その11 過去編『魔衣と魔女』

 ……物語は、少しだけ遡る。



 鬱蒼と生い茂る、森の中。

 夕焼けの名残が、赤く世界を照らしていた。

 朧気に光が差す大地に、一人の少女が佇んでいる。


 ……”魔女”と呼ばれるもの。


 上水流魔衣は、真っ直ぐに、彼女を見据えていた。


「――スゥー、……はぁ」


 ゆっくりと呼吸を整える。全身が粟立っていた。

 周囲からは、鼻を突くような血の臭い。


 ここで、“かんなり”同士の殺し合いがあったのだ。


 理由は不明。きっと些細なことだろう。

 “かんなり”という存在は、時として息をするように殺し合う。

 そういうものだと、魔衣はこれまでの経験で学んでいた。


――戦いの末、目の前に居る少女が、勝った。


 起こった現象を端的に説明すると、そういうことになる。


 ……だが。この状況は。

 油断すると、のど元までせりあがってくる吐き気をこらえる。

 現場はまるで、癇癪を起こした子供が人形を振り回したかのようだ。

 かつて、人間であったもの。その残骸。

 ばらばらに破壊された四肢が、あちこちにちらばっている。


 目の前の少女が、うふふ、と、嗤った。


 脊髄反射的に、魔衣はナイフを構える。

 “造物主”から手渡されたそれが、太陽の光を受けて、鈍く煌めいた。


「――“ミスリルナイフ”ね……」


 少女は小さく呟く。

 どうやら、向こうはこのナイフを識っているらしい。


 “まことの銀ミスリル”と呼ばれる金属で作られたそれは、「生き物の肉と骨をバターのように裂き、決して劣化することなく、心卑しき者であればその命、てきめんに蒸発させる」とされていた。


 殺戮を好む悪党であれば、を視界に入れただけで尻尾を巻くはずである。

 しかし、眼前にいる少女の”かんなり”は、動じることもなく、口元に笑みを称えていた。


――やるしかない。


 “造物主”よりこの武器を賜った瞬間から、ある程度の覚悟はできている。

 自分の“試練”は、荒事なしに解決することはかなわないのだ、と。


 その時であった。

 少女の足下から、虹色の輝きが産まれたのは。


「……わっ!?」


 思わず、声を上げる。

 彼女の纏う服が、幾千の光の糸となり、消失したのだ。

 目の前で、少女の裸体が露になる。

 想定外の事態だった。

 少しだけ怯む。


 血と。死臭と。少女の裸体。


 頭がくらくらしていた。

 何もかも、――狂っている気がして。


 少女が、一歩だけこちらに歩み寄る。

 同時に、その足下が、再度虹色に輝いた。

 彼女の素足が光に包まれ、瞬く間に、白銀に輝くブーツが顕現する。

 光の糸は徐々に少女の身体を包み込み、順番に五体を変化させていった。


 薄ピンク色のドレス。

 純白のフリル。

 蝶をモチーフにした髪飾り。

 胸部には、金色のブローチがついた、大きなリボン。

 先ほどまで茶色がかっていた髪の毛は、今や、鮮やかなピンク色のツインテールに変化している。


 これが、……噂に聞いていた、“変身メタモルフォーゼ”というやつか。


 ”魔女”は、特殊な衣装を身に纏うことで、本来の力を発揮するという。

 そうしてもたらされる力は、人間の領域を遙かに超えるらしい。


 足下に散らばる、誰とも知らぬ“かんなり”の死骸。

 ひょっとするとそれは、数分後の自分の姿かも知れなかった。


 上水流魔衣は、震える両足に活を入れて、屹然と少女と向かい合う。


――これで死んだら、それまでの人間だったってことだ……っ!


 そう、自分を励ましながら。

 でも、それでも。


 ……こんな時隣に、一緒にいてくれる誰かがいてくれたら。

 どれだけ気持ちが励まされただろう。


 心のどこかでは、そんな無い物ねだりをしていた。

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