あなたは死にますby死神ちゃん

蒼井治夫

第一章 死神に魅入られる

第1話 死の宣告

 自分が死ぬタイミングというのは分からない。そして僕が分からないわけだから当然、他のやつに分かるはずもない。


「あなたは今夜、死にます」


  だから突然こんなことを言われても、へえ、そうなんですか。気を付けます。としか答えられない。これがお医者さんにされる余命宣告であったなら、僕だってもう少しまともに受け止めたのだろうけれど、目の前の彼女は、同じクラスの秋野桃花という名前の普通の女の子。クラスメートに不治の病を見つけられるとは思えない。それとも私がこれからあなたを殺します、みたいな殺害予告の類なのだろうか。


「桃花ちゃん、高校生にもなって変な冗談はやめてくれよ」


  死ね、殺す,が許されるのは小学生までだろう。僕はつとめて軽い調子で受け流した。


「冗談ではありません」


  しかし、帰ってきたのは否定の言葉。いったいどういう事なのだろう。桃花ちゃんはおとなしい子であまり冗談をいうイメージはなかった。いつも図書室にいるまじめな女の子という印象だった。まあ、本人も冗談ではないといっているわけだけれど。そこで僕はひらめいた。


  そうか、これは不器用な彼女なりの精一杯のアピール。きっと僕と友達になりたかったんだな。それなのに僕が頭から否定してしまったから意固地になってしまったわけだ。


「先生、どうすれば僕は助かるんですか?」


だから全力でのっかっていくことにした。お医者さんごっこなら僕に任せてほしい。


「ちゃんと聞いているんですか」


桃花はふくれっつらになる。


「僕は真剣だ」


「なんだか茶化されているように感じるのですが」


 どうやら僕の返しはおきにめさなかったらしい。それでも僕はこれぐらいじゃ、へこたれない。友達になりたいと思ってくれている人に真剣にぶつからないのは失礼だからね。それに僕には秘策があった。


「ところで、話は変わるけど、最近へんな噂が流れているのをしっているかい?」


 女の子はいつだって噂話が好きなのだ。仲良くなるにはまずおしゃべりから入らないと。それに初対面でお医者さんごっこをするよりは仲良くなれるはずだ。


「結構大事な話をしているのですが、話を変えられては困るのですが」


「学校の七不思議についてなんだけど……」


 僕は彼女の目が一瞬鋭くなったのを見逃さなかった。なんだ、やっぱり興味があるんじゃないか。きっとまじめそうだから、他のクラスメートもこういう馬鹿げた話をふったりしないのだろう。僕は彼女に向かってできるだけ雰囲気を壊さないように、おどろおどろしく語り始める。わが校の恐ろしき伝統について、


「そもそも、学校の七不思議って言うものの舞台は大体が小学校だ。小学生にとって身近であるはずの学校でも夜の学校はこわいんだろうね」


 僕ら高校生からすると夜の学校なんてえろいイメージしかない。夜の病棟、夜の警察官、夜のホテル、……。夜の、と着くだけでどうしてこうも人を惹きつけるんだろうか。つまり女体七不思議というわけである。ああ、純粋だったあのころの僕はいったいどこへ。女体七不思議についてはのちほど語るとして今はわが校の七不思議についてだ。


「そんな中、うちの高校にはめずらしく七不思議がある。高校なのに」


「一応きくけど、どんな内容なの?」


 一応、といっているが、その内心は計り知れない。きっと知りたくてうずうずしているに違いない。いますぐにでも教えてほしい。しかし、それでは普段の自分とあまりにもかけ離れている、そうだ、別に興味はないけれど、一応、話の流れとしてきいておいてあげるわ。彼女はそういう呈でいきたいのだろう。しかし、そうは問屋がおろさない。


「ちなみに桃花ちゃんはどこまでしっているの?」


 桃花ちゃんの目が泳ぐ。


「だいたいは」


 明らかに何か隠そうとしている。僕にはすべてオミトオシだ。ここ最近は昼休みの話題がそればかりであるのに知らないのはつまり、そういう事である。べつに恥かしがらなくてもいいのに。むしろ、嘘を全然隠せてないことの方がはずかしいのに。

「へえ、それじゃあ、知っている部分だけでも教えてくれるかな。知っているところを話されても退屈だろうし」


 これは純粋な気づかいだ。けっして邪なこころがあるわけではない。


「えっ、……えっと。その……」


 とても困った顔をしている。彼女が焦っていることにきづきながらも指摘はしない。答えをだすまで待ってあげるのが男の懐のあつさ、というものだ。けっして、おたおたする彼女をみて楽しんでいるわけではない。


