4.いつか、愛を知る人形

「こんなことをしても、無意味だと思うのですが」

 淡々と、自らの前に立つ少女に語りかける。

「セドリックは、我が主は、あなた如きの手に負える相手ではありませんよ」


 声を出すたびに彼女の身体は揺れた。それもそのはず、手首には鎖が巻きつけられ、上へ吊り上げられているからだ。かろうじて足は地に付いているのだが、かかとが軽く浮いている。

 そんなカティの周りでは、同じ顔の少女――いやドールが、てきぱきと何かの作業にいそしんでいた。何をしているのかわからないが、その装置には見覚えがある。

 あれはセドリックが、カティの調律をする時に使うものだ。

 彼女ら、いや彼女はカティの中を覗き見るつもり……なのだろうか。


「あなたの音色をこれで解析し、ミスティーズに組み込むための準備です」

「ミスティーズ……?」

「ミスティ・ラディとして、舞台に上がる……そう、この子たちのことですわ」

「あなたが、ミスティ・ラディでは……ないのですか」

「わたくしはただの管理者。ミスティという名を与えられてはいますが、わたくし自身が舞台に上がることは、えぇ、無いと断言してよいと思いますわ。言うならばマネージャです」


 一人だけ違う服を着た少女――ミスティが、周囲の少女らを示すように腕を広げる。

 どうやら、彼女がすべてを取り仕切っているリーダーのようだ。

 そのせいなのか、周りのミスティーズよりわずかに大人びて見える。

 なるほど、とカティは一人で納得した。

 ドールならば、音色を組み込むという行動にも、ある程度納得がいく。

 音色と譜面は経験といっていい。それが豊かであればあるほど、彼女の演技の色艶は格段にあがるだろう。もしや、ミスティ・ラディの演技の凄さとは、それで増してきたのか。


 こうやってドールを捕らえては、音色を取り出して。

 取り出す――つまり、カティというドールから、今ある音色が消える。

 思いも、記憶も。すべてが奪われる。


 ――旧友の話をするセドリックを見て感じた痛みも。


 じゃらり、と鎖がゆれた。

 カティが身体に力を込めたせいだ。

「あなたには理解などできない」

 彼女は準備の完了を待つ、ミスティに対して言う。

「……何か、言いましたか?」

「わたしのココロを、彼の譜面を……あなたが理解できるわけが無い、と言っているのです」

 理解など、させてたまるものか。

 カティのココロは、カティだけのものだ。

 彼の譜面も、彼だけのものなのだ。

 ココロの中に流れていて、きっと彼には筒抜けだろう彼への感情も。きっと愛と呼んでいいのだろうこの思いは誰にも渡さないし、侵させないし、もちろん汚させもしない。

 まだわからない。

 何が主への忠誠なのか、何が彼への愛なのか。

 時折感じる、刺すような、締め付けるような胸の痛みは何なのか。

 だからこそカティは言い切れた。ココロを、音色を何とも思っていない彼女に、自分を理解できるわけがないと。しかし相手はただの強がりだと思ったのか、薄い嘲笑だけを返す。

「まさか。今まで何度、この作業をこなしたと? そのたびにミスティーズは、その音色のすべてを自らの一部としてきたのです。それはあなたが相手であっても、けっして」

「きっとわたしは、彼を愛している」

 ミスティの発言をさえぎり、カティは口を開いた。

「きっと、わたしはセドリックを、愛していると思う」

「断言はしないのですね」

「わからないからです。わたしには、まだ愛がわからないから」

 だけど、とカティは続けた。

「この胸の痛みが愛ゆえならば、わたしは彼を愛している」

 愛ゆえに痛むなら、いくらでも痛めばいいと。

「彼が望むなら――わたしは抱かれようが孕まされようがかまわない。えぇ、彼が望んですることならば、わたしは何だって受け入れるでしょう。それはきっと、きっと」

 震えて声が出てこない。こんな時に、なんて役に立たない意思。

 カティは唇を軽くかんで、鈍い痛みを体に走らせて。


「わたしも、望んでいることでしょうから……!」


 目の前の彼女には、おそらく理解できないであろう――感情を解き放った。



   ■  □  ■



 いやはや、と心の中でセドリックは笑う。いや、顔にも出ていると思う。


 ――気色悪い喜色ですね。


 きっとカティは、彼女はそう言うだろう。

 それくらいわかるさ、とセドリックは笑った。

 彼女は彼が作り上げた存在で、それ以上に彼の最愛なのだから。

 この世界で一番、大切に愛している存在なのだから。


「ボディだけじゃ意味が無いのさ。それがわからないキミは素人以下だ、ミスティ」


 かちゃり、と構えるのは銃だ。普段はピアスの姿にしている。少し前に手に入れてほとんど触っていないのだが、まぁ、何とかなるだろう。別にあれらを全部を撃ち殺すわけじゃない。

