その49 平凡な男

 そして、光久は言った。

 言ってしまった。


「俺はいずれ、……“造物主”になる」


 喉が詰まるような感じがする。

 何を馬鹿なことを。そう思う。


――路傍の石みたいな存在のくせして。


 ただ、唇は自然に動いた。


「その上で。あんたみたいな奴や、あんたがいたみたいな世界があったなら。ぜんぶ救ってやるつもりだ」


 息継ぎをするように言葉を切って、


「……だから。あんたはここで、しばらく頭を冷やしていろ。……いいな」


 ああ。

 言ってしまった。

 こんな。できると決まったわけでもない約束事を。


 でも。

 やると言ってしまったからには。

 やらなければならない義務が生ずる訳で。


――例えそれで今後、命を賭ける羽目になるとしても。


 らいかはしばらく、ぽかんとした表情で光久を見上げていた。


「……あ……」

「いいなッ!」

「ええっと……」

「返事は!?」

「ハ、ハイ……」


 気圧されたように、少女が応える。

 それから少し間を置いて、


「アイハラくんって、そーいうタイプのキャラでしたっけ?」

「やかましい」


 斬り捨てるように言って、光久は振り向いた。


「つまり、そういうことに決めたから。……いいか?」


 “造物主”はそんな光久を、ニコニコと笑いながら見ている。

 まるで、こうなることを最初から望んでいたみたいに。


「しかし、少し意外だったな。……君、元の世界に戻りたかったんじゃなかったのか?」

「気が変わったんだ。ここには、――惚れた子もいるしな」

「馬鹿なことを。女など、君の故郷にだってたくさんいるじゃないか」


 光久は苦笑する。


「そういう風に思えるんなら、……きっとアンタは、幸せなヤツなんだろう」


 皮肉交じりに言ってやると、幼女は唇を尖らせた。


「ふん。女を抱いたことがないガキ特有の考えじゃのぉ」

「……うるせえ」

「別に私は構わんぞ。だが、後でごちゃごちゃ文句を言うなよ」

「男に二言はないさ」


 何事にも言葉を濁して生きてきたが、この時ばかりはきっぱりと言い放つ。


「なるほど。じゃ、最初の“試練”の報酬は……」

「いらん。なしでいい」

「そういう訳にはいかん。何か考えておく。……ま、期待して待っていなさい」

「そうか。じゃ、ありがたく受け取っておくよ」


 くれると言っているモノをもらわない理由はない。


「……ああーっ!」


 そこで“造物主”は、素っ頓狂な声をあげた。


「もう、あと少しで月曜日になるじゃないか。また仕事だ。嫌になるな」

「自分で決めたルールは、守らなきゃいけないんだろ」

「わかっとる」


 “造物主”はしばらく間を開けて、ふと、思い出したように言った。


「では、ここまでだ。君たちは、君たちの居るべき場所に戻ってもらう」


 そして、軽く指を弾く“造物主”。

 白い霧が、あっというまに周囲を満たした。


「さらばだ、合原光久くん」

「ああ。さよなら、”造物主”さま」

「ふふふ。……近年稀に見る、なかなか有意義な休日だったぞ」


 “神”の捨て台詞が聞こえて。



「――うおっと!」


 次の瞬間、光久は、どこかの草原に放り出されていた。

 ずいぶん乱暴に放り出されたせいで、芝生の上にひっくり返る。


 すると、スイッチが切れたかのように、身体が動かなくなった。

 どうやら光久の肉体は、とっくに限界に達していたらしい。


「……………………やれやれ」


 頭の上の太陽が、満面の笑みで地上を見下ろしていた。

 目が合ったのは、気のせいではないかもしれない。

 ふと、


「光久ッ」


 すぐそばで、二人分の足音が聞こえた。

 “勇者”と、魔衣。

 少し離れたところには、はくやが手を振っている。


 少年は安心して、身体を横たえたままにした。


――どうやら少し、血を流しすぎたらしいな。


 意識が、徐々に遠のいていく。

 それでも、もう不安はなかった。


 日差しは暖かく、肌に風が心地よくて。

 夏は終わりに差し掛かり、今、”はじまりの世界”には秋が訪れようとしている。



*        *        *


 そうそう。

 すっかり書き忘れていたが。


 この手記は、ごくごく平凡な男子高校生に始まり、後に”造物主”の力を得ることになる(予定の)男の、異世界旅行記録である。

(2015年3月4日 記)


*        *        *

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