「7種類あるの!」


 7種類?ちょっと追い詰めすぎてしまったかな。返答がおかしくなっているし、からかうのはこれくらいにした方がよさそうだ。あんまりいじめて嫌われたら、友達になれないしね。


「そう、七不思議はななつある。そしてこの学校の七不思議は七つしかない。これは一見当たり前のようで、実は特別なことなんだ。学校がはじまってからいままで七不思議の内容は世代によって変化しているのに八不思議にも九不思議にもなっていない。どの時代も噂を分析していくと必ず七つに収束していく。旧不思議はどこにいったんだろうね」


 一応、フォローもしておく。やっぱり僕はできる男だな。


「消えた不思議についてはどうしようもないわけだけど、僕らの世代の七不思議はこうだ。ひとつ。その咆哮は月を揺らす。ふたつ、闇夜に美しい乙女が消える。みっつ、上機嫌な天使。よっつ、であったら死ぬ。五つ、わすれられた英雄。六つ目と七つ目を僕は知らないけれど、過去にあった七不思議の内容から察するにろくでもない物だろうね」


 桃花ちゃんもここまではあまり興味がなさそう。でも、大事なのはここからだ。ここまではよくある話。不思議なことをよくわからないあいまいな言葉で表しているだけの噂話。そしてここから話は急激に現実味を帯び始める。


「七つの不思議を制覇したものにはあらゆるものが与えられるだろう」


 この文言はなんとも高校生らしいというか。俗世にまみれている。僕らのやりたいあんなことや、こんなこと。欲望を刺激するそれはきっと高校生ならではの感性から生まれたものだろう。


「ここで大事なのが制覇という言葉。ふつうは七不思議を七つすべて知ることで何かが起こるみたいな条件のはずなのにあえて制覇という言葉が使われているんだ」


 しかし桃花ちゃんには響かなかったらしい。


「そんなの言葉のあやじゃないですか?」


「そう、みんな言葉のあやだと思っていた。だから最近になるまで誰も学校の七不思議なんて気にも留めなかった。もちろん、たまに話題になることはあったけれど、すぐにほかの話題に移ってしまうくらいのつまらない話だった」


 当然の話だ。だって七不思議について知っていることが少なすぎる。分からないから、盛り上がらない。そんなことより駅前のパン屋の制服がかわいいとか。となりの高校の可愛い娘と目があったとかの方が僕たちには大事な話だ。


「でも、5月5日に状況が変わった」


 1週間前、一人の生徒が失踪した。名前は遠藤ひかり。彼女は明るく元気でみんなの人気者だ。女子からだけでなく、男子からも人気があった。頭脳明晰、運動神経抜群。でも、失踪した。彼女は5月5日を境に忽然といなくなり、その日以来誰も彼女の姿を見ていない。


「ひかりが死んだ」


 そう言って桃花ちゃんは顔を暗くする。


「知り合いだったの?」


「親友でした」


 意外だ。いつも一人でいると思っていたけど友達がいたらしい。いや、むしろ当然のことなのかもしれない。友達の少ない桃花ちゃんに友達がいるとしたら交友関係のひろい、ひかりちゃんのような子になるのはそれほどおかしなことではない。


「続けて」

 いや、続けてといわれても言いたくないな。これからいうことは親友の彼女に対してはひどく無責任で無意味な話なのだ。七不思議に信ぴょう性を持たせるためだけに桃花ちゃんの親友を使うのは、躊躇われた。


「いいから続けて!」


本人がどうしても聞きたいって言うなら仕方ない。


「七不思議の制覇が意味することは不思議をつかさどる者を倒すことなのかもしれない、って噂さ。そしてひかりちゃんは七不思議のひとつとして誰かに刈られたんじゃないか、と」


 わざわざ制覇なんて言うくらいだ。その意味はおそらく殺すこと。そして彼女が七不思議のひとりであったならば、彼女はすでに……。


「まあ、くだらない噂話さ。ごめんね。こんな話しちゃって」


 さすがに根も葉もないうわさで親友のことを適当にネタにするのは僕の良心がいたむ。それに生徒が七不思議をつかさどるっていうのも意味がよくわからない。


「へえ、そういう風に伝わっているんですね」


「伝わっている?」


「いえ、こっちの話です」


 そっちの話でも気になる。僕が好奇心旺盛っていうのもあるけど、実際のところ誰であってもこんな言われ方をすればきになるだろう。しかし、僕は彼女に質問することは出来なかった。桃花ちゃんが恐ろしい形相をしていたからだ。顔で人が殺せそうなくらい恐ろしい顔をしていた。いったい何が彼女にそんな顔をさせるのか僕は聞くことができなかった。


「ともかく今夜、学校に来てください」


 学校に行けばそのことについて分かるかもしれない。そう思うと、断ることは出来なかった。僕は好奇心旺盛なのだ。


夜の学校、で二人きり!