 右か左、両手に構えた銃のどちらかが、敵の一体に当たればいい。

 愛してるよ、と心の中で呟く。

 先ほど、自分への愛を絶叫してくれた、愛しいドールに。それは愛だよ、と教えてあげないといけない。キミはボクを愛しているんだと、ちゃんと教えてあげないといけない。

 まずは目の前の量産された粗悪品を、すべて駆逐するところから。

 それから抱きしめて、たっぷりと愛してあげないと。


 未だ彼の存在に気付かない、哀れなドール。

 その額めがけて、左右の引き金を、同時に引いた。



   ■  □  ■



「あああ……!」


 突き飛ばされたように吹っ飛ぶミスティーズの一体。さほど損傷が無かったのか、彼女はゆっくりと立ち上がって、上を向いた。両手で頭を潰さんばかりに押さえ、目を見開く。

 そして口を開いたかと思うと、耳をふさぎたくなるような耳障りな音を発した。

 もはや声とは言いがたいそれはビリビリと肌に伝わり、言いようの無い不快感をカティへともたらした。しかし少なくとも、同じように頭を抑えて叫ぶほどではなかった。

 声にならない音は、隣へと伝染していく。

 ひとしきり音を出し終わった固体は膝からがっくりと力をなくし、まるで糸が切れた操り人形のように倒れていく。その様は、まるで並べたドミノを倒していくようだった。

 カティの前に立っていたミスティが苦しげにしゃがみこんで頭を抑える。しかし他の個体のようにはならず、ただ苦しそうにうめくばかりだ。だからこそ、逆に痛々しささえあった。


「ふぅん……ずいぶんといい趣味だね。ボクも少し見習おうかな」


 近寄ってきたセドリックは、鎖で吊るされているカティを見て笑った。こんな時に何を言っているのかと、カティはなじるような視線を向ける。

「あとさ、どうせなら愛の告白は本人に対して言ってほしいな。いやぁ、まさかそこまで望まれているとは思わなかった。うん、困った。次のボディは奮発するからね、カティ」

 それから、どこか君の悪い笑い声を低く漏らし。

「それなりに経験もあるからね。大丈夫。カティは初めてだろうけど、ボクに任せてよ。手取り足取り腰取り、閨でのアレやらコレやらを、そう、このボクが実践しつつ教えてあげる」

「結構です、そういう行為と知識には、興味ありません」

「奮発は断らないんだね……ふふ、期待して待っていてくれたまえ」

 幸せそうに微笑み、セドリックはその手に握る銃をカティに向けた。

 直後、肌に感じるほどの轟音が、二回。

 手首の近くに熱を感じ、カティは思わず目を閉じる。

 撃ちだされた弾丸は、カティをつるす鎖を見事に打ち砕いていた。


「こっちにおいで、カティ」


 銃を構えたセドリックが笑う。

 残る鎖を振り払って、うずくまっているミスティを横目に駆け抜ける。カティが近寄るとその腕をつかんで引き寄せて、セドリックは自分の身体を盾にするように後ろへまわした。

 それから彼はゆるいイメージを与える服と対照的なブーツで、すぐ傍に倒れているミスティーズの一体の頭を思いきり踏み付けると、その額を相手によく見えるように転がした。

 その額には外皮が中から外へめくれあがった、大きな穴が開いている。

 立ち上がったミスティが、その光景に身体を振るわせた。

「これ、は……」

「あんまりウゾウゾしてるからさ、ちょっと特殊な弾を使わせてもらった。そいつをドールの身体に打ち込むと、その中で何度も反響して口から耳障りな、ひどい音を発するんだ」

