3.ココロ

 一通り話を終えると、セドリックは買い物に行くと言い残して部屋を出て行った。おそらくどこかで銃の弾を手に入れるのだろう、とカティは思う。銃自体は特別だが弾は普通だから。

 とはいえ、一人で歩かせるのは心配だった。

 だからカティは自分がついていく、というか自分が買いに行くといったのだが。


「普通に断られてしまいました……セドリックは、何を考えているのか」


 どうやら例の殺人鬼は、路地裏など目撃者が出にくい場所に出没するという。セドリックが行くのは夜でも人が多い大通りの店。だから安全だと言われ、彼は出て行ってしまった。

 マルグリットも、もうこの部屋にはいない。

 別のホテルに部屋を取っていて、そちらに戻ってしまったのだ。

 二つも部屋があってシャワーまでついた客室だから、一人になると妙に広く感じる。

 普段はセドリックが傍にいて、完全に一人にならないから落ち着かない。

 ソファーに座ったりベッドに移動したり。

 傍から見ると、相当に面白い行動をしている、と自分でも思う。

 だけど、じっとしていると、なぜか嫌な感覚になってしまうからどうしようもない。

 しばらくそんな調子にウロウロして、ふとあることを思い出したカティは、部屋の隅に置きっぱなしのカバンに向かう。数日とまる覚悟で持ってきた荷物は、結構な量になっている。

 中から着替えやら何やら――ではないものを、カティは引っ張り出した。

 書物、ドールの試作品コア、それから筆記用具。

 すべて、セドリックが普段研究に使っているものばかり。

 試作中のコアを丁寧にテーブルに並べ、書物やメモを取るための紙を傍に。これまでの言動から考えて、彼は買い物から帰ったらきっと、すぐにでも研究を進めたいと言い出す。

 ホテルの部屋のテーブルは、あっという間に臨時の研究室兼書斎へと変わった。

 こうして事前に準備しておけば、彼は喜んでくれるだろうか。よろこんでくれたら嬉しいと思いつつも、必要ないと苦笑零してほしいとも、カティは思ってしまう。


 ――こんな時ぐらい、研究を忘れてほしいのですが。


 思わずカティはため息を零す。

 セドリックは、起きている時間のほとんどを研究に当てていた。ヒトと見紛う音色をもつドールというもののどこに、そこまでする価値があるのか、カティにはわからない。

 いや、わからないのはもっと別のところだ。

 そこまでする価値が、この自分にあるのだろうか。

 ボディを変えねば味覚もわからず、いかなる技術が生み出されても、いかにヒトのようなココロを手にしたとしても、カティという存在は己の血を未来に繋げられるわけでもない。

 その事実に、ヒトのようになった自分は耐えられるのだろうか。

 ココロだけが人間になって、身体は無機物のまま。

 今のカティからすると、それは非常に歪で、恐ろしいものに思えた。

 ヒトのようでいて、決してヒトではない存在。けれどセドリックはそんな存在を、その一生をかけて手に入れようとしている。カティに、そうなってほしいと願っている。

 けれどカティの本音は。

 そこまで考え、彼女はゆるゆると首を左右に振る。


 ――考えを、変えましょう。


 意識するだけで話題を変えられるのは、ドールの良いところだと自画自賛する。人間だとこのままズルズルと、出もしない答えを求めて、迷路へと自らを静めていくのだろうから。

 けれど逆にいうなら、そこまで何かに執着できないという意味でもある。

 ゆえに理解できないのだろう。

 セドリックが何を思い、研究にすべてを注ぐのかも。家計を圧迫してでも、より人間に近い性能を持つボディをカティに与えるのも。そこまで愛を捧ぐ理由は、きっとわからない。


 再び思考が元に戻りそうになって、カティは軽く頬を叩いた。

 別のことを考えよう。たとえば、今回の犯人についてはどうだろうか。

 結局のところ、コチラが知っている情報はかなり少ない。相手が『叡智』に至った元人間を狙う殺人鬼で、しかし最初の一人以外はみんな普通の人間で。おそらくは二十代の青年。

