果報は寝てマテっ!

 貧困の極み。

 御劔家は元々名家、途絶えた二家も含めて相当額の遺産を持っていた。

 だが、御劔虎太郎の御劔家はその昔、鬼との契約で財を持つ事を放棄していた。その風潮が長く続き、おそらくは虎太郎の代で途絶える。今や別の御劔家に飼われているような状態であった。


 それでも虎太郎は何とも思わない。

 貧しくとも楽しくやっていけているし、特に不満はない。この牙千代という鬼は本気で虎太郎の首を捻ればいともたやすく虎太郎を殺せるのに、それをせずに慕ってくれている。

 そしてそれなりに可愛い妹という感情も芽生えていた。



「何を寝ているんですか! 何を!」

「果報は寝て待てって」

「言いません! 武勲を立てた者だけが家宝を得れるのです。財を成さないは何代も前の御劔と鬼と契約、今は財を成してなんぼです! 主様ぁ!」

「まだ何か?」

「今月はクリスマスですよっ!」

「サタンがやってくるやつか」



 地団太を踏んで怒る牙千代。



「ちーがーいーまーすぅ! チキンとかケーキとかを慎ましく食べるキリストの祭りです」

「アメリカではハム食べたりするらしいけどね」

 妙なうんちくに牙千代をイラっとさせる。ギンと睨んだ牙千代、さすがに相当怒っているなと苦笑して虎太郎は直球で聞いた。

「で? 今年は何がほしいの?」



 ハッと牙千代は我に返る。



「べっ、べつに欲しい物なんてありませんし」



 プイと顔を背ける。


(あれだけ食いたい物を言って、なんだかなぁ)


 虎太郎の知る鬼はいくつか数える程しか知らないが、それらに共通点があるとしたらプライドが高い事だった。

 大家、御劔貴子が所有する鬼、日本刀の形をした鬼切丸おにきりまる、この鬼は貴子以外の者が触れようならば無慈悲に首を落とす。

 かく言う牙千代も数年に一度御劔家の人間が顔を合わせる際に周囲が華やかである事を想定し、自分は着物を虎太郎にはスーツを着せて参加した見栄の張り方をする。ご馳走に目がないハズなのに、興味ないフリをしてみせたり、中々の物だった。