 硬い身体を持つドールだからこそ、効力を持つ弾丸。その音の振動は身体のどこかから外にあふれ出して、近くにいるドールへと伝染し――すべてが止まるまで終わらない。

 セドリックは三人しか立っていない室内を、改めてぐるりと見回して。


「残念だけどキミの仲間は全滅のようだね。まぁ、所詮量産型の粗悪品だ。あの程度のハウリングでぶっ壊れてしまうとは。しょぼいにもほどがあるというか、もう少し拘りたまえよ」


 キミはそれなりに丈夫なコアだったみたいだねぇ、と笑う。

 それを見て、ミスティは震えた。


「ハウリングって……あ、あなたは彼女が、彼女がどうなっても」

「キミは何をふざけているんだい? ボクはセドリック・フラーチェだよ? さっきキミが言ったとおり、コアに関しては誰にも負けない技術を持っていると自負できる」


 セドリックが笑う。


「ドールのコアを自作するだけの技術を持っているこのボクが、いつかヒトと見紛う音色を得てほしいと願うカティのコアに、あの程度で壊れるような粗悪品を使うものか」

「……っ、っ!」

「ボクをキミと一緒にしないことだ、ミスティ・ラディ」


 かちゃり、と両手に銃を構えなおす。ぱっと見は実にシンプルな形だが、よく見れば古代魔術文字を打ち込んだ、魔人や魔女のための、いや彼らのためだけに作られた武器だ。

 少し前に、セドリックが注文して届いたばかりの、特注品。

 カティが知る限り練習や試し撃ちなどはしていなかったはずだが、それでもあれだけの性能を見せる辺り、さすがは『叡智』を手にしたものが、同類のために作ったものだ。


「……ミュイルは、どうやら魔女になりそこねたんだね」


 その言葉にミスティは反応しない。

 不気味な沈黙をたたえて、ただそこに立っている。

 魔女になり損ねるということは、不死人になったということだ。

 その手が『叡智』に届かなかったということだ。

 不死人は不死だが、不老ではない。

 その身体は時に侵され、徐々に老いていく。

 しかしそれでも不死という恩恵は残り続けるので、不死人が死ぬことは無い。

 すり潰しても燃やしても解体しても。

 彼らは、死ねないのだ。永遠に老いながら、生き続ける。

 カティが目覚めててからも数百年。セドリックが彼女と出会ったのが、それよりだいぶ前ということならば、今現在のミュイル・シルスヴァーナは相当な年齢になっているだろう。


 ゆえに二人の前にいるミスティは、ミュイルではない。

 彼女を模して作られた、ミスティーズと同じドールなのだ。


 ミュイルがいて、ミスティがいて、そしてミスティーズがいる。それがミスティ・ラディという存在を構成するすべて。ミスティ・ラディは、一人の魔女志願が作り出した虚像。


「ミュイルは、彼女は今どこに?」

「――もう、いません」

 ミスティは表情を曇らせ、首を横に振った。


「ミュイル・シルスヴァーナは死にました。彼女は病と闘いながら、齢八十まで生きたにもかかわらず、魔女にも不死にも至らずに……わたくしたちを残して、死んでしまったのです」

「なら、どうしてこんなことを。これをミュイルが望んだと? こんな、まがい物の永遠に彼女が満足するとは、ボクには到底思えない。他者の経験を奪って成り上がるなんて。ボクの知る限り彼女は、ミュイルは最高の女優で、最高の努力者だった。今を望むとは、思えない」

「あなたにはわからない! 若くして『叡智』を手にし、そして己の願いをかなえて幸せを謳歌しているあなたには! 彼女は、ミュイルは! 不死にすら至れなかった!」


 魔女はおろか、その『なりそこない』にすら、なれなかった。

 ミスティがまるで泣くように口を開く。


「だからこそ、だからこそわたくしは、わたくしたちは、彼女のすべてを永遠にしなければならないのです! ミスティーズは、彼女のすべて、彼女の生涯の結晶! 不死にすら届かなかった彼女の、ミュイル・シルスヴァーナの、最後の、たった一つ残った最後の願い!」


 その切々とした願いを聞いて、相対する魔人セドリック・フラーチェは。


「キミのままごとにお付き合いするのは、もう飽きたよ」


 そう言って、言い捨てて、嗤った。

 構えた銃の引き金が、何事も無かったかのように引かれる。

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