第5話


空。


青空を見ていると僕は何だか懐かしい気持ちになる。


水色も、群青色も、夕焼けの茜色も、月明かりの銀色も。




でも、僕をもっと懐かしい気持ちにさせるのは「海」だ。



物心ついたときから海に異常な関心をよせ、家族や親せきたちは、


「心(こころ)は生まれ変わる前に魚かクジラだったんじゃない!!」 と笑う。


僕もそう思う。きっと海からきたんだと。


ある秋晴れの日曜日、10歳になった僕は家族みんなでドライブがてら家から2時間ほどの街にある水族館に向かった。


その水族館には他館にはない珍しい魚がたくさんいるらしく、かねてから行きたかったところだ。



父がコンビニで割引価格で買った入場券を掲示し中に入ると、大水槽が目の前に広がった。


ここの水族館の目玉はこの大水槽らしく、飲みこまれそうな勢いの大きさだ。



見たこともない巨大なスクリーン、いや、窓が当たり前のようにそこに鎮座している。


まるで海とこの世界との境界線のようだ。


そして水槽の中にはゴツゴツした岩があり、その岩には波しぶきがたっている。


機械で波を立てているのだろう。


水槽上の天窓からは太陽の光が燦々と降り注ぎ、水槽内の景色をその時々によって変えている。


僕は胸がドキドキしてきた。


自然の海に近いこの水槽にはどんな魚たちがいるのだろうと、水槽のガラスに手をついて奥までゆっくり眺める。


大きなかつおやまぐろに、身を守るために群れをつくるアジなどの小魚達。


巨大なエイにうつぼの姿も見える。


僕の5歳の妹がうつぼを指差し


「心兄ちゃん、あれなに??へび??」


と聞く


「あれはいやらしいうつぼさ」


僕はどこかで聞いたような言葉で答える。



小型の猫ざめやレモンシャーク、大きくて愉快な面構えのクエ。


高鳴る胸を抱えて小さな海を眺めていると、歓声が沸き起こった。


カメラのシャッター音があちこちで鳴る。


見ると、水槽の岩の向こうから、巨大な影がゆっくりと近づいてきた。


「ジョーズだ!!」


妹が僕の足にしがみつく。


そう、あれは「ホオジロザメ」


体長8メートルはあろうかと思われる巨大肉食サメ。


この水族館の目玉は、水槽ではなくこの巨大なサメだったんだ!


ホオジロザメはまだその生態は謎に包まれていて、飼育も難しいということをサメの図鑑で読んだことがある。


そのホオジロザメが僕のほうに近づいてくる。


ゆっくり、ゆっくり僕の前を泳いでいくホオジロザメ。


水槽に手をついて凝視する僕。


ホオジロザメの真っ黒でまん丸の目と僕の目が一番近くなった時、


ホオジロザメの目が一瞬白目に変わった。


(あっ!)


と思ったのもつかの間すぐに元の真っ黒い黒目に戻った。


僕以外誰も気が付いていない。


通り過ぎたホオジロザメがUターンしてまた僕の前にやってきた。


冷酷に見えるその目に巨大な口、その口から覗く三角の歯。巨大な口が横に開く。


ホオジロザメが笑った。


その時、僕はふっと思いだしたんだ。


その真っ黒でまん丸の目、大きな口、ザラザラとした皮膚の三角の背びれ。


(あぁ、そうか。君だったのか)


僕は水槽に口をよせて言った。


(こころ、君の新しい世界ってそこだったの?)


こころがほほ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はじまりのとき すばる @subarudream

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