第5話 春一番がやって来た。

 それはそうと、拓也とかわいい弟分との日々はあっと言う間に過ぎていき、気がつけば冬も終わりが近付いて来ていた。


 クリスマスも、お正月も、バレンタインも、冬のイベントは何も起こらずにしれっと時間だけが過ぎていく。

 いつもならリア充爆発しろの一言もいいたくなるこの時期を彼が文句ひとつ言う事なく過ごせたのは、取りも直さずこのかわいい妖精との楽しい日々のおかげだった。


 気の早い菜の花がまだ冬の間から黄色い花を咲かせている。それは妖精との楽しい日々がもうすぐ終わる事を意味していた。

 最初はすごく面倒に感じていた妖精との日々がもうすぐ終わる事を、拓也は今ではとても寂しく感じていた。


(ずっとこの妖精と暮らしていけたらいいのに……)


 その日はとても心地よい暖かさで、彼は自然に窓を開けていた。それは無意識なものではあったけれど、これがさよならの合図になる事を拓也はこの時点では全く気付いてはいなかった。


 彼が窓を開けたままにしていると、突然ブワッ! と強い風が部屋に吹き込んで来る。それは春一番だった。春一番とは、春の訪れを告げる強烈な風。寒い冬を吹き飛ばし、暖かい春を呼ぶ先駆けの風。


「うわっ!」


 拓也はその強い風に窓を閉めようとしたけれど、何故だかそれは出来なかった。この時、何か抗えない強い力が窓を閉めさせなかいようにしていると彼は感じていた。

 そうして何も出来ないまま、春一番の強い風が拓也の部屋を吹き荒らしていく。


「大丈夫?」


 拓也は妖精が気になって彼の方を振り返った。この時、何故だか彼はデジャブのような感覚を覚えていた。

 気が付くと拓也の目の前に見慣れない美しい女性が立っている。部屋に入るまで全く気配を感じさせないこの現象は、まさに小春日和に妖精が現れたあの時と全く同じだった。


「もしかして春の精……さん?」


 事前に妖精から話は聞いていた。春になったら春の精が妖精を迎えに来ると……。そう、ついにその時がやって来たのだ。


「今までこの子を大切に預かってくださり、有り難うございます」


 彼の目の前に現れた春の精は頭を下げて丁寧にお礼を言った。当然、拓也は春の精を見るのも初めてだ。春の精は流石春を呼ぶ精霊だけあって、春の花のように美しくていい匂いがする。

 彼がそんな春の精の美しさに見とれていると、既に春の精は春風の妖精を連れて出ていこうとしていた。


「では、これで失礼します」

「えっ、ちょっ」


 この状況に拓也は思わず引きとめようとしてしまう。こうなる事は彼自身覚悟していたはずだったのに。

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