その28 好奇心
実際、それはかなり珍しいことであるのだが。
“ショートケーキ”は、少し感傷的な気持ちになっていた。
バケツ型の頭部を、指でコツコツと叩く。
次に、目の前にあるテーブルの表面を、コツコツ。
さも、時間を持て余しているかのように。
意味のある行為ではない。
これは人間の猿真似でもあった。最近、猿真似に凝っているのだ。そうすることで、何か新たな発見があることを願っている。
――“愛する人の死を看取る”こと。
それが、彼に課せられた“かんなり”としての“試練”だ。
“試練”を終わらせ、次のステップに進む。
そのためにはまず、“愛”という概念を理解しなければならない。
“ショートケーキ”は、まずその部分で躓いていたのだった。
もっとも、手がかりはある。
――要するに、この“感傷”というやつが問題なのだろう。
彼の陽電子頭脳の計算によると、全てが明らかになるまでもう一息、というところだが。
『………………フム』
無意味に唸り声を上げつつ。
何気なく、視線を目の前の“かんなり”へと向ける。
“勇者”と呼ばれているその“かんなり”は、もうずいぶん長らく、項垂れるように座り込んだまま、動かなくなっていた。
「…………」
思考の読めない表情である。
“勇者”はいま、目の前で起こっていることや、これから自身に降りかかるであろうことに全てを、ほとんど他人事のように捉えているのかもしれない。
生きているのか、死んでいるのか。
あるいはただ、眠っているのか。
時折、聴覚センサーを広域に設定し、呼気を確認しなければならないようなありさまだった。
この奇妙な“かんなり”について、理解できていることは少ない。
――食事は少量。(雀がついばむほど)
――排泄はなし。(食べたものは、胃の中で完全に消滅するようだ)
――睡眠も最小限度。(どうやら、日に一時間も眠れば十分らしい)
もうこの時点で“人間”としては規格外なのだが、異様なのはそこだけではない。
この“勇者”とかいう“かんなり”、……どうやら、雌雄の区別がないようなのだ。
医者のレミュエルが調べたところ、この者には、生殖器に該当する器官が存在しないのだという。
――だからといって、子作りをしないとは限らないけどね。その時になったら、突然生えてくるのかも知れないし。こう……にょきっと……。
そういうレミュエルの口調は、まるで宇宙人でも診ているかのようだった。
物思いに沈んでいると、扉が開く。
「……よっす」
合原光久という少年だ。
『おはようございます』
“ショートケーキ”は、慇懃に頭を下げる。
自然、声が柔らかくなっていた。
不思議と、この少年には好感を持っているためである。
魔衣の“試練”の関係で、この危険人物をしばらく監視する必要が生まれた時、真っ先に“ショートケーキ”を頼りにしてくれたのも、この若き“かんなり”であった。
元いた世界の因習と、嗤われるかも知れないが。
それでもやはり、ヒトに頼られるのは嬉しい。自身の存在価値が高まるのを感じられる。
……こういうのは、人間離れした感情なのだろうか?
実際、“勇者”の監視任務は、“ショートケーキ”が最適任と言えた。
何せ彼は、睡眠をとる必要がない。寝ずの番には打って付けなのだ。
「世話になる」
ここに来てから何度目かになる、ねぎらいの言葉を言う光久。
どうやら、彼のいたセカイでは、迷惑をかけている相手には定期的に頭を下げないとならない風習があるらしい。
挨拶もそこそこに、少年は懐からナイフを取り出した。
“ショートケーキ”は何も言わず、光久を見守る。
――いよいよ、採血が始まるのか。
ホムンクルスの精製。
上水流魔衣にその方法を教えたのは、他ならぬ“ショートケーキ”である。彼の陽電子頭脳内には、製造者が戯れに登録した、数々の蔵書類が眠っているのだ。
”ホムンクルス”のことも、その記録から得た情報である。
「………………」
“勇者”は、ナイフの刃が向いているというのに、不安そうな素振りさえ見せなかった。
ただ、わずかに目を細めている。
光久は無言のまま、“勇者”に歩み寄り……手枷になっている縄にナイフを当てた。
「悪かったな。痛かったろ」
そして、その縄を切る。
『……ふむ?』
まったく予想に反する行為であった。
戒めを解かれてなお、“勇者”は無関心を貫いている。
「……ドラクエの主人公でも、“はい”“いいえ”くらいの意思疎通はしたぞ」
苦笑交じりに問いかける光久。
それでもなお、“勇者”は応えない。
光久は“ショートケーキ”に向き直って、
「忙しいとこ、ありがとな。コイツの身柄は俺が預かるよ」
ロボットは当惑した。
『私は構いませんが、危険はないので?』
「それなんだが……その。ついさっき、危険はなくなった」
『そうですか。ふむ』
腕を組んで、思い悩むふり。
『つまり私は、……お払い箱ですか?』
「そんなとこだ」
にやりと笑って、友人は皮肉を言う。
「後は好きにしてくれて構わない」
『了解です』
「お前には借りを作ったな。こんど、晩飯を奢るよ」
『ノー・サンキューです。人間の友人』
“ショートケーキ”は、コツコツとテーブルと叩く。意味は無い。猿真似だ。
そこで光久は、”勇者”と伴って部屋を出ようとする。
だが、不意に思い直したのか、足を止めた。
「そういえばさ。……“ショートケーキ”」
『なんです?』
「お前、どうして“造物主”の力が欲しいんだ?」
訊ねると、間髪入れずにロボットは応える。
『宇宙の支配者になるためです』
「なんだって?」
少年は目を剥いた。
『冗談ですよ』
ロボットは肩をすくめる。
「本当のところは?」
『……フム。色々ありますが。強いて理由を挙げるなら、“真理の探究”というヤツでしょうか?』
「しんり……?」
首を傾げている少年に、ロボットは諭すような口調で、言った。
『自分の知らない世界があるならば、どこまでも知りたいと願う。……“好奇心”というヤツです。生き物なら、当然の欲求でしょう?』
「生き物なら、……か」
光久が呟く。
『あっ。ひょっとして今、“お前は生きてねーだろ”的なこと、思われました?』
「いいや」
少年は、少しだけ慌てた素振りを見せた。
「断じてそういうんじゃない。気に障ったなら謝る」
どうやら彼は、ヒトでなきものの自分にも生命の尊厳はある、と、そう信じてくれているらしい。
“ショートケーキ”が彼を好む理由の一つだ。
『いいえ。結構。光久様のお気持ちは十分伝わっております』
「なら、いいんだが……」
『しかし何故、いまさらそんなことを気にするのです?』
この少年の目的は、あくまで元の世界への帰還であるという。
“造物主”に関することには、あまり積極的ではなかったはずだ。
「あー。そうだな。なんでだろうな」
光久はどうやら、自分でも問いかけた理由をよく理解していないらしい。
「なんとなくだよ。なんとなく……。特に意味はない。”好奇心”だ」
そう言い残して、光久は軟禁小屋を後にした。
残された“ショートケーキ”は、例によって無意味な腕組みをして、
――やっぱり、まだよくわからないところがあるな。人間には。
と、考えている。
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