 虎太郎は自分にはないそんな牙千代の行動も嫌いではなかった。



「じゃあクリスマスを人並みに過ごせるように仕事をしますかね」



 ぱっと花が咲いたように笑顔になる。



「主様!」

「で? 何か仕事あるの?」

「今の所、依頼はないです」



 虎太郎は少し考えて再び横になった。それを見て牙千代の顔が恐怖に歪む。命を今霞みとられようとしているくらいの絶望を牙千代は醸し出していた。



「何故、寝ます?」

「果報は……」

「その話はもういいです。仕事がないなら日雇いでも何でもいいので行きますよぉ!」



 虎太郎を引っ張る牙千代、そしてその牙千代の袖をトントンと引っ張る何者かの手。



「あのぉ~」

「今、取り込み中です!」



 そう言って牙千代はその手を払う。負けじとその手は再び牙千代の袖を掴み引っ張る。



「一体なんですか! ・・・・・・はて貴女は誰でしょうか?」



 見るからに少女趣味な服装をした金髪の少女の姿があった。その少女を見るなり牙千代はその腕を掴む。



「痛いですぅ・・・・・・」



 虎太郎が牙千代の掴む腕を解くと少女の目線に合わせて屈む。



「何か用かな?」

「依頼をしにいきたのぉ」



 依頼。

 虎太郎はあららと苦笑、牙千代は椅子を用意すると少女を座らせ、腕の消毒に包帯を巻く。そして深く頭を地面につけて謝罪した。



「この度は申し訳ございません。依頼主様とは知らずに数々の無礼お許しください」



 虎太郎は客用の緑茶を戸棚より取り出すとそれを手際よくいれる。



「お茶菓子も用意できず誠に・・・・・・」



 牙千代がそう説明している最中、虎太郎は皿にチョコレートをいくつか乗せて少女に差し出す。

 その様子に牙千代が目を丸くする。



「・・・・・・ちょっと失礼」



 少女を席に座らせたまま虎太郎に近寄り小声で言う。



「主様、なんでそんな物持ってるんですか?」

「非常食?」

「私も食べた・・・・・・じゃなくて」

「はい、お客さんお客さん」



 ちょこんと待っている少女を見て、牙千代は虎太郎にキツい一瞥を投げつけると営業スマイルで戻った。



「はい可愛いお嬢さん、依頼と聞きましたがどのような?」

「妖怪退治なのぉ」



 妖怪退治。

 ハッキリとそう聞こえた。



「面白いお嬢さんですね。妖怪なんてこの世の中に・・・・・・」



 虎太郎が何か言いたそうな目で見つめるのでコホンと咳払いをする。そして幼女に優しく微笑んだ。



「私達は健全な万事屋なので、対人戦闘ならいくらでも請け負いますが実体も得体もしれない相手はちょっとですね」



 無い胸を張って牙千代が年上らしく幼女を諭そうとした時、幼女はポシェットから紙の束を取り出してテーブルにポンと置いた。



「なんですこれは?」



 ニコニコと笑いながら牙千代がそれを掴んで動かなくなった。瞳孔を開きながらゆっくりと牙千代は花弁のような唇を僅かに震わせて呟いた。



「日本で最も偉い人、福沢諭吉」



 虎太郎は心の中で違うよと叫びたかったが、牙千代の言う言葉にも何となく一理あるなと思った。

 しかしこんな小さな子が持つにはあまりにも大金。そんな事より虎太郎は牙千代の視線がその大金から離れない事に注目した。


(うわぁ……言葉通り金に目が眩んでる)


 牙千代はハッと我に返る。



「これは前金なのですぅ。成功報酬でさらにもう二十人の諭吉さんを差し上げますぅ」

「福沢二十……」



 誰だよと思いながら、学問のすすめを書いた彼が後世でこんな汚い使われ方をしている事に不憫な気持ちになる虎太郎、そしてそろそろ牙千代が落ちるなと思ったと同時に牙千代は立ち上がった。



「分かりました。その妖怪退退治、特別に引き受けましょう」



(さすがは欲望の化身、素直だな)


 虎太郎はふと幼女についてまだ名前を聞いていない事を思いだした。幼女に微笑むと虎太郎も同じテーブルについた。



「ところで君のお名前は? どうして妖怪退治なんて相談にきたの?」

「主様野暮ですよ」



 牙千代がそういうが、聞かないわけにもいかない。このお金がどういう流れでここにきて、この幼女が一体何者なのか、依頼主と請負人はある種の信頼関係が必要である。そういう点ではこの幼女と自分達にまだそれはない。あるのは破格の報酬だけ。

 お金はあるにこした事はないが最も人間を惑わしてきた麻薬でもある。



「ボクは玉藻たまも。ボクのおとーさんのホテルに妖怪が住み着いてるのぉ、じぎょーにお父さん失敗して……」



 幼女はその澄んだ瞳から宝石のような大粒の涙を零す。



「はわわわわ、主様何ちいさい子泣かしてるんですかぁ!」



 牙千代が玉藻をあやして言った。



「必ずや私達がその妖怪とやらを追い出してみせます」

「ありがとうお姉ちゃん」



 幼女は大金を残してそそくさと帰っていく、幼女が帰ったを確認すると牙千代は諭吉さんの人数を確認。



「二十諭吉さん、パソコンを新調しましょう」



(きっと俺の御劔の家は財を残す事は無理だな)


「主様なにしょっぱい顔してるんですかぁ。大家さんに家賃も払ったばかりなんですから気兼ねなくお金使えますよ。主様も何か好きな物買えばいいじゃないですか、残ったお金は貯金しましょーね?」

「あ、一応考えてるんだ」

「?」



 不思議そうな表情を一瞬したが、新しいパソコンを買える喜びに牙千代は気にしない。虎太郎は米とみそと醤油をネットで買うと、一つ洋服をカートに入れて決済を押した。



「しかし妖怪退治のホテルって何処だろうね?」

「玉藻殿が地図を置いて行ったのでここでしょうね」



 そこには航空写真と正確な住所の記載のある資料が置かれていた。それを見て虎太郎は言う。



「いかがわしさ二百パーセントだな」

「依頼とあればなんだって慣行です」

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