 あとは、マルグリットが負わせた傷だろうか。

 他は何も分からない。声も、顔も。

 あぁ、そういえば動機も不明だった。

 宗教関係者の中には『叡智』を神のみに許された持ち物とし、魔人や魔女は神から物をくすねる盗人だと糾弾する者も多い。その類なら、狙ってくるのもわからないでもないが。

 けれど、それだと一般市民が犠牲者となる行為を、続けるとは思えない。

 仮に無差別になっていたとすれば、警察が必ず見つけ出せるはずだ。これだけの犯罪を犯し続けているものが、世間から浮き上がらずに生活できるとは、カティには考えられない。

 というか、仮に殺人鬼の正体が宗教関係者だった場合、間違っても『叡智』の恩恵で作られた道具を使うわけはないか。殺して奪い、処分するということはありえるかもしれないが。

 だがそんな話を、カティは今のところ聞いていない。

「……結局、あの殺人鬼は、何をしたいヒトなのでしょうか」

 思わずつぶやくと、同時に扉が開く音がする。


「個人的には、彼の犯行動機なんて、どうでもいいと思っているよ」


 ただいま、とセドリックが荷物を抱えて戻ってくる。

 銃の弾だけにしては、やけに荷物が多く見えた。

 また、余計なものを買い込んだのだろうか。どこぞの誰かが必要のないアップグレードを行ってくれたせいで、食費は増えるわ貯金はゼロになるわ、家計は火の車だというのに。


「犯人がどこの誰かさえ、ボクは興味ない」


 睨むカティなど気にならない様子で、セドリックは荷物をテーブルに並べていく。

 箱に入った銃の弾。ちょっとしたお菓子が数種類。

 それから――明らかに女物の、服。見た感じ豪華そうで、間違いなく高い。


「……セドリック」

「ん?」

「十回ぐらい死んでください」

「ボク、マルグリットじゃないから一回限りだし、まだまだ長生きしたいよ」


 笑いながら、セドリックは服を渡してくる。

 渋々立ち上がって受け取り、カティはそれを広げて、自分の身体に当ててみた。


 ――いっそ嫌になるくらいにぴったりですね。


 ついでに、カティの好みをしっかりと押さえている。

 服のサイズなどを全部知られている、というのは少し不思議な感じだ。頬に熱が集まっていくような感覚があり、どうにも落ち着かない。知られていて、当然のことなのだが。

 目で『今すぐ着替えてほしいなぁ』と訴えられ、渋々服を脱ぐ。普段、ボディの調整もセドリックが行っていて、その時は服を脱いでいることが多い。下着すらない場合もある。

 なので、彼の前で服を脱ぐのに抵抗は薄い。

 気にするだけ、労力の無駄である。

 渡されたのは白いワンピースだ。さっきまで来ていたものより、少しだけ露出がある。スカートの丈自体は同じぐらいで、半そで。肩周りが大きく露出していた。

 普段、あまり露出させない部位が晒されて、カティは少し戸惑う。


「かわいいなぁ、ボクのカティは」


 さりげなく所有権を主張しつつ、セドリックは褒めてきた。

 ボクの、という言い方は気に入らないカティだが、褒められたので気分はいい。

 なので出費や言い方は、水に流すことにした。


「それで、犯人に興味がない、とは?」

 脱いだ服を畳みつつ、着替えなどで中断された話の続きを促す。

 彼はさっき、犯人に興味がないと言い切った。一応、その犯人を何とかするために来たのだから、それなりに興味を持ってもらわないと困るのではないか、とカティは思う。

「そのままの意味だけどね。だってどんな過去があろうと、彼が殺人鬼であることに、何の変化も起こらないわけだ。じゃあ、手に入れるほどの情報でもないだろう?」

 まぁ、とセドリックは残念そうにいい。

「それでも押し付けられた情報は、忘れられないから困ったものだ」

 どうやら、セドリックは殺人鬼の情報を知っているらしい。

 それも……かなり詳しく。

 ソファーに腰掛け、セドリックが視線を向ける。どうやら長い話になるらしい。