 きっと月をみながら告白とかされちゃうのだろう。しかし、困ったなあ。なんのとりえもない僕にいったいどうして惚れてしまったのだろうか。いや、本当にこまったなあ。僕が知らないうちにきっとフェロモン的な何かがあふれでていたんだろうな。うん、そうに違いない。そんな風にうきうきしながら僕は待ち合わせの時間まで過ごした。


 夜の学校。桃花ちゃんはまだついていない。僕もできうる限りの準備をしてきた。といっても告白されたことなんてないからどうすればいいかなんてわからない。いろいろ考えた結果僕は右手にコンドームを持って臨むことにした。傷ついた彼女をいやしてあげるのだ。呼び出されたとき、そんな空気じゃなかったって?そんなの関係ない。もしいい雰囲気になったときにコンドームがなかったらどうするんだ。持っていて減るもんじゃないのだ。

「それにしてもコンドームってこんな風になっているんだな」

使う機会がないからしらなかった。こんな平べったいものをどうやってつかうんだろう。袋を開けたら使えるんだろうか。いや、でもつかう寸前で開けないとだめなんじゃないか?

「ま、たくさんあるし、1個くらい開けてみてもいいよな」

小包を開けて手にコンドームをのせる。さすがに女の子と待ち合わせをしているときに自分のちんちんを取り出すわけにはいかない。僕はコンドームをかぶった。

 ゴムを引き延ばし、髪の毛を引っ張られながら夢中でかぶった。痛みと恥辱がせめぎあい、コンドームを装着する。

「まだだ!もっといけるだろ、俺!」

コンドームはどんなちんちんにも装着できるはず。頭を男性器に見立てて引き延ばす。

“限界を知りたかった”

きっとどんなものにも限界がある。何も僕が闘争心あふれる獣のような男なわけではない。僕はただ端っこが好きなだけだ。真ん中にいるのは落ち着かない。端へ端へと進んでいくうちにいつの間にか新しい世界を見つけている。きっと過去の偉人達もそんな感じだったはずだ。彼らが変人と呼ばれるのも仕方ない。だから僕も彼らに習って変人になろうじゃないか。

「うおおおおおおおおおおおおおお」

コンドームが僕の顔を覆う寸でのところで声が聞こえる。


「何やってるんですか」

冷たい声だった。桃花ちゃんはドン引きしているようだ。


「はっ!まさか俺が死ぬのはコンドームをかぶったことによる窒息死!」


「まったく今夜しぬっていわれているのにずいぶん余裕なんですね」

軽蔑した目で見られている。


「本当になんで助けようと思ってしまったのでしょうか」


助ける?いったいどういう事だ?


「何言ってるんだ、お前?」

 

 彼女からすればむしろ何やっているんだ、お前?といいたいのは自分だろうけれど、許してほしい。彼女のものの言い方はよくわからない。自分中心の言葉って言うか。僕と話していないって言うか。


「ここで明かしましょう、私はあなたの言う七不思議のひとつ、“死神”です」

 やっぱり彼女は僕の質問にこたえるわけでもなく言いたいことを喋る。そしてやっぱり何が言いたいのかよくわからない。でも、もう聞く必要はなくなった。


“さまよえる命を刈り取る大鎌”


 彼女が言うと、彼女は大きな鎌を持って現れる。雰囲気も普段の彼女より、冷たく感じる。顔は青白く。黒いローブが月明かりに揺らめく。

 体が震えだした。空気が凍り付いて行く。薄暗い廊下は地獄に変わる。うまく息ができない。


一言で言い表すなら、死の恐怖。


「あなたは今夜、死にます」

思い出すのは昼間、学校で彼女に言われた言葉。


 ここでやっと彼女の言いたかったことに気付いた。どうやら僕の命は今夜までみたいだってことに。

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