第6話 春の精からのお礼。

「何か?」


 ここで春の精に改めて聞かれた拓也は固まってしまう。何か話さなきゃいけないのに中々次の言葉が出てこなかった。


「こんなの……あんまり突然過ぎます……」

「拓也おにーちゃん……」


 妖精も寂しそうに彼を見ていた。いつの間にか2人の間には切っても切れない絆が出来ていたのだ。そりゃまぁ冬の間中ずっと2人は一緒にいたんだものね。


「最後に、さよならだけ言わせてください」


 悩んだ末に拓也が出した言葉は余りにありふれたもの。

 しかしそれだけの言葉でさえ、彼にとってはとっさには出て来ないものだった。その2人の様子を見た春の精は、はっと何かに気付いた表情になる。


「そうですね、私とした事が礼儀を欠いていました」


 2人の絆に気付いた春の精は少し時間を取ってくれた。


(改まってお別れの挨拶を言うのも……ちょっと照れちゃうかな)


 拓也はすぐには適当な言葉が出て来なくて、慎重に言うべき言葉を探していく。少しの間、心の整理の為に沈黙の時間が流れていった。

 そうして、ようやく決心をつけた彼は妖精に感謝と別れの言葉を述べ始めた。


「では改めて……冬の間楽しく過ごせて楽しかったよ……。ありがとう」

「拓也おにーちゃん……また遊びに来ていい?」


 妖精からのこの嬉しい提案! 彼が大好きになった拓也がこの話を拒否するはずもなく――拓也はぱあっと笑顔になったかと思うと、速攻でその提案を受け入れていた。


「勿論だよ! いつでも大歓迎だよ!」


 感極まった2人はここで強く抱き合った。その様子を見た春の精は、妖精と人間のかけがえのない絆を感じていた。


「今日は素晴らしい物を見させて頂きました」

「え?」


 この春の精の言葉に彼はきょとんとする。その様子を見て彼女は人と妖精の話を拓也に話り始めた。

 どこか遠くを見つめるような、そんな少し寂しげな表情で――。


「かつては人と妖精はもっと近い場所にいたのです。……けれど段々その関係は薄れていきました……。それでもまだここまで絆を深める事が出来る」

「いやぁ、そんな」


 春の精の言葉を聞いた拓也は、照れて思わず頭を掻いた。


「これは素晴らしい物を見せてくれたお礼です」


 春の精はそう言うと、この部屋に何か魔法をかけるような仕草をする。すると彼女の指先から春色の細かな粒子が放出されていく……。

 部屋に充満したその粒子は、優しく溶けていくようにふんわりと消えていった。


「これで、冬の間はずうっと春の陽気に包まれました」


 つまりこれで冬の間中、春風の妖精が部屋にいるのと同じ状態になったと言う事らしい。拓也の部屋は春の精の力によって、全く暖房のいらない魔法の部屋に変わったのだ。

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