その25 相棒
魔法の鞄で遊ぶのに飽きた光久は、食堂の隅っこの席に陣取って、他の”かんなり”たちを観察していた。
その場で初めて顔を合わせる者も少なくない。
それぞれ、生きている時代も、国籍も違うようだ。
シキナのような白人もいれば、黒人もいる。
光久と同じ黄色人種もいれば、『赤ずきんちゃん』に登場する、人狼のような者までいた。
――こいつら全員、“かんなり”なのか。
当たり前だが。
“かんなり”の数だけ、それぞれが故郷とする“異世界”が存在する。
そう考えるだけで、奇妙な焦りが生まれた。
――果たして、自分はちゃんと元いた世界に戻ることができるだろうか?
想像するだけで、気が遠くなる思いだった。
――あるいは、元の世界に戻るのは、……砂漠の中にある、たった一つの砂粒を見つけることと等しいんじゃないか?
そもそも、自分はなぜ元の世界に戻りたいのか?
簡単だ。あそこには、自分の居場所があるからだ。
家族がいて。
一緒にバカやってくれる友達がいて。
――だが。
今後、元の世界に戻れたとして、何かの間違いで、別の世界に行ってしまうとしたらどうだろう。
光久は顔を顰めた。
万一そうなるくらいなら、まだここで暮らした方がマシな気がしたのだ。
だが、光久は慌ててその考えを振り払う。
――弱気になってどうする。ここには、気軽にインターネットに接続して、「無修正」でグーグル検索することもできないんだぞ。
そこまで考えて、はた、と、思考が止まった。
――いや、別に、もはやイヤラシイ動画に頼らなくても……。
自然、視線は隣で腕を組んでいる魔衣に移る。
「ん? どうかした?」
それに気付いたのか、少女は首を傾げた。
まさか内心を正直に吐露する訳にもいかず、光久は慌てて話題を探す。
「……あ、いや。これからどうするのかと思って」
訊ねると、魔衣は、うむむ、と唸って腕組みした。
「ホントのこというと、少し迷ってる」
「ん? なんでだ」
「“ホムンクルスの精製”が、あたしの“試練”だって話。覚えてる?」
光久はうなずく。
「それで、“罪人の血”っていうのを探してるってことも」
「そうだな。覚えてる」
と、なると。
これから魔衣のやることも、おおよそ予測がついていた。
――魔衣は、“勇者”の血を材料に使うつもりだろう。
“勇者”はやたらめったら人を傷つけるような輩である。光久基準では、十分に“罪人”だと思えた。
「それがどうかした? 他に必要な材料があるとか?」
尋ねると、魔衣は腕を組んで、深く考え込む。
「残りの材料はなんとかなる……と、思う。扱う器材では、“蒸留器”がネックだったけど、レミュエルが貸してくれるみたいだし」
「そうなのか……」
――それなら、”試練”に関する問題はとりあえず解決だな。
そう思おうとする……が。
魔衣は、まだどこか引っかかるところがあるらしい。
「なんとなーく、なんだけどね。“勇者”って、本当に“罪人”なのかなー、と。そう思っただけ」
「というと?」
「なんていうか。……うーん、なんとも言えないんだけども」
「なんだそれ。わけわからんぞ」
光久は苦笑する。
「うん、わかる。でもさ。……うまく言えないんだけど、あの“勇者”って“かんなり”、“罪人”って言葉を使うにしては、……少し、馬鹿すぎない?」
「馬鹿って?」
「そのまんまの意味。なんとなくだけど。“勇者”って、自分のしたことの意味だとか、そういうこと、何も考えてないように見える」
「そうかもな」
その点に関しては、光久も多少納得できるところがあった。
気になるのは、……あの、目。
どのような感情も読み取れない、死人のような目。
「例えばさ。犬猫の類が、生き延びるために同族の肉を喰らうことがあるとすれば。……それって、“罪”なのかしら?」
唐突に始まった倫理学的問答に、少し戸惑う。
「同じことが“勇者”にも言える、と?」
「うん。まー。そんな感じ」
「そう言われてもな。“罪”の基準があやふやな以上、応えられんよ。“神のみぞ知る”ってやつだな」
「まーね。一応、このまま作業は進めるけどさ。光久が命をかけてくれたとこ悪いんだけど、ひょっとすると無駄な努力になるかもって」
なんだ。
気にしているのは、そんなことか。
「よーするに愚痴が言いたいだけね。ごめん」
「愚痴くらい、いつでも聞いてやるよ」
光久は、心の底から言った。
「相棒だろ」
▼
その後。
“勇者”が所有していた道具の検分は、夜遅くまで続いた。
そのうち、危険そうなものは全て、レミュエルの管理に任せることにする。
“勇者”は、自分の処遇に関する話が取り決めている間も、縛られたまま、身動ぎ一つしなかった。
その姿は、麻酔を打たれた虎か。
――あるいは、衰弱死しつつある犬のようでもあった。
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