Fourth day

絶壁からの生還 その1

気分悪い…… 立ちくらみってやつか。上を見上げたり、頭を軽く前後に動かすとふらふらする。


で、今の現状はと周りを見回すと、一面がゴツゴツした岩場の一画に佇む俺がいた。


え~、っとここはどこ? ってひぇぇぇ、俺高いとこ嫌いなんだよぉ。


「山の絶壁ってこんな感じだったのかぁ」 他人事のようにつぶやく。


岩場が突き出て、踊り場のようになっている場所に座り込む俺の右側に、上から垂れている一本の命綱。 それは俺が上に登るのを今か今かと待ち構えているようにも見えた。


 え? 命綱? 


 頭の中に、声が響く。 『絶壁をよじ登り、山頂を目指せ』


下を見た。 こんなに高いところにいるのか、俺。

景色は綺麗だが、地上は森の木々に隠れてまったく見えない。


くそっ。 駄目だ、命綱をどうにかして繰り寄せるも、足が動かない。 やはり無理か? 落下で死にたくないってば。 命綱を握ろうと手を出すが、震えが止まらない。 


 目の前にいきなり、幼稚園の頃の自分が何かで遊んでいる風景が浮かんできた。 

幼い俺が必死になって登ろうとしているものがある。


 ああ、そうだ登り棒だ。 幼稚園の広場にあったっけか。


俺が覚えているのは、登り棒で上まで登ったところまでだ。 その先の記憶がすごい曖昧なのを覚えている。


後で聞いた話では、俺は上まで元気よく登ったものの、降りられず落ちて怪我をしたらしい。

ギャーギャー泣き叫ぶ俺のことを、幼稚園の担当だった先生が助けてくれた、と父が言って聞かせてくれたのをぼんやりと覚えている。


忘れていた。 ずーっと封印してきた過去の記憶。


 あんなに痛い思いしなくてもいいじゃか、と何かが俺に囁いた気がした。

もういいよ、夢なら覚めてくれ。 これは夢なんだろ?


「今じゃあまり見かけないが、都内のビルのガラス清掃で命綱一本で清掃していた時代もあったんですよ、奥さん」

「山奥でのダム建設とかだと、法面作業職人がこいつにぶら下がってセメントやコンクリを吹付けするのに使ってたりも。WEB で法面作業者で検索してみてくださいよ、あんなの俺、出来無いよ」


 トラウマ克服しようとしていろいろ調べたこともあったっけ。 ボゥっとしながら現実逃避しようとしてるのかな、俺。


声にならない声でぼそぼそと「山の中を進む道路工事でさ、落石の多い沢などのある法面の工事でよく職人が死なないなぁって、俺は思うんだ」とかつぶやく。


 ダム現場では命綱が木にしっかり結ばれてなかったりして結構、落下で人が死ぬとか頻繁ではないが普通にあったらしい。 


もう、高いところは嫌だ、逃げ出したい。



「被験者No000125、どうやら行動しそうにありません、如何しますか」


「高所恐怖症というのは、報告書になかったのか?」


「多分、通常の生活ではさして問題とならなかったと推測されますが」


「このままでは、山間部での貴重なサンプルデータが取れません」


「仕方ない。 私がダイブインして彼のモチベーションを上げてみるしかないか」


「え? 主任自ら行かれるので?」


「彼の持つ、対応能力や適応能力には、眼を見張るものがある。

それを埋もれさせてしまうのはもったいないと思うのだよ。 まぁ、正直に言うと、彼には個人的に興味があるからだが」


「では、VR-HMDバーチャルヘッドマウントディスプレイ装置の準備をしますのでお待ち下さい」


「ふふふ、彼との接触は色々と楽しめそうな気がするよ」

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