は窓の外を見ながら淋しい顔をしていた。

だからオレはそんな彼女に協力したくなったんだ。

オレはひょいと窓から降りると彼女に向かってこう言った。


一人でここに居ても退屈だしな

よし、探検がてら探して来てやるよ


ありがとう…吉報を待っているわ


そう言った魔女の顔は安心した女性の顔だった。

オレは彼女を疑っていた事を少し恥じていた。


月の魔女に見送られながら俺は月の塔を後にした。

月の大地、いや、砂漠か?の感触はとても不思議なものだった。

柔らかくて少し暖かくてふわふわと浮くようだった。

見上げれば夜空に浮かぶ沢山の星に青い地球。

魔女に召喚された今でも自分がその青い星からここに来たなんて信じられなかった。


さて、探すとは言っても…


俺はとりあえず感覚を澄ましてみた。

目を瞑り、耳と鼻とヒゲに神経を集中する。

集中した時、この砂漠に満ちる周りの光がオレを包んだ気がした。

これが魔女の言っていた魔法の資質ってやつなのかなとも思った。

とにかく今まで感じた事もない感覚がオレの全身を包んでいた。


体がふわっと浮くような不思議な浮遊感に満たされて

暫くその状態で感覚を研ぎ澄ませていると少し何かを感じた気がした。

俺はただ導かれるようにその感覚のする場所へと歩いていった。


この感じは、そうだな…

地球に居た時に感じていた仲間の猫たちを近く感じた時の気配に似ている…。

その感覚は月の砂漠のずっと奥に続いていた。

何の迷いもなくオレは吸い込まれるようにその場所に向かっていった。


辿り着いた先は小さな洞窟だった。

その洞窟の奥から微かに何かの存在の気配を感じる。

オレは体中の感覚を研ぎ澄ましたままその奥へと進んでいった。

確かにこの洞窟の奥には何かがあると言う確信を胸に抱きながら。



(つづく)

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