5.或る舞台女優の最期

 劇場から出てきたカティを、セドリックは抱擁をもって出迎える。


「新しいミスティ・ラディはどうだった?」

「――そうですね、つまらない話でした」

「そっか」


 身体を離したセドリックは、劇場を見上げる。

「これでよかったのか、ボクにはわからない」

「ですが、彼女は永遠に愛されます。女優として、きっと」

 すべてが終わった後、二人は劇場の上層部にすべてを話した。そして、選ばせた。幾つか残されていたコアを使えば、ミスティ・ラディは再び舞台に上がることができる。

 音色は複製していけばいいのだから、あとは金が許す限り、彼女をいくらでも酷使することが可能だと告げた。ボディとコアと、元となる音色さえある限り、彼女は永遠だった。

 しかし、もう彼女の設計者と、その技術を受け継ぐものはいない。

 彼女は二度と成長しない。

 調律には、調律者のクセが反映される。

 同じ喜びの楽譜でも、扱うものによって変わってしまう。ミスティーズを正しく調律し、制御しうるのはミュイルであり、その技術を唯一受け継いだミスティだけだった。

 セドリックならば、ミュイルのクセを解読することができるだろうし、時間を費やし試行錯誤すればクセを真似ることも、おそらくできないことは無いだろう。

 だがそれは、セドリックの魔人としての一生を、すべて犠牲にしかねない賭けだ。

 ゆえに彼はもう一つの選択肢を用意した。

 今あるミスティーズの音色を、そのまま複製し続けるという現状維持を。


 ――廃棄か死か。


 すべてを知らせたその結果、『彼女たち』は今も華やかな舞台に立ち続けている。

 ミュイルという名の魔女志願の、抱いた願いは叶ったのだ。

「それでも……いつかは終わります」

 カティが呟く。

「魔人も、魔女も、ドールも、すべていつか消えるのです。永遠にあり続けることなど、神でさえも不可能なのですよ。神すらも、ヒトは忘れてしまうのですから」

 すべて覚えていることなど誰にもできない。

 神さえも、時に忘却の彼方へ流れ去ってしまうのがヒトだ。

 だからこそ、とカティは続ける。


「できる限り覚えていればいいんです。ミスティ・ラディではなく、ただ、ミュイル・シルスヴァーナという一人の魔女志願がいたこと。彼女が最高の舞台女優であったことを」


 いつか、ミスティ・ラディは限界を迎えるだろう。

 個体としての存在もそうだが、何よりも彼女を超える存在の登場により。成長しない女優はいつか必ず追い抜かれる。成長しないモノは、いつかきっと、おいていかれてしまう。


 魅惑の舞台女優ミスティ・ラディ。

 本名ミュイル・シルスヴァーナ。

 彼女は華やかな舞台に魅せられ続けた。

 だからきっと、彼女はその上で死ぬのだろう。

 愛する舞台に殺されるのだろう。

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