 カティは畳んだ服をベッドに残し、彼の真向かいに座った。


「昔、この町に一人の『魔人』がいた。彼には病弱な恋人がいてね、彼は恋人のために人間を辞めたんだ。いや……恋人を救おうとしているうちに、人間じゃなくなってた」


 語られるのは一つの恋物語。

 平穏を愛した、とある恋人たちのお話。

 病に犯された恋人のために、必死に努力をした青年。二人は誰の目から見ても、幸せな日々を送っていた。ただ、その恋人に死期が迫りつつあることだけが、二人の日々に影を落とす。

 そんな矢先だったのだ。

 彼が、『魔人』に至ってしまったのは。


「彼には友人がいた。ひどく素直じゃない魔人の友が。彼はね、魔人になってしまった心優しい友人を、とても気にかけていたんだ。優しさゆえに犠牲を許容できない、彼の在り方が心配だったそうだよ。病気を消す処置の結果、恋人が亡くなったと知ってからはなおさらね」


 ――亡くなった。

 その言葉にカティは、身体をわずかに振るわせる。

 恋人を救おうとする過程で魔人となった彼は、すべての始まりとなる恋人を失った。

 犠牲という実験を行わず、彼女に直接処置を施したせいで。


「そう、彼は『魔人』に至った最大の理由を、その手で完全に壊してしまった」


 高みに至った理由。

 人間を辞めてしまうほど、追い求めた理想。願い。

 その根底にある、最愛の女性の死。

 動物実験さえた躊躇う、心優しいといわれる人柄。


「そんな『優しい心』じゃ耐えられるわけがない。そして彼も、壊れた」


 壊れた結果が、殺人鬼への変貌。

 彼は絶望や悲しみのあまり、記憶を改ざんした――らしい。らしい、というのはその言動から導いた予測で、セドリックが言うには予測という名の真実だろうとのことだ。

 今の彼は自分が魔人だったことを忘れ、恋人だった女性を魔人もしくは魔女に殺されたと思っている。だから魔人を、魔女を殺して回っている。一般市民をそうだと思い込んだまま。

 そうして彼は、まず自分という『魔人』を殺してしまった。


「途中までは正気だったのかもね。狂ったまま、でも正気だった」


 その正気の中で、彼は自らの死を偽装した。あるいは死のうと思って、何かをしたのかもしれない。今となってはわからないが、確かに彼だった『魔人』は、死んでしまった。

 残ったのは『魔人』を憎む、一人の男。

 後に殺人鬼になる男。


「まぁ、そんな話を聞かされてしまったんだよ、半強制的に」

 忌々しいことだ、と彼は顔をしかめてはき捨てる。

 話を聴かされた上に、それにまつわる用事を押し付けられれば、気分も悪いだろう。


「ボクに仕事を頼んだのは、その『友人』さ。真実を知って愕然として、それでも彼は優しいから、友人をとめることが出来ない。殺すことも壊すことも、自分には出来ないと言ってね」

「だからセドリックが、彼の代わりここへ?」

「一応はそういうことになる。ボクとしては興味も何もなかったけど、彼とはいろいろと縁があるから仕方なくてさ。話を聞かされて、頼まれたら断りにくいじゃないか。……だけど」


 彼女が来たなら必要なさそうだ、と小さくもれる声。

 わざわざ金をかけてここまできたのが無駄になった割には、セドリックはそれほど機嫌が悪くないようだ。おそらく、彼女と交わしたあの取引で、それなりに満足しているのだろう。

 囮になるだけ欲が満たされるなら、彼はそれを選ぶとカティは知っている。


「まぁ、せっかく参加した舞踏会だからね。こうなったら、最後まで踊ってあげよう」


 ぼやきつつ、セドリックは立ち上がる。

 どうやらシャワーを浴びるらしい。

 一緒にどうだい、とカティは誘われたが、断固拒否しておいた。肌を晒す抵抗がないのと恥じらいがないのとでは話が違う。少なくとも、カティの中でそれらは別物だった。

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