その48 “かんなり”の求めるもの

 光久は、“魔女”が双剣を掲げている様を眺めつつ、ゆっくりとポケットから小瓶を取り出す。

 おぼろげな意識の中、ラベルを見ると、


――“万能薬エリクサー”……か。


 光久は、その中身を半分飲んで、もう半分を傷口に振りかけた。

 飲み薬か塗り薬か、見当もつかなかったためだ。


――効くか、効かないか……どっちでもいい。


「……ごふっ」


 少し、むせる。

 なんとなく、だが。

 身体の奥底から、活力がみなぎってくる気がした。

 腹に手を当てる。少なくとも、血は止まっていた。


――立ち上がるんだ。もう一度だけ。


 ポケット中の薬瓶を、もう一つ。


――“聖水ホーリーウォーター”。


「……なあ、美空らいか」


 光久は、何気なく声をかけた。


「――え?」

「聞きたいんだがお前、なんでそっぽ向いてる?」

「……何を、死に損ないが」

「まだ、勝負の最中だろ」


 言葉に吊られて、らいかが振り返る。

 光久はその顔目掛けて、“聖水”を投げた。


 瞬間。

 少女の目が潤む。

 恐怖に。


「……しまっ……ッ!」


 “魔女”がとっさに身を翻した。

 だが遅い。遅すぎる。


 “聖水”は、単なる水だ。それはレミュエルの“社”で実験済である。

 だが、“魔女”に対してはどうか。“死者”に対してはどうか。


「ぐあッ! あああああああああッ!」


 じゅううううう、と、肌が焼ける音がする。

 ”聖水”が、ものすごい勢いで蒸発していく。

 まるで高濃度の硫酸をその身に受けたかのように、らいかは苦しんでいた。


――綺麗は汚い。汚いは綺麗。……か。


 彼女の身体に染みついた業は、いったいいつ頃からのものなのだろう?


 光久は、最後の力を振り絞り、駆けた。

 一対の“心の鍵”が、らいかの足下に転がっている。


――これが……最後のチャンスだ!


 血が出るほど固く、拳を握り固めて。


!」


 それは、心の底からの願望でもあった。


 ぎぃんッ!


 “鍵”をぶん殴ると、手のひらに妙な感触が伝わる。

 ただの銀製の鍵ではないとは思っていたが、これは……。


「きゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 絹を裂くような音が、耳をつんざいた。


 同時に、らいかの全身を覆っていたコスチュームが解けて、白い肌が露になる。

 ピンク色の髪は、茶色がかった黒髪に。

 美空らいかが、……普通の女の子の姿へと変貌していく。


――よくわからんが、……魔法が解けてる、のか?


 今度は、“鍵”を両手に持って、ぐっと力を込めた。

 すると、子供向けのプラスチック玩具のように、容易く根本から折れる。


――なんだ、脆いぞ、これ。


 合原光久には、“魔法”と呼ばれる技術が何なのか、見当もつかない。

 人を怪物に変え、建物を宇宙船に改造し……しかし、一本の鍵を守る力もないのだ。


 光久は続けて、短い方の“鍵”を手に取り、……逡巡の末、それを遠くへと放り投げる。


――もう、十分だ。


 らいかは、身体をくの字に曲げて、頭を地につけていた。

 奇妙な沈黙が産まれる。


 ふいに、


「殺して。殺しなさい」


 らいかが呟いた。


「嫌だね」


 光久が応える。


「どうしてもそうしたいなら、自己責任でやれ。俺に自殺の手伝いをさせるな」

「うう……あう……」


 “魔女”は、少しだけ無意味に唸ったあと、……大粒の涙を、二つ、三つ、こぼした。

 もう少し可愛げのある奴だったなら、頭を撫でてやっていたかもしれない。


 そこで何気なく“造物主”に視線をやると、


「――……………」


 彼女は、血に汚れた服で、ただ、不敵に笑っていた。

 ここからが見ものだ、という風に。


 深い嘆息を一つ。

 そして、


「………………………なあ、らいか。聞いてくれないか」


 光久は口を開いた。


*        *        *


――なぜ“造物主”の力を求めるのか?


 “かんなり”のみんなに、そう問いかけてみたことがある。




 シキナさんは、シンプルにこう答えてくれた。


「仲間のためだな」

「無力であるかぎり、誰も救えない」

「せめて、手の届く範囲だけでも、自分の信じる正義を執行し続けたい」

「それが、私の望みだ」



 また、レミュエル爺さんは、こう答えた。


「冒険、だね」

「ヒトは、冒険せずにはいられない生き物なのさ」

「生き続けるかぎり、どこか遠くに出かけたいと願う。我々は、種子だ。どこか遠くへ、見知らぬ世界へ、――例え、そこで干からびて死ぬことになろうとも、……飛び立たずにはいられない」

「君だって、本当はそうなんだろう?」



 次いで訊ねたマン=タイプOは、まん丸い目を細めて、


「……今のとこは、元の身体に戻ることが第一目的だが」

「とりあえず“造物主”になったら、死ぬほどエビフライを食ってみたいな」

「んで、腹一杯になったら、胃の中身を全部外に出して、もう一度エビフライを食う」

「それを永遠に繰り返す」

「“造物主”の力とやらがあれば、造作もないことだろ?」

「……笑うなよ」

「高い技術を、まるで無意味なことに使ってみたいんだ」

「己れの故郷じゃ、それこそが、人生における最高の贅沢ってことになってる」



 また、月華と呼ばれる“魔物使い”の女の子は、こう答えた。


「……世界中のモンスターと、おともだちになりたいからの」

「あと、ひゃくおくえんほしい。家がビンボーなので」



 “ショートケーキ”は、


『自分の知らない世界があるならば、どこまでも知りたいと願う』

『……“好奇心”というヤツです。生き物なら、当然の欲求でしょう?』



 上水流魔衣によると、


「前に話したよね。“世界を善にして、幸福な場所にするような方法を探す”ためだって」

「でも、本当はそれだけじゃないんだ」

「あたし、向こうじゃわりかし、劣等生だったから……」

「うん、……そう。”八等級”」

「あたしのいたセカイじゃ、”五等級”より格下の人間を、”下等民”っていってね」

「けっこー、エゲツないんだよ。できる仕事も限られちゃうし。……好きな人とも結婚できないし……」

「きっと、そーいう気詰まりな場所から、抜け出したかったんだな。あたし」



 そして、……“魔女”、美空らいかは。


「滅びてしまった、自分の故郷を救うため」だと。




 誰かのためだとか。

 自分のためだとか。

 色んなヤツがいて、色んな目的があって。


 気がつけば俺も、ヤツらと一緒にいたいと願っていた。

 気がつけば俺も、ヤツらと同じ目線でモノをみたいと、そう感じていたのだ。

(2015年3月5日 記)


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