その42 怪物と怪物

「なるほど。……うん。よくわかったわ。もう十分」


 魔衣が、眉間を揉みながら応えた。

 猫頭の男の長話に辟易した、というのもある。

 が、根本的な問題として、らいかの過去を知ったところで、自分たちにはどうしてやることもできない、という事実を発見したためでもあった。


「ねえ。らいかは今、何をしようとしてるの?」


 猫頭の男が、目を細める。


「らいかちゃんは、“太陽”を……いま、ウチらがいるを落とすつもりにゃ」

「なんですって?」


――なんでも、らいかちゃんったら”はじまりの世界”を崩壊させようとしてるんですって♪


 はくやはそう言っていたが。


「らいかちゃんは、わざわざに、自ら命を絶ったのにゃ。ここからなら、太陽の制御区画に移動することも不可能じゃないからにゃぁ」

「……でもなんで、そんなことを」

「知らないにゃ。ただ、らいかちゃんは“亀を起こす”とか言ってたにゃ」

「そんな、」


 魔衣は、しばらく言葉を失って、


「どうかしてるわ」

「知ってるにゃ。らいかちゃんは、中学一年生の頃からマジでどうかしてたにゃ。仲間に対しては優しかったけど、その他の人間や、“アヤカシ”に対してはびっくりするくらい冷淡だったにゃ。毎週のようにホトケさんが出たから、ウチらいっつもお葬式してたにゃ」

「……どうやったら、止められる?」

「簡単にゃ。らいかちゃんをぶち殺すにゃ」


 光久は口を挟む。


「それ以外の方法は?」

「君ら、らいかちゃんを殺さないつもりにゃ?」

「……そうだ」

「言っちゃあなんだけど、らいかちゃんって、自死を望んでいるフシがあるにゃ。情けをかけたところで、あの娘はあんま喜ばないにゃ」

「らいかのためじゃない。俺の気分の問題だ」

「へえ?」


 すると、猫頭の男は一瞬、ぎらりとした視線を光久に向けた。


「お前、面白いヤツにゃ。そこんとこ、区別できてるヤツは嫌いじゃないにゃ」

「……そりゃどーも」


 ぎょろりとした目玉を視線があって、光久は目を逸らす。


「そんなら一応、手段だけ教えてやるにゃ。――彼女の武器を破壊するにゃ」

「武器?」

「“心の鍵”って呼ばれてるアイテムにゃ。それが、”魔女”の力の根源だからにゃ」


 そういえば、さっきの話でそういう名前の道具が登場していた気がする。

 たしか、“造物主”から賜った新たな力。……とか、どうとか。


「ごちゃごちゃした装飾があるから、見たらすぐわかるにゃ。もし、それを壊すことができれば、あの娘は普通の女の子に戻るはずにゃ」

「わかった」

「ちなみにそれ、二期の三十四話で、ウチが実行した作戦でもあるにゃ。あの時は後一歩のとこまでいったにゃ、惜しかったにゃ。……その回だけでも観とく?」


「遠慮しとく」「わ」


 光久と魔衣は、ほぼ同時に即答した。


「わけのわかんない企みがある以上、ここでのんびりしてていいわけないわよね……」


 魔衣は、一瞬だけ躊躇するそぶりをみせてから、


「ねえ、あなた。本当にらいかの居場所について知らないの?」

「知らないにゃ」

「ウソは吐いていない?」

「無意味な問答にゃ。ウソを吐いていようがいまいが、その答えは”イエス”以外にないからにゃ」


 その、次の瞬間だった。

 魔衣が猫頭の男に手をかざしたかと思うと、


「――りゃあ!」


 男の顔面を、屋台の壁へと叩きつけたのだ。


「ぎゃふん!」

「もう一度聞くけど。……本当に知らない?」

「おい、魔衣……」

「少し黙ってて。……わかってるでしょ。万一にも、あたしたちは失敗できない」

「そりゃそうだが」


 そう言う反面、光久は内心、魔衣を連れてきてよかったと思っている。

 自分一人では恐らく、この猫頭の男を締め上げることなど、到底できなかっただろうから。


「それに、こいつらは所詮、イメージ上の存在だわ。どんだけ痛めつけても、らいかの気持ち一つで元通りになる」

「ちょ……それでも、痛いことには変わりないにゃ。勘弁してほしいにゃ」

「だったら、らいかの居場所を吐きなさい」


(しかし、コイツが実際に知らなかったらどうする?)


 ……という考えは、杞憂に終わった。

 猫頭の男が、あっさりと白状したためである。


「かんべんにゃ。なんでも言うにゃ。ウチ、裏方であれこれするタイプにゃ。あんまり喧嘩とかは得意じゃないのにゃ」

「絶対、ね?」

「もちろんにゃ」

「だったら、最初から白状しなさいよ」

「そりゃ、ウチも悪役ヴィランの端くれとして、タダで情報をくれてやる訳にはいかないからにゃあ」


 嘆息混じりに、魔衣はかざした手を振った。

 すると、猫頭の男が、べしゃりと地面に叩き付けられる。


「らいかの居場所を教えて。今、すぐに」

「……単純な話にゃ。あの世の役人は、正しく仕事をしただけにゃ。らいかちゃんの家があるっしょ。あの娘は、最初からそこにいたにゃ」


 光久は腕を組む。


「けっこうくまなく探したけど、影も形もなかったぞ」

「これだからにゃあ。……三期のDVDをちゃんと見てたら、こうして聞くまでもない話だったにゃ。ここいら辺は、戦争の影響で一度、焦土になるのにゃ。だから、地下に家庭用シェルターがあるのが普通なのにゃ」


 地下シェルター。なるほど、盲点だった。


「らいかちゃんは今頃、”太陽”の制御区画まで一直線にトンネルを掘っている……はずにゃ。たぶん、あと一時間もしないうちに、そこにたどり着くはずにゃ」


 光久は立ち上がる。


「急ごう」

「ちょい、待つにゃ」

「まだあるのか」

「いま言ったにゃ。“悪役ヴィランの端くれとして、タダで情報をくれてやる訳にはいかない”って」

「……なに?」

「もう少しだけ、遊んでいくにゃ」


 同時に、猫頭の男の目が妖しく光った。


 公園全体に、風が吹き抜ける。

 周囲からざわざわと音がし始めた。

 全方位から、針で刺すような視線を感じる。


(何が……起こってる?)


 あたりを見回すと、ぎらりと光る何かが、木々に紛れているのがわかった。


(たしか“ネコマタ”は、“アヤカシ”の幹部……だとか言ってたたな)


 ”アヤカシ”というのが何かは、よくわからないが。

 暗黒色に染まった、魑魅魍魎の影。

 光久達を取り囲むモノの正体は、らしい。


「劇中に登場した、108体分の“アヤカシ”にゃ。君らの実力は知らんけど、足止めくらいにはなる、にゃ?」

「“勇者”。剣を抜いて」


 魔衣が素早く命ずると、“勇者”は静かに剣を抜き放った。


「上等だわ。の怪物とどっちが強いか、試してみましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る