第一章 お金がナイっ!
「主様、もう最悪です!」
黒い蝶々の模様が入った振り袖を着た少女、年の頃は十四、五。その少女がプンプンと怒る。それに薄汚れた少年が力無く溜息をつく。
「最悪はこっちの台詞だよ」
「なんですか! やくざの事務所片付けるのにどんだけ時間かかってるんですか! 三時間ですよ? 三時間! 三時間あればどれだけの仕事をこなせたか」
悪態をつかれている少年、御劔虎太郞はさすがに反論する。
「何が事務所だよ! これ屋敷だよ! こんな所雑巾がけしてはたき叩いて、荷物片付けてたらそりゃ三時間くらいかかるよ!」
「行きは嬉しそうにしてたのに逆ギレですか?」
「ヤクザの事務所掃除って適当に牙千代が暴れるだけだと思ったんだよ! 僕はこういう肉体労働は向かないんです!」
「何を仰いますか、主様はオツムを使う方だっててんでダメです。ダメダメです。ならせめて身体動かして労働なさい」
二人の言い合いに事務所にいる強面のお兄さんが封筒に入った金を渡して二人を事務所という名の屋敷から放り出した。
「何しやがるんですか!」
牙千代の文句に対する返事代わりに門が大きく閉まる音が響く。
「八つ裂きにして豚の餌にしてやるです」
「いやいや、依頼主殺しちゃダメだよ。ほら報酬もくれたし何か美味しい物でも食べにいこうよ」
据わった目をした牙千代もさすがに空腹には勝てずに頷いた。
「でもあんまり無駄遣いしちゃダメですからね?」
「何が食べたい?」
「肉を」
「じゃあ焼肉の食べ放題?」
「……許可します」
そんな彼らを後ろからつける姿がある事を二人は気づかなかった。
血の滴る肉を完全に火が通るまで炙りそれを喰らう。まさに鬼の所業、二人は満足の行くまで肉を喰らうとその肉に命を貰った有難味を忘れるかのように冷たく甘い氷菓子に舌鼓を打つ。
背徳、命の、食への冒涜、背徳の極み。
「締めにラーメンでも行く?」
「いいですね。許可します」
飢えて一滴の水も一欠片のパンも食べれない人々がいるのに明らかなオーバーカロリー、これを罪と言わなければ何が罪で何を捌けばいいのか?
「御劔虎太郎とその従者、生かしておけませんね」
バサりと飛び立ち、数枚の羽根を残してそれはそう呟いた。
「ふぅ~喰った喰った。あとは寝るだけだね?」
「食べてすぐ寝ると牛になりますよ?」
「でも気持ちいいんだよ」
「もぉ! 主様ぁ!」
「牛になっているのは牙千代じゃないか」
いつも通りにぐだぐだに一日が終わる。そして二人は忘れていた恐怖に震える事となるのである。
ドンドン!
扉のノック。
まだ眠い目をこすりながら牙千代は扉を開ける。
「おはよーございま……」
ポタポタと冷や汗が流れる。
咄嗟に閉めようとした扉に長い何かを突っ込まれる。それは握りがあって鍔がある。
所謂日本刀。
「お……大家さんご機嫌麗しゅうございます」
牙千代をもっと大人にして邪悪にしたような女性が立っていた。黒髪ぱっつん、何故か何処かのセーラー服を着て当たり前のように日本刀を持っていた。虎太郎達が住む住居の大家であり万屋の初代経営者。
「貴子でいいんだよ? 牙千代ちゃん、今日も可愛いわね」
「勿体のぉお言葉。いえいえ、そう言おうもんなら手に持っている光物で私の首を刎ねる事でしょうに」
「よく分かってるじゃない」
「それでは朝食の準備とか色々あるので……」
貴子がにっこりと笑って手を出す。牙千代は家賃を貴子を渡すべく部屋に戻り、稼いだ金額の大半を貴子に渡した。
「はい、確かに今月分」
ポンポンと牙千代の頭を撫でて貴子は去っていく。牙千代は腸が煮えくり返る思いを我慢してわずかに残ったお金と家計簿を持って今後の生活費の捻出を始めた。
そして5分弱で牙千代はやらなければ良かったと後悔する事になる。
牙千代は家計簿を据わった瞳で見つめる。
「うーーーーーー」
唸る。
師走、師匠ですら走り回らないといけないくらい忙しく書入れ時というのに虎太郎の万屋は閑古鳥が鳴いている。
いや、小鬼の娘が唸っていた。
「牙千代どうしたの?」
「どうしたもこうしたもありません! 大家もとい御劔貴子の非道なまでの家賃の取立てで我が家は火の車です。このままじゃ来年にお雑煮とか食べれなくなりますよ!」
食い意地の張った鬼だなとか思っていたが虎太郎は面白い諺を思い出した。
「来年の話をすると鬼が笑うと言うよね!」
バンと机を叩いて牙千代が叫ぶ。
「笑えませんし、面白くもないです! 何ゆえ鬼が家計簿見て唸らないとダメなんですか! 主様は一応私の雇用主ですよ。私が飢えぬように仕事をするのもまた雇用主の仕事じゃないんですか?」
世界鬼会議とかあれば、この牙千代の発言を拡散したいなと虎太郎はくだらない事を思う。牙千代は鬼の中でも相当上位種のはずだが、今や真面目な人間以上に人間臭い。
ある意味俗世の染まってしまった鬼なのである。
「この前の掃除した代金は?」
「大家に持っていかれました」
「金持ちの猫を見つけた代金は?」
「米と味噌になりました」
「米と味噌は?」
「もはや水しかここにはありません」
そっかと声を漏らして虎太郎は横になった。
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