その27 ”造物主”

*        *        *


――まだ君が“試練”を仰せつかっていないというのなら、“彼女”はいずれ現れるだろう。

――“かんなり”には“試練”がつきものだからね。


 レミュエル爺さんが予期したとおりだ。

 間もなくして“造物主あのこ”は、あっさりと俺の前に姿を現わした。


 あらかじめ覚悟していたとおり、……かなり唐突に。


「やあ、おはよう」


 空が白み始めたばかりの朝。

 起き抜けの俺を見下ろす陰。

 “造物主”のシルエット。


 彼女は、六日前と変わらぬ調子でニヤリと笑う。


 俺はというと、しばらくぽかんと口を開けた後、

「ア、オハヨウゴザイマス」

 と、棒読みで返事をするのが精一杯だった。


「うむ」


 “造物主”は大御所の風格でうなずく。


「しばらく放置してスマンかったな。ここんとこ、わりと忙しかったのだ。……ほら、“造物主”って、きほん週一でしか休めんから」

「さいですか」


 俺は、まだ少し寝ぼけていた。


「ところで君、なんかちんちんがおっきくなっとるようだが。神の前ではそういうの、隠した方がいいと思う」

「う、うわあっ」


 朝の生理現象を指摘され、悲鳴を上げる。

 こっちに来てからパンツ一丁で眠る癖がついていたため、は半端無く目立っていた。


「産めよ増やせよ地に満ちよと命じた覚えがあるが。無意味に大きくするのはどうか」


 ほとんど半狂乱で布団を被って、“造物主”を睨む。


「……用件を言ってくれ」

「うむ」


 再度、“造物主”が大御所の風格でうなずいた。


「以前も話した通り、君は“かんなり”であるからして。“造物主”になるための“試練”に挑まねばならぬ。……異論はないか?」

「ある」


 勢い込んで言う。


「すまん。前はああ言ったけど、俺、よくわかってなかった。“造物主”になる覚悟なんて、最初からなかったんだ。……今からでも、元の世界に戻してもらえないか?」


 事前に決めていた通りの台詞。


「頼む」


 そして、土下座である。ころりと布団を被っただけに見えたかもしれない。


 緊張の瞬間。

 しばらくの間。

 そして、


「うん。おっけー」


 “造物主”は、あっさりとうなずいた。


「ってか、話を最後まで聞きなさい、少年」

「あ、……ああ」


 いささか拍子抜けしながら、応える。

 遙かに年下に見える子供にたしなめられる格好だ。


「君が“造物主”になることを望んどらんのは、よう知っておった」

「そうなのか? ……それなら……」

「だが。一度“かんなり”にしてしまった人間を元に戻すのは、わりかし面倒でな」


 俺は、黙ってその幼女の話を聞く。


「気付いていない者も多いようだが。“異世界の来訪者かんなり”は、この“はじまりの世界”に来た時点で、ある程度、身体の構造を作り替えられとる。“かんなり”同士、言葉が通じ合うようにしたり、異界の空気や食べ物に、馴染めるようにしたりな」

「……なるほど」

「さらに言うと、“はじまりの世界”は、私の処女作であるからして。……結構、細かいとこの作りが荒くてな。例えば、この世界の大気には、君の世界の人間に必要不可欠な、――“酸素”がない。もちろん、“窒素”や“二酸化炭素”の類もな」

「へ?」


 目を白黒させる。


「そうなのか?」


 空気を味わうように大きく息を吸い、吐く。

 何の違和感もなかった。


「代わりに、“生命の源”とでも言うべきモノが空気中に浮遊しとる。それを吸い込むことで、君は生命活動を維持していられる、という訳だ。……ところでこの世界に来てから、怪我の治りが早くなったりしたことはないか?」


 俺は、少し息を呑んで、


「……ある。一回、致命傷を受けたのに、少し寝ただけで回復したことが。でも、あれは薬が効いたせいじゃあ……」

「むろん、薬の効果もあるじゃろ。だがそれ以上に、君の生命力がこの世界の大気に順応して、なっとるんじゃろうな」


 はぁー。

 と、思わぬうなり声が上がる。


――そういう話を聞かされると、なんとなくもったいない気持ちもあるが。


「それでも、……やっぱ、帰りたいんだ」

「そうじゃろな。君らの世界の人間は、特に帰巣本能が強いようじゃから」


 帰巣本能って。

 犬か何かか、俺は。


「だが。君を帰すには、一つ条件がある」

「……条件?」

「というより、“試練”じゃな」

「”試練”? なんでいまさら」

「“かんなり”は、“試練”を終わらせることで、その褒美として新たな力を得る。手違いがあったからといって、君だけ特別扱いするわけにもいかん。余計な前例を出すと、変にゴネる輩が出てくるからの」

「というと?」

「今から君に、一つの“試練”を言い渡す。それを終わらせた最初の褒美を、帰還のためのチケットとする。……どうか」


 なんとなく、だが。

 向こうの良いように言いくるめられている自覚はある。

 だが、こちらに拒否権がないこともわかっていた。


 俺はうなずく。


「わかった。その条件、のむよ」

「よかろう。……では、君にとって最初にして最後の“試練”を言おう」


 こほん、という咳払い。


 そして、“造物主”は言った。


「君には、――“魔女狩り”をしてもらう」


 ……と。


(2015年2月9日 記)


*        *        *







*        *        *


 ……っていうか。

 ここまで書いておいて、なんだが。

 なぜ会話形式で書き始めたか、自分でも後悔し始めてきた。


 そもそもこの、ちんちん大っきくなってたくだりとか、いる?

 いらないよな。絶対いらない。

 なんで、自らの恥を後世に残そうとしてるんだ、俺。


 うーん。ここまで書いたが、消そうかね。


 ……いやいや。

 こういうことも嘘偽りなく記録してこその手記だろう。うん。


 ただまあ、こっから先はダイジェストでいいか。

 書くの疲れちゃったし。


 ……ええと。

 その後、俺は、”造物主”からアイテムもらった。

 一冊の本だ。

 表紙にはデカデカと“クエスト・ブック”とある。


 ”試練”を言い渡された”かんなり”には、時折こうして、特別なアイテムが手渡されることがあるらしい。 

 そういえば、魔衣も”造物主”から不思議なナイフを貰ったとか言ってたな。


 ただまあ、もらえないこともあるらしいので、その辺の基準は謎だ。


 たぶん、そういうのも含めて”神のきまぐれ”ってやつなんだろう。


(2015年2月9日 記)


*        *        *

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