その24 アイテム

「それで、――このザマか」


 光久の額に傷薬を塗りながら、シキナは少し困ったように言った。

 仕上げに清潔な包帯を巻き、応急処置は完了。

 まだ、少しだけ頭がぐわんぐわんしているが。


 完全に気を失っている“勇者”に視線を移し、嘆息する。

 “勇者”は気を失ったまま、全身をロープでぐるぐる巻きにされていた。

 もちろん、剣を始めとする、あらゆる危険要素を取り除かれた状態で、だ。


「面目ないです」


 光久が頭を下げると、


「面目ない? 君、面目ないと言ったのかね?」


 目を丸くして、シキナが言った。


「それはこっちの台詞だ。魔衣の予知では、私は殺られていたそうじゃないか」


 そして、くすくすと笑う。


「……信じてないんですか?」


 何故か自身の能力を貶められた気がして、光久は顔をしかめた。


「もちろん、魔衣の言葉を疑ってはいない。だが、それ以上に、私は私の力を信用している。それだけの話だ」


――なるほど、そういう考え方をする人なのか。


 魔衣がこの人に自分の予知を話さなかった理由が、少しだけ理解できた気がした。

 それからほどなくして、マン=タイプOが二匹の飛竜を引き連れ、現れる。


「昼食は後回しだ。オヤジさんが呼んでる」

「レミュエルが?」


 シキナが首を傾げた。


「こんなやつ、さっさと“魔女”に引き渡した方が、面倒がないんじゃないのか?」

「そうかも知れないが、調べたいことがあるらしいな」

「……もしかして、“勇者コイツ”まで仲間に引き入れるつもりじゃないだろうな?」

「オヤジさんなら、ありえる」


 タコはあっさりとうなずく。


「このまえ、脳みそに寄生虫みたいのが詰まってた“かんなり”がいたろ。“かんなり”がする悪徳には、何かの理由があるって証明したいのさ、オヤジさんは」

「やれやれ……」


 シキナは少しばかり面倒そうに言った後、光久に振り向く。


「何にせよ、狩りの獲物は若き二人のものだ。我々に決定権はないが……」


 シキナの視線を受けて、光久は、

「魔衣に任せる」

 とだけ言う。


 すぐ隣で話を聞いていた魔衣は、少し考え込んだ後、首肯した。


「特別、獲物の所有権を主張するつもりはないわ。……ただ、殺しはナシで」

「本気か?」


 シキナが顔をしかめる。


「いくらなんでも、……破格だぞ」

「いきなり襲いかかって、身ぐるみを剥がすようじゃあ、山賊と同じじゃない」

「ふうむ。……だが一応、一通り、持ち物を検める必要はあるぞ。“魔女”の言うとおり、コイツは危険だ」

「それは……そうね。そっちの自由にしていいわ」

「了解」


 シキナが合図すると、飛竜が二匹、舞い降りてきた。

 そのうちの一匹の足下に“勇者”の身体をくくりつけ、


「往こう。仲間がお待ちかねだ」



 レミュエルが代表を務める“社”には、十三人の“かんなり”が居着いているという。

 本日は、その全員が食堂に集まってきていた。


 今、テーブルにところ狭しと並べられた品々は、“勇者”の所有物らしい。


「見たところ」


 レミュエルが、ゆっくりとテーブルに歩み寄った。


「“勇者”くんが持っていた鞄の容積を明らかに上回っているようだが。本当に全部、この子の持ち物なのかね?」

「ええ。……ヤツの鞄には何か、魔法の力が働いているようですね。見た目よりずいぶんたくさんのモノが入るのは、そのためのようです」


 少し事務的な口調で、シキナが応える。

 どうやらこの革の鞄には、中に入れたものを小さく圧縮する能力が備わっているらしい。


――便利だな、魔法。なんでもありだな……魔法。


 光久は、鞄の中に手を突っ込んだり出したりしながら、ぼんやりと考えた。

 この鞄、どれだけ深く突っ込んでも、底に手が付かない。

 それが不思議でならないのだ。


「これは恐らく、薬草の一種だろうね。煎じて飲むのか……あるいは、傷口の塗布するのかはわからないが……」


 レミュエルが、端から一つずつ、“勇者”の道具を検分している。


「こっちはなんでしょう? 何か書かれてるな……英語でしょうか? どう思います?」


 シキナの問いかけに、レミュエルが顔を覗かせた。


「似ているが、少し形がちがうな」


 しばらく検分した後、

「たぶんこれは、“エリクサー”と読むのだろう。万能薬の代名詞だな」

「ほう。そりゃすごい。……どうだ、光久くん。ちょっと飲んでみなさい。怪我が良くなるかもしれんぞ」


 光久は慌てて首を横に振った。


――二日連続で、得体の知れない薬を飲まされてたまるか。


 身体の中で、どんな化学反応が起こるかわからない。


「なんだ、ツマラン」


 シキナはそう言って、ぞんざいに薬瓶をテーブルにもどした。


「マン、君の意見はあるかね?」


 訊ねられると、タコの怪物は触手の一本を伸ばして、種がたくさん詰まった袋を拾う。


「わからん。己れのいたセカイでは、錬金術は机上の空論で、魔法はガキのごっこ遊びにしか登場しなかったからな」


 そして、袋の中から器用に一粒だけ種を拾い上げて、口の中に入れた。


「だが、この種はウマいぞ。身体にも良さそうだ。非常食らしいな」


 その他、レミュエルたちが調べた道具類は、以下のようなものである。


――どこのものかもわからない鍵束。

――ずいぶん使い込まれた、檜木の棒。

――なめし革で作られた、軽量の盾。

――投げると必ず手元に戻ってくるブーメランに、小さな金色のメダルが数枚。

――それと、革張りの本が何冊か。


 なぜか、馬の糞がぎっしり詰まった革の袋も見つかった。


「これで決まりだ。“勇者”は、ただのだよ。私の知る限り、生き物の糞を収集するような奴に、ろくなものはいない」

「まあまあ。そう決断するのは早計と思わんか。……もう少し、調べてみよう」


 レミュエルは、“勇者”の手記めいたものを探していたらしい。

 だが、残念ながら、その手のものは一切見つからなかった。

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